第97話 管理者様と大樹さんとぜんざい
悩む次郎の足は自然とお社に向く。
屋敷を出た僕は、その足をお社に向ける。
管理者様と大樹さんを祀っているお社だ。
祭壇を見ると、お供え物が空になっている。
インベントリからおにぎりを取り出し、二つお供えして、空の容器に浄水も注いでおく。
ふと思ったが、今回の一連の騒動って、もしかしたら管理者様の仕業?
僕にとって摩訶不思議の集大成みたいな方だしな。
高次元の存在は数学的にも証明されているし、管理者様は高次元的存在と考えれば納得出来る。
その成せる力は不思議だらけだけどね。
(管轄外だ)
え!? 何?
声が聞こえた気がして、辺りをキョロキョロと見渡すが、当然誰もいない。
管理者様ですか?
(私は君を見守るだけ。
事象を起こすことはない)
おおっ、お久しぶりです、管理者様。
お声が聞こえて嬉しいです。
また、日々見守っていただき、ありがとうございます。
(フフッ、相変わらず丁寧なことだ)
管理者様に畏れ多いのですが、ご相談したいことがあります。
(…………)
当初、この拠点全体が地滑りしているのかと思い、慌てて色々と調べてみましたが、どうもそうではないようで……。
建造物が、この拠点が成長することはあり得るのでしょうか?
(可能だ)
そ、そうなんですね。
お答えいただき、ありがとうございます。
それが聞ければ十分です。
たぶん、今までも、管理者様のお声を聞き逃していたかもしれません。
成長が遅くて、申し訳ありません。
(その柔軟な思考も相変わらずだな。
これからの君の成長を楽しみにしている)
僕も新たな楽しみが出来ました。
もっともっと精進しますね。
(君との会話は楽しい。
………………。
ほどほどにしておいてやれ)
どうやら、管理者様との会話は終わったようだ。
さて、管理者様はほどほどにと仰っていたが…………どうしようかな?
僕らを慌てさせて面白かったのかい?
大樹さん?
(ま、待って。
何も困ることは無かったよね?)
おにぎりは没収ですね。
(待て待て待てえぃ!
私への供え物では無いの!?)
ええ、さっきまでは。
(さっきまでと言わず、これからも供えるが良いわ)
祭壇を取り壊しますよ?
(どうしてそうなるのよ。
ここに住まう者達への慈しみで溢れている私をつかまえて、無体と思わないの?)
ここに住まう者達を嘲笑っているの間違いでは?
(現人神とはここまで意地悪な存在なの?
そもそも、私の声を聞かなかったそちらに落ち度は無い?
私はここを広げるぞ、と何度も言っていたのに)
あ、それを言われると弱い。
現人神としての成長が遅かったこっちが悪いのか。
ごめん。
(わかれば宜しい。
あなたの威圧はかなり応える。
今後、使いどころは気をつけた方が良いわよ)
む……気をつけます。
ところで、拠点を広げるって、どういうこと?
(言葉通りよ。
私の周りにヒトが住むのは初めてなの。
その生活振りを眺めるのが楽しいわ。
日に日に成長していって、都を作るまでになるなんて、とても良いわ。
それに崇めてもらえるなんて、とっても素敵。
だから、私もお返しをしようと、都そのものを広げようと思ったの)
なんか、大樹さんって、話せば話すほど、人間味が溢れて来るね。
話し方も段々可愛くなってくるし。
(まあ、私を口説くつもり?
でも、もう少しお付き合いしてからにしましょう。
こうしていれば、あなたも良い線行っていると思うわ)
口説きません!
そっち方面はもう手一杯です。
(あら、残念。
その気になったら、声かけてね)
だから、しませんって。
ああ、そういえば、枝が一本紅葉しているけど、大丈夫なの?
(大丈夫よ。
心配してくれてありがとう。
ここの成長に力を回してる分が赤く染まっただけだから)
ああ、やっぱり。
あまり無理はしないで。
大樹さんはそこにあるだけで十分だから。
(…………)
じゃあ、一連の騒動は大樹さんの力の発現ってことで解決なんだね。
ほぉ~。
安心した。
よし、みんなを待たせるのも悪いし、戻ろう。
あ、そうそう。
お供え物のリクエストあったら言ってね。
(あ、それなら、ぜんざいっていうのちょうだい。
食べてみたかったの)
了解。
あとで持ってくるね。
(待ってるわ)
足取りも軽やかに会議室に戻って来てみると、ミレイユさんがみんなにぜんざいを配っているところだった。
僕もぜんざいを受け取ると、ミレイユさんがニッコリと笑い返してくれた。
「何か良いことでもありました?」
「え?」
「さっきと全然違うにゃ」
「晴れやかなお顔をされているでありんす」
アヤメとタマモも微笑みかけてくる。
「ぜんざいが楽しみであったのであろう?」
「楽しみなのは、あんたでしょ」
鬼夫婦の会話だ。
「あの大鍋を見てみろ。
おかわりありに決まっている」
「あんたってば」
隠形鬼夫婦は相変わらずだ。
もちろん、一朗太と鵺がいることで、おかわり前提で大鍋で作ってもらっている。
「一朗太」
前鬼がハサミを取り出し、一朗太に投げる。
「ありがとうござんす」
一朗太も、何事もなくそれを掴んで、鵺の容器に突っ込み、餅を切っていく。
「ぬぅちゃんはお餅初めてだからね。
喉に詰まらせたら大変だ。
丁寧に切っておくれよ」
「今やってる」
「ミャミャミャウ、ミャウミャウ!」
「ぬぅちゃん、まだだよ。
もうちょっとお待ち」
鈴蘭が鵺の首を抱き抱えて押さえてる。
鵺はそれから脱出しようと懸命に踠いているが、鬼の怪力には敵わないようだ。
「まだよ…………まだ……。
よし、いいよ」
鵺は飛び掛かるように、ぜんざいを貪る。
が、しばらくすると、頭を上げ、クッチャクッチャといつまでも噛んでいる。
「ぬぅちゃん、初めてのお餅はどうだい?」
まだ噛んでいる鵺。
「ンミャ……ミャ……ン……」
「これ、ぬぅ。
ものを口に含んだまま喋ってはいかんぞ」
鵺は一朗太の顔を見て、しばらくモッチャモッチャと噛んでから餅を飲み込む。
「ミャオウ」
一声鳴いた後、すぐに容器に顔を突っ込む。
「気に入ったみたいだね」
「ぬぅ、餅は少しずつ食せば良い。
口いっぱいに頬張ると、先ほどのようになるからな」
今度は学習したみたいだ。
いつまでも見ていたくなるが、僕のぜんざいも冷めてはいけないので、食べることにする。
お餅をわざわざ焼いて入れてくれてるんだ。
香ばしさと甘い汁が混ざり会い、口の中でお餅がじんわりと一段上に引き上げられていく。
「あ、みんなも食べながら聞いて。
この件、解決しました」
「「「!!!」」」
「大樹さんが、僕らに良かれと思って、拠点そのものを成長させたんだってさ。
ああ、そういえば大樹さん、ここを都って呼んでたな。
僕らもそう呼ぶことにしようか」
みんなが少し固まっていたようにも見えたけど、今はもぐもぐしたり、ゴックンこしたりしているから大丈夫だね。
「ここを都と呼ぶのは賛成だが……」
「あなた、大樹と話が出来るの?」
しばらくしてから、前鬼と後鬼が口を開く。
「ついさっきからね」
「これだから、現人神は……」
弁才天の呟きに顔を上げると、アヤメとタマモが笑顔以外、みんな額に手をやっている。
あ、鵺まで首を振っている。
そんな痛い子扱いしないでよ。
ホントにさっき出来たばっかりなんだから。
「と言うことは、大樹は神格持ちなのか?」
前鬼がぜんざいのお椀を離さず、問いかける。
「これまで、誰も気付いてないわ。
弁才天、知ってた?」
後鬼が弁才天に確認する。
「いいえ。これっぽっちも気付かなかったわ」
「確かに、これほど立派な大樹であれば神格を持ってもおかしくはないなぁ」
「でも、そんな素振りもなければ、存在感も感じなかったねぇ」
隠形鬼夫婦も会話に入ってくる。
僕も感じなかったよ。
ただ、あまりにも立派な樹木で、寝泊まりさせてもらった経緯があるから、感謝を捧げていただけだ。
あとで全員で、管理者様と大樹さんにぜんざいをお供えしたのは、言うまでもない。
ぬぅちゃん、初のぜんざい。
気に入ったようですね。
皆さんは、ぜんざいのお餅をわざわざ焼きます?
作者は、柔らかいのが好きなので、そのまま鍋に入れます。
あんこには食物繊維が豊富に含まれているので、健康食品なんですよ。
……と、商社マン時代の社長が言っていました。
毎年、社員に大量のあんこを配ってくれていましたね。良い社長さん。
さて、悩みのタネも解決しました。
スッキリした次郎の活躍をお楽しみに。




