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久しぶりに、弾いてみてよ

本日は12時、18時、24時に、それぞれ3回に別けて更新します。

引き続きよろしくお願いします。




「有り合わせで作ったから適当だけど、はい」


そう言って沙夜ちゃんがテーブルの上に広げた昼食。

野菜炒めとチャーハンという、昼食にはありがちなメニューだ。


「へぇ、美味しそうだね」

「美味しそう、じゃなくて美味しいわよ」

「すごい自信だけど沙夜ちゃん、料理できるようになったんだ?」

「あまり得意じゃないけど、簡単なものを作る程度ならね。ちなみにチャーハンはお母さんが作っていったものだけど」

「もしかして、得意な料理が野菜炒め。ていうかむしろそれしか出来ないとか?」

「野菜炒めを侮ってはいけないわよ。料理は野菜炒めに始まり野菜炒めに終わるって民明書房の本にも書いてあったわ」

「それって、結局野菜炒めしか出来ないってことなんじゃ……」

「まあまあ。とりあえず、食べてみてよ」


適当にはぐらかされた。

とりあえずいただきますと両手を合わせて、まずは出来立ての野菜炒めに手をつける。


「どう? 美味しい?」


自分で美味しいって断言しておいて人に聞くのはちょっと変だと思うんだけど。


「うん、美味しい」


と、思う……。食えない代物ではないけど、家庭それぞれの味付けの違いだろうか。少し、油っこい。普通に両親がいる家庭で料理をする必要もないから、そんなものなのだろうか。

でも、僕の返事を聞いて沙夜ちゃんが嬉しそうな顔をしたので、それでよしとする。


「そういえば沙夜ちゃんは何を専攻するの?」

「経営学」

「というと、家業継ぐ感じ?」

「今のところその予定は無いかな。両親は自分たちの代までかなって言ってるし。別にこの店が嫌いってわけじゃないけど」


どうやら大学卒業後も上富良野に戻ってくる気はあまりなさそうだ。


「そっか。なら東京の大学を選んでもよかったんじゃないの?」

「…………」


その言葉を聞いて、沙夜ちゃんは少し複雑な顔をする。

幼馴染みとはいえ、深入りしすぎた感じがした。


「ま、東京は東京で大変だけどね」

「そう? 意外に遊んでるように見えたけど。私の顔も忘れてるくらいだし」

「久しぶりすぎて解らなかっただけだよ。見た目も昔と全然違ってたし」

「あら、そう。どこが全然違っているか、よーく説明してもらおうかしら」

「見た目は変わったけど、中身はちっとも変わってないなぁ」


とりとめもない話をしているうちに昼食も終わった。

気がつくと陽もだいぶ傾いている。そんなに長い時間経ってたのか。


あまり長居するのも商売に迷惑だろう。僕もそろそろ大叔父さんの告別式に行かなきゃならない時間だし。


「じゃ、そろそろ――」

「千明くんはさ……」


沙夜ちゃんは急に顔を伏せて僕の声を遮った。

窓から西陽が射して、彼女の顔に影を作る。

このままいい雰囲気のまま帰ろうと思ったけど、どうやらそうもいかないようだ。


「……どうして国外に進学しようと思ったの?」

「…………」


学園の依頼で出場した科学論文コンテストで、僕の論文が著名な博士の目に留まり、推薦状を書くからこっちに来ないか、という話があったとか、理由はいくつも思いついた。


けれど、彼女が訊きたいのは、きっとそういうことじゃない。


「ちょっと待ってて」


沙夜ちゃんは、僕の返答を待たずにクローゼットから年季の入った黒いケースを取り出した。


「……久しぶりに、弾いてみてよ」


それは、僕が東京へ引っ越す前日に、彼女に預けたヴァイオリンだった。


「沙夜ちゃん、僕は……」

「……やっぱり、まだ弾けない?」

「……うん、ごめんね」

「……そっか。ううん、私のほうこそ無理いってごめん」


そういって沙夜ちゃんは取り出したヴァイオリンをそっとケースへと戻した。そしてそのままクローゼットに再びしまい込むと、咳払いをしてさっと振り返る。


「この話はもう終わりっ! じゃ、気をつけて帰ってね」


この切り替えの早さが、沙夜ちゃんの持ち味だった。


「うん、ありがとう。それから、ご馳走様でした」


それから僕は沙夜ちゃんの代わりに店番をしていたお母さんに挨拶をして、羽代ストアを後にした。


「…………っ」


身構えずに外に出たものだから、寒さに身体がびくつく。


買い物袋をぶら下げてしばらく突っ立ってみるものの、暖かくなるでもないので僕は星野家に向けて歩き出した。


歩き出してちょっとすると、ふと昔のことを思い出し、振り返る。


「……ははっ」


やっぱり。沙夜ちゃんが自室の窓から僕に向け、笑顔で手を振っていた。


彼女は決して人を不快にさせない人だった。

彼女の周りはいつも人で賑わっていた。

だからこそ、僕はそんな彼女が羨ましくもあり、幼馴染みであることを内心ではいつも誇りに思っていた。


同じように僕も手を振り返す。上手く笑えているといいんだけど。


そうして互いに視線を合わせて、僕は踵を返した。


「…………ごめんね、沙夜ちゃん」


彼女にはきっと見せられないような顔で呟いたその独り言は、この寒空の下、白い息となって消えた。


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