変わり映えのない田舎で
『まもなく、上富良野、上富良野です。お降りの際は足下に――』
「……助かった」
「まだ話は終わってないわ」
「いや、次で降りるから……僕も沙夜ちゃんも」
あれから約1時間半。沙夜ちゃんは5年の間に積もり積もった怒りと愚痴をぶちまけ続け、僕はただひたすらに平謝りした。理論武装ならこちら分があるけど、今まで彼女に抵抗して最終的によかった試しがないのだ。
「ったく、仕方ないわね。今日はこの辺にしておいてあげる」
「…………」
明日も続ける気なのか。僕の体力、持つかなあ……。
向後の不安に気を遠くしながら、沙夜ちゃんのバッグを網棚から降ろし、僕らは上富良野駅に降り立った。
「変わってないね」
「そうね」
本当、なにも変わらない。
田舎なのだから当然かもしれないけれど、駅前の風景が5年前の記憶と寸分なく重なって、僕はなんだか少し寂しくなった。
変わり映えのないこの田舎で最も変わっていないのは、他ならぬ僕自身なのだから。
そんな一瞬の感傷は、沙夜ちゃんの声によって断ち切られた。
「千明くんはこれからどうするの?」
「恭子さんが車で迎えにくる予定なんだけど……」
遅れている。
僕が敵わないと思った女性達はどうしてこうも時間にルーズなんだろう。
最近3人目に加わった彩音ちゃんは、僕が知る限り約束の時間に遅れたことは一度もないけれど、果たしてプライベートはどうなんだろうか。
「私はタクシー拾って帰ろうと思ったんだけど」
「お金、もったいないじゃん。もう少し待つかもしれないけど、一緒に乗っていけば? 家も近所なんだしさ」
「じゃ、お言葉に甘えようかしら。まだ話は終わったなかったし」
「さっき今日はここまでって言ってなかった? やっぱりタクシー代出すから一人で帰ってよ」
「ダーメ(はぁと)」
僕の不用意な提案によって、ほぼインターバル無しの第二ラウンドという更なる試練に見舞われる。
幼い頃、何度も見た彼女の不敵の笑みが、見つけた獲物を決して逃さない猛獣の類を連想させられた。
「今時の若者らしく、せめて明るい話題でお願いします」
「……仕方ないわね。まあいいわ。で、今回はどういう用件で帰ってきたの?」
「大叔父さんが亡くなって、その葬式のために」
「さっそく自分から暗くしてどうするのよ……」
「沙夜ちゃんが訊いてきたんでしょ……」
「んんっ。この度は大変ご愁傷様でした。もっと早くにご挨拶に伺うべきところをこのような形になりまして……」
そういって沙夜ちゃんは深々と腰を折る。
さすがは商店の娘、いきなりの大人モードだ。
「いえいえ、そのお気持ちだけで故人も草場の陰で……って言いたいところなんだけど、実は大叔父さんとは一度しか会ったことがないんだよね」
「そうなの? 千明くんの親族ってみんな仲良いイメージだけど」
「ま、どこの家も少なからず事情ってやつがあるもんだよ」
「相変わらず達観してるわねえ……」
達観、か……。それだけだといいんだけどね。
「で、沙夜ちゃんは? 札幌に用があったみたいだけど」
「物件の内見をしに、ちょっとね」
「へえ。じゃ、やっぱり引っ越すんだ。進学?」
「もちろん。ちなみに北大だぞー? 国公立だぞー……って、自慢する相手を間違えたわね……。で、千明くんはどこ? 東大?」
「ううん、オックスフォード大」
「あら、そうなのね……って、オックスフォード大!?」
やっぱり最初はみんなこんな反応するんだなあ。
沙夜ちゃんも例に漏れず、口をあんぐりして驚いていた。
「千明くん……まさかあなた……」
「ちなみに紅茶は関係ないから」
「……なによその想定通りって返しは」
「沙夜ちゃんで3人目だからね」
「……ふぅん。まず一人目は恭子さんよね。で、もう一人は誰?」
「もう一人は……」
――彩音ちゃん。
そう口に出して言おうと思った瞬間、並列思考によるブレーキがかかった。
何をどう想像しても、悲惨な末路だけが次々と脳内にポップアップしてくる。
……これは危険だ。先の失敗の件もある。ここは素直に警告に従おう。
「クラスメイトの智也くんだよ。沙夜ちゃんは知らないと思うけど」
急遽身代わりに立てたのは、僕の数少ない友人だった。
別にいいよね。沙夜ちゃんと会うこともないだろうし。
「へえ。そうなんだ?」
「うん」
「ちなみにさっき千明くんが車中で読んでた本、私が昔あげたやつよね?」
「……そうだけど」
『小学生でもわかる恋のバイブル!』
この本は昔、とある事情で女心を知りたいと思った僕が沙夜ちゃんに相談したら、参考書として渡されたものだった。
「まさか私が毎日10回は繰り返し読めっていう厳命を、今でも頑なに守っていた、なんてことはないわよね?」
「…………」
「読み直すきっかけが、あったと?」
「…………」
「で、もう一度だけ訊くけれど、誰?」
やっぱり、敵わない相手には、いつまでも敵わないままだった。




