第96話 大樹の紅葉?
奔走する次郎。
そして、大樹も……。
真神に跨がったものの、拠点に戻るのはゆっくりで良い、というのを言い忘れ、再びあばばばばってなってしまった僕。
南門でピタリと止まる真神に上手く合わせられず、前方に投げ出され、前回り受け身で無事に?着地出来た。
ホントに真神の乗降訓練しなきゃ。
まだ受け身で地面を叩いた左腕がジンジンする。
喜一郎はまだ到着していない。
当たり前か。
喜一郎は探査しながら向かっているのだし、真神は爆速モードだったしね。
しばらくすると、水路からの乗降口から喜一郎が上がって来た。
「喜一郎、どうだった?」
喜一郎に声を掛けるが、その表情は厳しい。
「正確なことは言えませんが、歪んでいるのを前提として見たら、ここは三メートルほども南へずれているかもしれません」
やはりか。
これは一度、ドワーフや測量技術を持った者達を集めて、精査しなきゃならないな。
「鈴木次郎様。
このまま、海側まで一応調べてみようと思いますが、いかがか?」
喜一郎がさらに海側方面を探査してくれると言う。
「頼む。
報告は屋敷まで来てくれ」
「わかりました。
早速向かいます」
喜一郎は飛び込んで、海側へ泳いでいく。
「真神もありがとう。
今はどうすることも出来ないし、今日のところはもういいよ」
「はっ。いつでもお呼びください」
真神はまた森の方へと消え去っていった。
狩りでもしてたのかな?
気を取り直して、防壁の階段へ向かう。
階段を昇っている途中で、一朗太達と出くわした。
「いっさん、どうだった?」
「いやぁ、予想外と言えば良いのか、予想通りと言えば良いのか。
……東西南北全て同じでした。
”全部”、距離も同じ五メートル延びていますね」
階段上にも関わらず、しばし考え込む。
「鈴木次郎様。
気分を変えましょうや。
屋敷で茶でも奢ってくださいや」
一朗太がニッコリ笑いかけてくれる。
「……そうだな。
ぜんざいでも出そう。
みんなも来るよね?」
鈴蘭と鵺も笑って頷いている。
「あ、ぬぅって、猫舌?」
「いいえ~。熱かろうが冷たかろうが、気にしたことないですよ。
ね、ぬぅちゃん」
「ミャオウ」
良いな、この家族。
一緒にいると、なんだかほっこりする。
屋敷に着くと、早速厨房に行って、大鍋でぜんざいを持ってきて欲しい旨を伝え、会議室に向かう。
どうせ、色々報告に人がやってくるし、広いからね。
玄関を開けた時には、リントが出迎えてくれたので、前鬼と後鬼を会議室に呼んで欲しいことも伝えてある。
「あの執事さん、いつも玄関で出迎えてもらえるんですが……でも客室から出る時も扉を開けてくれるし……。
双子とかじゃないですよね?」
一朗太も不思議に思っていたみたい。
「いや、双子でもないし、分身の術でもないよ。
いつの頃からだったか……いつの間にかああなってた。
僕も不思議に思うけど、突っ込まないようにしてる」
「やっぱり、お屋敷の人なんだねぇ」
鈴蘭はなんか感心してる。
「たぶん、今は会議室の前にいるんじゃないかな?」
廊下の角を曲がると、ほら、やっぱりいた。
にこやかな笑顔で会議室の扉を開けてくれるリントが。
「隠形鬼で預かりましょうか?」
「ダメダメ。
リントは僕の付き人なんだから」
リントにスカウトが来るのは嬉しいけど、断固拒否します。
会議室に入ると、前鬼と後鬼が待っていた。
アヤメとタマモもいる。
ってことは、サトリもいるね。
『はい、ここに』
ついでだから、みんなにも聞いてもらおう。
弁才天や喜一郎も来るのに、多少時間あるだろうから、八咫烏も呼ぼう。
(ヤタ、ヤタ……今どこにいる?)
(あるじ、ヤタは今、大樹の上だよ)
(それは好都合。
ヤタの感覚で良い。
大樹の様子を観察して欲しい。
少しの変化も見逃すな。
そして、拠点の周りも同じように観察しろ。
それが終わったなら、会議室に来ること。
良い?)
(ヤタ、がんばるよ)
八咫烏との念話を打ち切り、リントに声をかける。
「後程、弁才天と喜一郎という河童も来る。ヤタもね。そのつもりで」
「かしこまりました。
茶器を準備しておきます」
全員のお茶を淹れ終えたリントが、一時退室していく。
鵺には特注の皿にお茶が注がれている。
ほら、犬用の食器みたいなやつ。
「ぬぅって、お茶も飲むんだ?」
「鈴木次郎様。
ぬぅちゃんは他の妖となんら変わりありませんよ」
「あたしもお茶は飲むにゃ」
ああ、そうか。
同じ猫又のアヤメもそうだもんな。
「でも、ここまで鵺と交流出来るとは、思いもしませなんだでありんすねぇ」
「ぬぅちゃんが特別なんですよ」
「うん。ぬぅは特別。
うちの家族だしな」
鈴蘭の言葉に一朗太も頷きつつ言う。
「ミャ、ミャオウ」
「あら、ぬぅちゃん、照れてる」
場が笑いに包まれていると、リントが廊下から声を掛けてくる。
「喜一郎様がお見えになりました」
「入れ」
前鬼の応えに、リントが扉を開け、喜一郎を中に案内する。
「喜一郎も座ってくれ」
みんなに喜一郎を紹介した後、お茶を啜っていると、八咫烏もやって来た。
それから遅れること三十分後には、弁才天も到着した。
揃ったところで、一朗太、喜一郎、弁才天、八咫烏の順に報告していってもらう。
ちょっと変わったところというと、喜一郎の報告で海側の水揚げ場が30cmも南へずれていたことだろうか。
弁才天はそれを聞くと頭を抱えていたが、それは拠点からの距離が関係しているように思う。
拠点からのそれぞれの水揚げ場は、湖の方が遠い位置にある。
弁才天からは、水路の点検結果を報告してもらったが、どこにも欠損は無かったとのこと。
そして、八咫烏からは、葉が赤くなった枝が一本だけあったとのこと。
その様子を映像として、サトリを通じてみんなに共有してもらった。
一年中枯れること無く、一面緑に覆われている大樹さんも不思議だけど、その大樹さんが紅葉しているのは初めて見るな。
それも枝一本こっきり。
『枝一本とはいえ、周りが緑に包まれているので、余計に紅葉している様が映えますね』
「キレイにゃ……」
「本当……鮮やかでありんすねぇ」
みんな口々に感動していた。
一通りの報告が終わり、協議に移ることにする。
「まずは、しっかり測量することが必要ですな。
測量技術者を召集しよう」
「ドワーフ達も集めなければならないわね。
彼らの目で水路を再点検してもらいましょう。
弁才天はそれに立ち会ってもらいます」
前鬼と後鬼の指示は的確だ。
この辺り一帯が地滑りをしていると仮定しての指示ならば、だ。
だが、防壁の通路が延びているのが納得出来ない。
一面5メートル×東西南北の四面の長さが延びているが、防壁の体積も増えていることに他ならない。
どこも割れていないし、崩れている訳でもない。
物理的化学的にあり得ない。
一朗太の話では、どこが延びたのか見分けもつかないとのこと。
摩訶不思議なことだらけの異世界でも、科学的に説明出来ないことは納得出来ない。
「少し席を外す」
「どちらへ?」
タマモが少し心配そうに聞いてくる。
「外の空気を吸ってくるだけだよ。
もうすぐぜんざいが届くはずだから、みんなは食べてて」
そう言って、会議室から出ていく。
余談
「あちきがついていくでありんす」
「あ、あたしも行くにゃ」
タマモとアヤメが席を立つ。
「止めておきなさい。
今は独りにさせてあげなさいな」
後鬼は柔らかくも二人を嗜める。
「大樹の森の盟主としての重圧は如何許か……」
弁才天が呟くように言う。
「まあ、心配せんでもよろしいでしょう。
今までに一度も間違った結論を出したことのないお方だ」
一朗太が全幅の信頼を滲ませて言う。
「そうにゃ。
次郎様がすることは、いつもいつも正しかったにゃ。
今回もきっとそうなるにゃ」
「そうでありんしたね。
その時は『なんで?』と思っても、結果はいつも善いものばかり」
アヤメとタマモが今までのことを回想しつつ、少しずつ笑顔を取り戻す。
「でも、鈴木次郎様でもあんな悩むことがあるんですね。
いつも笑顔で颯爽としてらっしゃるのに」
鈴蘭は、次郎の悩む姿を不思議そうに思っていた。
「あら、あの子は常に悩みっぱなしよ。
普段、顔に出さないだけ」
「そうだな。
それこそ、大事にはさっと結論を出したと思ったら、つまらぬことにいつまでも悩んでいたりするな」
次郎の親代わりの鬼夫婦ならではの語りだ。
「ですが、親しみが沸きました。
……あ、いや、敬っておりますよ。
我らは二柱の神に見守られ、幸福を感じております。
弁才天様はこのようにお茶目で親しみも抱き易いお方ですが、鈴木次郎様も我らと同じく悩むことがあるとは、想像もしませなんだ」
「喜一郎、余計なことは言わないで!」
「弁天はお茶目さんにゃ」
「あらぁ、お可愛いことで」
アヤメとタマモがクスクスと笑う。
弁才天の顔が真っ赤だ。
「弁才天は女神なのだから、愛嬌があってもおかしくあるまい」
前鬼が真面目な顔で言う。
「わ、私は水を司る水神です。
あ、愛嬌など必要ありません!」
「そうなのか?」
前鬼は後鬼に顔を向けて聞いてくる。
「あなたは、もう……」
後鬼も少し笑いを堪えている。
それからしばらくは、弁才天の愛嬌話が続いた。
大樹の森の拠点、最大の危機の訪れか!?
次郎は悩みに悩んでいます。
住民の安全の為に、移住も視野に入れて。
自分も含め、ここに愛着ある者達をどう説得しようか……。
次話をお楽しみに。




