間が悪すぎる人
『じゃ、また電話するわ』
「うん、またね」
ツーツーツー……。
「ん~~っ!」
智也からの通話を切り、伸びをする。
なんだか今日はやたらと電話の多い1日だった。
午前中は瀬那ちゃん。午後は元クラスメイト数人。そして夜は智也だ。
学園を卒業しても、結局はデジタルで繋がり続けるこのご時世。しかも、僕が10月の入学を待つだけの暇人だと知っているので、みんな気を遣ってくれたのだろう。
そういえばこっちに来てから、彩音ちゃんにはまだ一回もコンタクトしてないことにふと気づく。
この流れで彼女だけ無視するのは薄情に思え、僕はアドレス帳から彩音ちゃんの番号を呼び出そうと再びスマホを手に取った。
「あっ」
『不在着信:9件』
今まで矢継ぎ早に電話が来てたから、不在着信の存在に気がつかなかった。
発信者は……すべて彩音ちゃんだった。
念のためメッセージも確認する。
※
『おはようございます(*´ω`*) 09:00』
『千明先輩はいつ頃こちらに戻られる予定ですか? 09:32』
『少しだけでいいので、お電話よろしいでしょうか? 10:20』
『藤原彩音さんからの通話 10:32』
『ご都合が悪いようなので後ほどかけ直しますね(。T_T。) 10:37』
『藤原彩音さんからの通話 11:00』
『藤原彩音さんからの通話 12:00』
『あの……私、何か千明先輩を怒らせるようなことでもしましたか……? 12:32』
『藤原彩音さんからの通話 13:00』
『藤原彩音さんからの通話 14:00』
『藤原彩音さんからの通話 15:00』
『藤原彩音さんからの通話 16:00』
『藤原彩音さんからの通話 17:00』
『藤原彩音さんからの通話 18:07』
※
「……………………」
画面を開いた瞬間、僕の脳がうなりを上げて思考する。
色々な意味でこれはヤバイ、と。
僕はすぐさま発信ボタンを押す。
ツーツーツー……。
呼び出し音が鳴らない。今度は彩音ちゃんが通話中か……。
他のみんなはタイミングよく通話に出られたのに、彩音ちゃんに限って間が悪いというか、見事にすべてが僕の通話中と重なっている。
瀬那ちゃんの言っていた通り、彩音ちゃんは運のなさを十全に発揮していた。
仕方ないので通話を切り、代わりにメッセージを送る。
「えーと……『ごめんなさい、色々あって電話に出ることができませんでした。決して無視したり怒ったりしていた訳ではありません。後ほどこちらからかけ直します』……と」
送信ボタンを押した瞬間、バッテリー切れを知らせるメッセージが画面に表示され、直後にスマホの電源が落とされた。
ピー! ピー! ピー!
さらに突如として鳴り響く耳障りな警告音。
何事かと思えば、ストーブから発せられる燃料切れのサインだった。
なんか僕も色々とついてないな、と思いながらストーブから燃料タンクを取り出すと、それを抱えて階段を下りた。
星野家では、基本的に屋外の490リットル灯油タンクから屋内ストーブへ自動で給油される仕組みになっている。
灯油は巡回の小型タンクローリーから買う。
しかし僕があてがわれた客間には自動給油ストーブは設置されていないので、物置から丸い石油ストーブを引っ張り出してきていたというわけだ。
「寒い寒い……」
手動給油ストーブ用の灯油は外の車庫に並んでいる。
自室との温度差に身震いをしながら、僕は手早く給油しようとポリタンクに手を伸ばし、中を覗き込む。
……やられた、空っぽじゃないか。
仕方なく他のポリタンクを確認するも、どれも中身は空。
どうしたものかと僕は居間に戻った。
「はぁ……」
さっそくストーブの前に陣取る。
同じ家の中だというのに、僕の部屋とのこの温度差はなんだろう。
まさに天国と地獄。
「どうしたの? 登別の湯に浸かったような顔して」
歯磨きを終えた恭子さんが、パジャマ姿でやってきた。
「天国と地獄を味わいました」
「なにそれ」
「特に意味はないんですけど、そんなことより」
「はいはい、なんですか」
「灯油、切れてるみたいなんで」
「そんなわけないじゃない。この前給油車に来てもらったばかりよ」
「いえ、外のホームタンクはいいんですけど、僕の部屋用のが」
「あ」
恭子さんは、ようやく気がついたように手を叩いた。
「しばらく客間使ってなかったから、補充するのすっかり忘れてたわ」
「えぇー……だって僕を引き留めたのは恭子さんじゃないですか……」
「まあ、居間にいればいいじゃない」
「いや、僕にも一人になりたい時間が」
「ああうん、野暮なこと聞いた。うら若き女性が二人もいたら若い子には色々耐えられないわよね」
「な、何をいってるんですか……」
「ホント千明くんは可愛いわねぇ」
「そんな事いうから僕も戸惑ってしまうわけですよ」
「サバサバしてるように見えて意外とウブなのね」
「恭子さんみたいに汚れてないだけっす」
「……今のは聞かなかったことにしといたげる」
じろりと目を細めて睨みつけられる。蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだ。その凄まじいプレッシャーに僕の背筋はひやりとする。
「で、灯油なんですけど」
「あ、うん。そうだった。買いに行くしかないかな」
「これからですか? 買うって、商店街までポリタンク担いで行くくらいなら布団で丸くなりますよ」
「根性無いわねぇ」
「多分誰でも渋い顔するかと」
「っていうか、そんなところまで行く必要ないし」
「じゃあどこに? 巡回販売にはもう遅いみたいですけど」
「沙夜ちゃんのとこ行ってらっしゃい」
「ああ、そっか。あそこなら確かに。じゃあさっくり行ってきます」
空のポリタンクを二つ手に取り、僕は家を出ようすると今度は遥香がやってきた。
「あ、お兄ちゃん。どこ行くの?」
「ちょっと灯油を買いにそこまで」
「いいなー、お買い物」
「よくないよ。遥香は……お風呂か」
手に持っていたタオルを見て、そう思った。
「うん、寒いからあったまろーと思って」
「そっか。湯冷めしないようにね」
「うん! ってあっそーだ、お兄ちゃん。お買い物いくならヨーグルト買ってきて」
「なんで?」
「お母さんが食べちゃった。酷いんだよ、ダメって言ってるのに私の目の前で食べるんだから」
僕の知らないところでドメスティックバイオレンスが起こっているのか。
遙香はタオルをぶんぶん振り回し、顔を膨れ上がらせる。
しかしタオルを振り回すのは水気が飛ぶからやめて欲しいと思った。
「わかった。じゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃい!」
遥香に見送られて家を出る。
日中とは比べ物にならないほど、外は寒かった。呼吸をするだけで息苦しい。
ポリタンクを両手にぶら下げながら、僕はすぐ近くの羽代ストアへと向かう。




