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【閑話】○○○○淑女のお嬢様

藤原彩音の一人称=わたくし




「はぁ~~……やっぱり素敵です……」


これで何度の溜め息でしょうか。


想い人の写真が収められた額縁をベッドの上に寝そべりながら眺めていると、つい時間を忘れてしまいます。


「はぁ~~……千明さま……」


おっと、これはいけません。口に出すときは千明先輩、でしたね。

心の中では()()()からずっと『千明さま』とお呼びしているのですが、ご本人の前では時期尚早というものです。


千明さまは本日をもって学園をご卒業……それはそれでちょっと寂しいですが、今までは千明さまご自身がプライベートの時間を設けられないほどにご多忙で、特に生徒会活動以外でも悩み事や頼み事があると、誰に対しても嫌な顔一つすることなく真摯に聞いて、苦労も厭わず解決してしまいます。


その結果として、あの学園には千明さまを無償で奉仕する公共物のように考える俗物――いえ、浅慮な殿方が多くて本当に困っておりました。

さらには、千明さまの優れた容姿や学業などの一面だけを見て好意を寄せる阿婆擦れ――いえ、短慮な女性も多いのです。


後者については非公式の千明さまファンクラブを作り、会員同士で互いに牽制し合うという形で手を回させて頂きましたが、それでも油断はできません。


特にいま最も警戒すべきは、過去、千明さまに『聖書』を贈ったとされる謎の女性でしょう。

千明さまは殿方と仰っていましたが、私はほぼ確実に女性だと踏んでおります。その根拠を言葉にして説明するのは難しいのですが、強いて言うのなら、恋する乙女の直感というものでしょうか。


私が生徒会副会長として千明さまの補佐を仰せつかってから約1年と半年……あの様な純粋無垢な笑顔と笑い声は、今まで見たことも聞いたこともありません。

……正直、顔も存じ上げないその女性に、私は嫉妬してしまいます。


千明さまとその女性との間に、過去、どのような関係があったかは私が知る由もありません。……けれど、私にだって千明さまと共に積み重ねてきたこの1年と半年は、決してその過去に劣るものではないと、信じております。


……しかし、しかしです。敵――いえ、お相手のことを知ることこそが最も肝要と、あの孫子の兵法書にもありましたし、多少の調査をすることくらいは許されますよね?


「……い、いけませんっ!」


……私は何を焦っているのでしょう。千明さまは故郷である北海道にはもう5年は帰っていないということは既に分かっています。つまり、その女性とは限りなく高い確率で疎遠になっている、ということは明白ではないですか。


ここで余計なことをして千明さまに悟られるようなことがあれば、おそらく表面上は気にしない素振りをしていただけるでしょうが、心の中では軽蔑されることに間違いありません。それは、私にとっては死刑宣告よりも恐ろしいことです。


そもそも千明さまはあの時、私にいつでも相談しに来てほしいと仰っておりました。それは即ち、毎日のようにお会いして行っても、千明さま的には何ら問題はない、ということですよね。


つまり、5月に入るまでの約2ヶ月間は、完全に私が千明さまを独せn――いえ、健全に仲を深める時間があるということです。


そうして千明さまがイギリスへ発たれる日までに将来を誓い合い、そして1年後には……。


「私もオックスフォード大に進学して、千明さまと憧れのキャンパスライフを――って、きゃああっ! 素敵すぎますっ!」


あるべきバラ色な未来を想像し、私はうつ伏せになって枕をパコパコと叩く。


「彩音様」

「はっ!」


そのやけに聞き慣れた冷たすぎる声に、私の妄想は一瞬にしてビリビリと音を立て半分に破けてしまいました。

錆びた機械のような動きでゆっくりと顔を上げると、目の前にはメイド服を着こなした長身の女性が、仁王立ちで私を見下ろしているではありませんか。


「て、てへっ?」

「てへっ、ではありません。こんなはしたない姿を旦那様や奥様に見られでもしたら、お二人とも卒倒してしまいますよ」

「……こほん。失礼しました。ところで瀬那さん、私の部屋に入る前にはいつもノックをするように言いませんでしたか?」

「今さら取り繕っても、もう遅いです。この張りぼて淑女」

「うぐっ……」


すん、とした真顔で平然と毒を吐くのは、藤原家お抱えのメイドで、私より一つ年上の幼馴染みでもある如月瀬那(きさらぎせな)さん。


藤原家は明治時代から続く旧華族で、如月家は当家の家令を代々受け継ぐ由緒ある家柄です。

本来なら、瀬那さんもこちら側の方なのですが、本人は『私はお嬢様タイプではありませんので』とのことで、数年前から私専属のメイドになりました。


……とはいっても、昔から姉のような存在なので、基本的に私に対して遠慮というものがありません。


「ちなみに私は既に5回もノックをしました。返事がないうえに中から奇声が聞こえれば、異常と判断するのが当然です」

「……仰るとおりです」

「それから何度も口酸っぱく言っておりますが、私の名義で少女漫画を購入するのはいい加減にやめてください。私にも羞恥心というものがあります」

「わ、私が恥知らず、とでも……?」

「そう聞こえるように言ったつもりですが、伝わりませんでしたか?」


だってしょうがないじゃないですか。私個人で注文した通販は、すべてお父様とお母様に報告がいくようになっているのですから。


「そんなことよりも聞いてくださいっ! 今日、千明さまに告白したのですが、明日からはいつでも家に来てもいい、と仰ってくださったのですよ!?」

「話、盛ってませんか? 告白を二度も断られ、ご自分の立場と東雲くんの義理につけこんで強引に落とし込んだ、というのが私の認識ですが」

「……隠れて聞いていたのですね」

「いえ、彩音様の制服に小型無線機を仕込ませていただきました。もう必要ないので後で回収しますね」

「…………」


わ、私のプライバシーとはいったい……。


「まあ結果的に良かったんじゃないですか。実はバチクソに面倒くさい女と東雲くんに認知される引き換えに、学園以外で接点を持てたということに関しては」

「せ、瀬那さん……? それ、大分マイナスの方に片寄ってませんか……?」

「良くも悪くもいい機会では? 今の今までまったく進展がなかったのですから、多少彩音様の印象が悪くなっても相手に意識させた方が、案外上手くいったりいかなかったり」

「後者では困るのですっ!」

「そうはいっても、出会いからやり直せるワケではありませんからね。精々これ以上ボロが出ないように、ご自身だけで頑張ってください」

「えっ……せ、瀬那さんも引き続きサポートしていただけるのでは……?」

「東雲くんのクラスメイトとして、今まで散々私に情報提供させたではないですか。さすがにプライベートにまで私を巻き込むのはやめてください」


そう言ってばっさり切り捨てる瀬那さん。


あの……私、これでも一応は貴女のご主人様なんですけど……。


「そんなことより何ですか、このベッドの上に広げられた下着の数々は」


瀬那さんはキングサイズのベッドに並べられたショーツを一枚手に取り、弄ぶかのように上下左右に伸ばした。


「だ、だって明日は初めて千明さまのご自宅に伺うですから……その……色々と……あるかもしれませんし……そのための準備を……と」

「……彩音様、この世界はそこまでご自分に都合良く出来てはいないのですよ。妄想なら夢の中だけでやってください」

「うぐっ……」


い、いいじゃないですか……ちょっとくらい期待しても……。


瀬那さんに現実を突きつけられ、気を遠くしていると、


♪♪♪~~


「!!!」


この着信音はっ!?


スマホを手に取るまで約0.5秒。それから、5回のコールを待って、震える手でゆっくりと通話ボタンを押す。


「はい、藤原です」

『こんばんは、東雲ですけど。今、ちょっとだけ時間大丈夫?』

「あ、千明先輩でしたか。ちょうど今、ヴァイオリンのお稽古を終えて一息ついたところでしたので、時間なら大丈夫ですよ」

「…………」


すぐ横にいる瀬那さんが、呆れたようなジト目で私を見てくるのでシーシーと、唇に人さし指を立てる。

ええそうですとも。私は嘘をつきました。見栄を張って悪いですか?


『そうなんだ。こんな遅くまですごいね』

「いえ、私なんて千明先輩に比べたらまだまだ……」

『そんなことないって。僕は彩音ちゃんの演奏、好きだよ』

「――――」


好き。

その単語に、私の脳内は一瞬にしてフリーズ。


『もしもし、彩音ちゃん?』

「…………」


千明さまが……あの千明さまが……私を……好き……?


「(……彩音様、そろそろ現実に戻らないと切られてしまいますよ)」

「!!!」


瀬那さんの耳打ちで、はっと我に返る。


「す、すみません……ちょっとお電話が遠いみたいで」

『そっか。じゃ、電波も良くないみたいだし、手短に用件だけ伝えるね』

「えっ……」


このままあと2時間くらいお話できればと思っていたのですが……。


『明日、ウチに来る予定で話が進んでたと思うんだけど……』

「は、はい……」


それに、なんでしょうこの話の流れは……。

なんだかすごく嫌な予感がします。


『悪いんだけど、その予定はキャンセルでお願いします』

「――――」


私の脳内は、またしてもフリーズ。

その意味合いは、当然さっきとは真逆。


『さっき実家から親戚が亡くなったと連絡があってね、両親の代わりに葬儀に参列してほしいって話になってさ……って、聞こえてる?』

「……はい」


はっきりと……それはもうはっきりと、聞こえておりますとも……。


『で、急なんだけど明日、地元に帰ることになりました』

「じ、地元と言いますと……ほ、北海道、ですか……?」

『うん。だから日帰りちょっとは難しくてね。本当に申し訳ないんだけど、ウチに来るのはまた今度でいいかな?』

「…………」

「もしもし? 彩音ちゃん?」

「…………」

『あー……念のため後でメッセージも送るから。じゃ、おやすみなさい』


ツーツーツー……。


千明さまからの通話が切れた瞬間、足からカクっと力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。


「まるで、悪い夢のようです……何故こうも上手くいかないのでしょう……」


明日からずっと私のターン……と思いきや、初日からまさかの一番恐れていた事態に、目の前が真っ暗になる。


「神様は気まぐれですからね。これも一つの試練として受け入れましょう」

「…………」

「彩音様?」

「……ふふっ、ふふふっ……フフフフフ……」

「あ、これよくないスイッチ入ったかも」

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