表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/23

変わらないこの町で




特に行く当てもなく、先を歩く沙夜ちゃんの後について歩いた。


会話もなく、本当にただの散歩といった感じ。

ただ二つ分の足音だけが、何も無いこの田園風景に響いていた。それもすぐさま遥かに続く地平線から流れる風にかき消される。

本当に静かで、そしてあまりに寂しい風景。


その静けさを先に破ったのは彼女だった。


「もうすぐ春なんていっても、こっちはまだまだ寒くてたまらないわね」

「東京はもう梅の花が散り始めてるよ」

「こっちなんてまだこの先二ヶ月は冬よ。桜が見られるのなんて5月の後半くらいじゃないかしら」

「みんな口揃えて同じ事いうね。恭子さんも似たようなこと言ってた」

「言いたくもなるわよ。ま、その分梅雨が無いから過ごし易いけどね」

「あーそれは思った。向こうはじめじめしてすごく暑苦しいし」

「同じ日本に住んでるとは思えないわね」

「それは一体どっちを基準にして言ってるのさ」


一度会話し出すと止まらない。とりとめのない話であっても。


「ところで、沙夜ちゃんは受験勉強ちゃんと出来た?」

「結果も出てるし、自分で言うのもなんだけど、私は真面目ですから」

「へえ。随分と自信に満ちた発言だね」

「当然。学ぶために学校行ってたんだもの」

「学生の本分は学ぶ事だっていうことに、最近の若いもんは気づいとらんのですよ」

「千明くん……その歳でおっさん染みた事言わないでくれる?」

「いやなんか、自分成長したなっていう精一杯の背伸び?」

「なに言ってるの。学生の本分は確かに学ぶことだけど、それは勉強だけじゃないわよ」

「それはそうだけど」

「学というのは生きていく術を学ぶということ。それは例えば友達だったり恋愛だったり、そういう事だと思うけど。あ、別に説教たれるとかそういうことじゃないから」

「ということは、授業中に寝ることにも意義があるってことだね」

「それはぜんっぜん違う」


彼女は呆れた顔で大きくため息をついた。

軽い冗談なのに。


「で、沙夜ちゃんは恋愛を学んだ?」

「知識は嫌でも付くけど」

「実践はしてない、と」

「……こういう雰囲気で話す話題じゃないわよね」


僕に向けられていた視線を逸らす。それにつられて僕も周りを見渡した。

……言われてみれば、人っ子一人見当たらない、おまけに暗がりで照らす光りも疎らと来たもんだ。

しかし天下の往来(と言っても誰もいないけど)でそんな大それたことを出来るほど根性があるわけでもない。それ以前にするつもりも毛頭ないわけで。


「僕ってそんなに信用無いかなぁ」

「男の人と二人きりで夜道を歩いて、そんな話題になったら誰でも身構えるわよ」

「じゃあ何で散歩なんて誘うのさ」

「それは千明くんだからね」

「へっ? それってどういう……」

「うん? なにが?」

「あ、いやなんでも」


相変わらず、どこまで本気なんだか分からない発言が多い。

やましい気持ちは当然無いけれど、意識するなと言われるのは少々難しい。


結局話しながら、足は勝手に上富良野中学校へと向かっていたようだ。

もっとも僕は彼女についてきただけだけど。


「で、沙夜ちゃん。キミはなんで普通に窓から校内に侵入しようとしてるの?」

「良かった。ここの鍵だけまだ壊れたままで」

「ねえ、話聞いてる? こんな更に人気も無いところに僕を連れ込んでどうする気なの?」

「今日は晴れてるから、ちょっとね」


含みのある言葉を残して、僕の前を行く沙夜ちゃん。

仕方ないので僕も彼女に倣って窓枠に足をかけた。


「どう、懐かしい?」

「……うん」


沙夜ちゃんの問いに、僕は小さく首肯した。


僕はちょうど2年生なる頃までこの中学に通っていた。だから、ここの卒業生でもなければ特に淡い思い出があるわけでもない。

あえて一つだけいうのなら、家が近所で学校も全部一緒だった沙夜ちゃんと、初めて同じクラスになった、ということくらいか。


「ほら、ついてきて」

「どこまで行くのさ……」

「それは、見てのお楽しみ」


くすっと笑い、沙夜ちゃんは僕に背を向けて歩き出す。


平時の僕であれば、否応にも系統樹のように行き先や可能性を積み上げていくところではあるけれど、何故か今は何も考えることができない。


きっと、それを望んでいる人が、目の前にいるから。


そして僕らは校内の階段を昇り、2階、3階と続き、そして突き当たりまで辿り着いた。


「じゃ、千明くん。お先にどうぞ」

「…………」


僕はただ、無心で彼女の言う通りに冷たいドアノブを回し、先へと進んだ。




「――――っ!」




僕はあまりの光景に言葉を失った。沙夜ちゃんはしてやったりの顔だ。


「冬の空は星が綺麗にはっきり見えるから。東京じゃ見れない景色でしょ?」

「……うん」


学校の屋上から空を見上げる。


空気が澄んでいて町には灯りが乏しく、だから、屋上の真ん中に立てば、夜空にはしんしんと星が瞬いている。


東京というあまりにごみごみしくて、絶えること無い夜のネオンにかき消され、この5年間ほとんど見ることも無かった星空が、ここにはあった。


「ちょっとしたプレゼントってとこかしら」

「……ありがたく受け取っておくよ」


久しく見ていなかった上富良野の懐かしく壮大な星空。

5年間、僕にとって長いような短いような、そんな歳月の流れを思い出させる。


たとえ僕がこの町を出て行ったとしても、何も変わらないこの町の姿があった。


「……昔はきっと、大して心にも残らなかった景色なんだろうな」

「失って初めて気づくものは多いわ」

「うん。でも僕は失うよりも多くのものを手に出来ると思ってた」

「それは田舎のことなんか忘れて、都会で新しい生活を目指した田舎者みたいな発言ね」

「少なからず、そう思ったことはあるかも」

「それでも、きっとこの景色はずっと変わらないはずよ。私も、千明くんも、これから大学生になっても、それから先も」


視線を戻すと、いつの間にか、すぐそばに彼女の姿があった。

手を伸ばせば直ぐに届く、そんな場所に。

この星空も、手を伸ばせば届きそうな、そんな気がした。


「沙夜ちゃん、悪いんだけどちょっとここで待っててくれる?」

「いいけど、女の子を一人暗闇に立たせておくほどのこと?」

「そうだと思いたい」

「ん、わかった。それなら待ってる」

「ありがとう。出来るだけすぐ戻るから」


そう言って僕は小走りに屋上を後にした。


この景色に僕が返せるもの、それは一つしか思い浮かばなかった。


20時頃にもう1話更新します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ