第98話 パヒュンパヒュン
管理者だけでなく、大樹とも会話が出来るようになった次郎。
大樹の森の拠点……都が大樹の力によって成長しているとわかり、ホッとする一同。
しかし、それも束の間……。新たな事件が起こる。
大樹の森の拠点改め、大樹の森の都が安全とわかって安心した。
しかしながら、防壁の見張り要員の業務が一つ増えてしまった。
毎日、東西南北の防壁の長さを計測して記録することである。
また、水路も一応ドワーフ達に再点検してもらった。
こちらも何事もなく、一安心だ。
第二回目の北山調査団も滞りなく派遣し、ダイクン王国の首都以外の残りの町人や村人の引き上げも順調に進んで行った。
少し変更があったのは、エリシャンテとキキが揃って北山調査団の護衛に入ったので、僕が病院の臨時院長になったことくらいかな。
嬉しい誤算があったのは、ダイクン王国の中にドワーフの自治体が含まれていたことだ。
これでドワーフ達が五十人以上増えたことになる。
どうも、ドアン達初期のドワーフ十五人は卓越した職人技術を持っており、追加で加入した者達にとって学ぶことが多く、とても喜んでいた。
(あるじ……もう半分近くまで来たよ。
どうする?)
(そうか。もうそんなになるのか)
(だって、パヒュンパヒュンって進むんだよ)
(パ、パヒュン……て)
八咫烏の視覚情報を送ってもらう。
五人のエルフが木の枝から枝へと飛び移っていく。
なるほど、これがパヒュンね。
忍者みたいだ。
ナターシャも狩りの時にやってたな。
森の狩人であるエルフ共通技なのか?
まあ、それは置いておいて。
そろそろ接触してみるか。
たぶん、先方は大樹を目指しているのだろうし。
どう転んでも良いように、接見するなら、大樹の森の都から離れた場所でしたい。
ナターシャも呼ぶか。
八咫烏には合流するので、上空で待機するように命じておく。
前鬼と後鬼に、南から侵入して来る五人のエルフのことは、現れた時から情報共有してある。
護衛に八咫烏と烏天狗をつけることを条件に、接見を許された。
え? 盟主だから僕の方が偉いんじゃないかって?
いやいや、偉いのは前鬼と後鬼に決まってるじゃん。
だって、前鬼パパと後鬼ママだよ。
僕のパパァンとママァンなんだよ。
決まってるじゃん。
そんなことは大妖ならみんな知ってる。
とまあ、戯れ言はここまでにして。
ナターシャを呼ぶと、エルフとの会見なら「ミレイユお姉ちゃん呼んで良いですか?」と言われ、リントからも「なら、ボクも行きます」とのこと。
みんなエルフだから、まあいいか。
全員武装して執務室に集まる。
備えあれば憂いなし、だ。
ターゲットのエルフ達は、オーク戦の戦場跡付近にいるようなので、僕のマップ機能にポイントしてある。
では、跳びます。
まずはオーク戦場跡。
少し先に八咫烏が旋回しているのが見えた。
さらに跳びます。
八咫烏の真下辺りに転移した。
八咫烏と烏天狗には、上空に待機してもらい、草原と森の境い目を窺ってみる。
「ああ、いますね」
ミレイユさんが見つけたようだ。
コボルト戦の時の要領で探ると簡単に発見出来るらしい。
「あなた達、出てきなさい!」
ミレイユさんが音魔法で呼び掛ける。
と同時に、隠れているエルフ達をマーキングしたかのように、彼らだけ浮かび上がらせる淡い光のようなものを纏わりつかせた。
ミレイユさんの魔法は多彩だ。
エルフ最高の魔術師と言われるだけある。
一方で、彼らは木の上から弓でこちらを狙っている。
普通の弓矢なら、風術で狙いを反らすことは可能だが、弓魔法なら……どうだろう?
すると、一射がミレイユさんを襲う。
が、その矢は数メートルも手前でピタリと静止する。
「そう……話し合いも出来ないのね。
仕方ないわね」
ため息混じりのミレイユさんが、指で五回弾いたような仕草をすると、彼らの身体が一斉にビクッとする。
「くっ、バインドか!」
彼らの誰かが言った。
ミレイユさんはリントを見て軽く頷くと、今度は彼らがそのままの格好で宙に浮き、こちらにゆっくりと近づきだした。
おおっ、拘束魔法に浮遊魔法の連携だ。
「ナターシャ、彼らの弓を没収しなさい」
「はい、お姉ちゃん」
ナターシャが彼らから弓を取り上げていく。
「お、おまえは魔王ミレイユ!」
「「「魔王!?」」」
つい僕らが一斉に口をついてしまった。
「その呼び名は嫌だって言ってるでしょ、稲妻のライデン」
む!? 冠に真紅はつきませんか?
ファーストネームはジョニーじゃありませんか?
この中に、シンと言う人は? いたら名字をマツナガにして欲しい!
「冒険者時代に変なあだ名を付けられたんですよ」
ミレイユさんは「もう!」と呟きながら、スタスタとライデンと呼んだ人の下に歩いて行って、脳天にチョップを加えていた。
「お姉ちゃんのアレ、痛いのよね~」
「ボクはナターシャ様のチョップも痛いと思います」
「お姉ちゃん直伝だからね。
手は緩めないことにしてるの」
君らは魔法以外の何を伝授してもらってるの、まったく。
「あ~、コホン。
君達はどうしてここまで来た?
目的は何?」
気分を変えて問い質す。
「なんだ、おまえは」
ライデンが口を利いた途端に、ミレイユさんのチョップが彼の脳天を再度直撃。
ライデンは悶絶しているはずが、拘束魔法でそれすら出来ないでいる。
「あなた、立場をわかってないわね。
今、あなた達はバインドで拘束され、その命を私達に握られていながら、よくもそんな口が利けるものね」
ナターシャとリントが弓を構える。
「このお方はあの大樹の森の盟主様です。
ボク達を救ってくださった大恩ある方でもあります。
そんなお方に対してその口の利き様、いくら同族と云えど、容赦しません」
リントの目が厳しく光る。
「大樹の森の盟主だとっ!?
そんな子供が!?」
リントが弓を引いた。
ライデンの額に当たり、激しく揺れた。
どうやら、衝撃波だけだったらしい。
ホッとした~。
でも、ライデンの額から一筋の血が流れる。
「次はありません。
額の向こう側が見えるようにしましょう。
それとも、首と胴体が別れる方が良いですか?」
リ、リントが厳しい。
でも、カッコいい!
「ま、待て。
……降参だ。降参する」
「さっさとそうすれば良いのに。
ジロー様、ロープをお出しいただけません?」
ミレイユさんが出す手に、インベントリからロープを取り出して渡す。
ミレイユさんは、手際よく五人を縛り上げていく。
縛り終わると、そこで拘束魔法が解除されたようで、一斉に五人がドサッと地に倒れ伏す。
「さあ、話してもらうわよ。
あなた達の目的は何?」
ミレイユさんが問いかけるが、彼らの誰もが口を開かない。
「あ、そう。
それならばそれでもいいわ。
エルフの象徴なんて、片方あれば十分でしょう」
ミレイユさんがそう言った途端、五人の左耳の尖った先端から横にギリギリと引っ張られて行く。
「やめてっ!」「うわあぁ、やめてくれぇ!」「それだけは勘弁してぇー!」
ミレイユさんは手を触れていない。
サイコキネシスみたいなものか?
ちょうどその時、八咫烏と烏天狗が舞い降りて来た。
「おや、拷問の真っ最中でしたか。
すると敵ですかな?」
(敵ならば、抹殺する)
烏天狗が刀の鞘に手をやり、八咫烏が光輝いて両の翼を広げる。
「少し待て。
今、問い質している」
それでも二人は威嚇するのは止めない。
護衛として正しい判断だ。
「鳥人にフェニックスだと……!?」
「お、お許しを!」
「何でも話します。お願いですから許して!」
「な、何を言う、おまえ達」
「貴様こそ、妙なプライドは捨てろ。ライデン」
「そうよ。
あなたが変に拗らせているのよ。
そもそも、私達は助けを求める立場なのに」
とうとう仲間同士で言い合い出した。
「助け?
助けが必要なのか?」
思わず口をついていた。
あの敵対行動とは真逆の言葉だったからだ。
「鈴木様、簡単に敵の言葉を信用めさるな。
近づくこと無きよう、願いまする」
烏天狗が僕の前に出る。
「八咫烏殿は鈴木様のそばを離れぬようお願い致す」
烏天狗はそう言うと、ライデンの前に立ち、刀を抜き放って彼の首に添える。
「他の者はいざ知らず、貴様は要らんな。
良い見せしめにもなろう。
あの世で後悔するのだな」
烏天狗が刀を振りかぶる。
「ま、待ってくれ!
待ってください!
これまでの態度も改めます。
どうか、どうか……」
ライデンが折れたようだ。
烏天狗はしばらく刀を振りかぶった姿勢から動かない。
「……本当に申し訳ありません。
二度と歯向かいません」
「本当だな?
嘘偽りが少しでもあらば、叩っ斬ってくれん。
お主が逃げようとも、地の果てまで追いかけ、五体バラバラにしようぞ!
我が国では片腕の剣豪もいたぞ。
どれ、お主も片腕から始めるか?
ああ、そう言えばお主は弓の射手だったな。
では、両足は要らんな。
ほれ、足を出せ。
今日のところは両の足で許そう。
両足を出さんか!」
烏天狗が吠え、ライデンがボロボロと涙を溢し出した。
「す、すみません……すみません」
そこでようやく、烏天狗も刀を納める。
他の四人もホッとしている。
僕も驚いた。
普段温厚な烏天狗があそこまで痛烈とは、想像もしなかった。
納刀した烏天狗がこちらに戻ってくる。
(ああいうヤツは一度しっかりと心を折っておかねばなりません。
これで少しは使いやすくなるでしょう)
烏天狗が念話で語りかけてきた。
長年生きてきた烏天狗が言うのだ。
そういうものなのだろう。
「それで、目的は?
いい加減、話を進めたいわ」
ミレイユさんがため息混じりに言う。
「私からお話します!」
未だエグッエグッとしているライデンに代わり、彼の隣にいた女性が口を開いた。
彼女の話では、彼らはここから南東に住むエルフの集落からやって来た、とのこと。
その集落には二百人規模のエルフがおり、ダイクン王国とも交易があったそうだ。
ところが、そのダイクン王国がオーガに占領され、危機感を感じたエルフ達は移転先を探しに散らばったそうだ。
すると、彼らはその探索隊なのか。
そして、こちら方面に来た彼らは、大樹には伝説のフェンリルが住まうとされているが、それを承知で目指していたと言う。
運良くフェンリルと遭遇するならば、庇護下に加えてもらおうという魂胆もあったらしい。
大樹の森のフェンリル伝説は根強いね。
「あの……ジロー様。
真神様が過去にご降臨なされたこととかあったりしませんか?」
弓の構えを解いたリントが聞いてくる。
「無いなぁ。
真神もこの世界は初めてだって言ってたよ」
僕もちょっと気になって、前に聞いたことがある。
いくら真神が神格を持った大妖でも、異世界の壁は破ったことはないようだ。
「大樹の森にはフェンリルはいないわ。
代わりに、フェンリルよりお強くて威厳ある方がいるわね。
エンシェントドラゴンを凌ぐ気高い方もいて、こちらの八咫烏様なんて、フェニックスを跪かせるほどの方なのよ。
そんな方々をひれ伏させ、私達の頂点に立つお方が、大樹の森の盟主、スズキ・ジロー様なのよ」
ミレイユさんがこちらに手のひらを向けて言うが、話を盛ってるなぁ。
真神と八岐大蛇のことを言っているんだろうけど、フェンリルもエンシェントドラゴンもフェニックスも見たことすら無いのだけれど。
「そんなお方に私達は弓を向けてしまったのですね。
大変申し訳ございません。
伏してお詫び致します」
その女性は、後ろ手で縛られながらも額を地面に擦り付けて謝罪してくる。
それから他の者達も同じ姿勢を取ってきた。
あのライデンもだ。
「…………謝罪はもう良い。
君の名は?」
どうもこの女性の話しぶりや振る舞いが気になって問いかける。
「申し遅れました。
深森のエルフの長、クリスチーナと申します」
成人はしているのだろうけど、ナターシャよりも少し幼いくらいか。
「ライデンは私の護衛です。
教育が至らず、申し訳ございませんでした」
そういうことか。
ライデンが表に出て注目を集め、本当に隠したい者を隠す。
ライデンも護衛として正しくあったのかもしれないな。
「あなた達はエルフなのよね。
奴隷になっている訳ではないのね?」
クリスチーナがナターシャ達に確認してくる。
「私は緑森のエルフの長、ナターシャです。
私達は、奴隷とはほど遠い生活をさせて頂いてるわ。
今はとても幸せ。
恩をお返しするのが大変なくらいよ」
「では、大樹の森の盟主様。
このような状況ですが、どうか私達をお救いいただけないでしょうか。
出来ることなら何でも致します。
私の身で良ければ差し上げます。
どうか、どうか」
「「「それはダメよ(です)!」」」
ナターシャ、ミレイユさん、リントが一斉にハモった。
「だいいち、ジロー様はそういうことは望みません。
侮らないでください!」
リントが憤慨している。
「そ、それは失礼致しました。
ですが、助けていただきたいのです」
「それは意思統一できてるのかい?
君や一部の者達の思惑だけではなく?」
突っ込んでおく。
「それは……」
「口を挟んで申し訳ありません。
長のクリスチーナ様が仰ることに異を唱える者はおりません」
果たして本当にそうだろうか?
エルフは一族の結束も高いが、反面実力主義のところもある。
ナターシャは前の長の娘ではあるが、実力では元々No.1だったので、今は堂々と長を名乗っている。
エルフは意外と戦闘民族なのだ。
クリスチーナより強い者がいれば話は変わってくる。
「悪いが、今の段階では信用出来ない。
一度集落に戻って意思統一をして欲しい。
それで全員が助けて欲しいと言うなら、保護しよう」
「わかりました。
盟主様のご意志に従います。
縄を解いてくだされば、すぐに集落に戻り、取って返します」
「縄は解くが、今しばらく待機するように」
クリスチーナに言い、ロープを解いてもらうようにみんなにも指示する。
「みんなも少しこの場で待ってて。
すぐ戻る」
返事を待たず、僕は屋敷に転移する。
屋敷に戻った僕はサトリを探す。
『はい。ここに』
今度は、サトリに雲外鏡を呼んでもらう。
その間に執務室に戻り、前鬼と後鬼に事の顛末を報告し、善後策を話し合う。
雲外鏡が執務室に到着し、彼とサトリと一緒に草原に転移する。
余談
「片腕の剣豪って、丹下左膳?」
「いやいや、丹下左膳も、その元になった丹下典善も架空の人物ですよ」
「そうだよね。
映画作品はいっぱいあるけど、実在の人物じゃないよね?」
「ですが、片腕の剣豪と呼べる強者が一人おりましたのは事実ですぞ」
「え?そうなの?」
「幕末の侍、伊庭八郎で御座る」
「いたんだ、そんな人が」
「もちろん、本来は両腕健在の剣豪であったが、戦で手傷を負い、左手首が皮一枚で繋がっている状態で戦い、見事敵を屠る腕前。
その左腕も自ら小刀で断ち斬る豪胆さの持ち主。
あれは漢で御座った」
「そんな豪傑がいたんだね」
「某も、かの侍に恥じぬよう生きていきたいものよ」
稲妻のライデンさん、得意の雷魔法を見せる暇なく捕まっちゃいましたね。
「魔王ミレイユ!」と叫んだのが、最大のお仕事でした。お疲れ様でした。
さて、またまた避難民候補の登場です。
さて、どうなる?




