第94話 北山の水晶
北山調査から無事に帰ってきた次郎。
その足でドワーフ工房へと訪れる。
北山調査から帰って来て、早速ドアンの元へ例の水晶を渡すために工房へ。
ドアンの前のテーブルに、トゲトゲした状態の直径四十cmほどの水晶を置く。
「……これがそうか」
水晶を置いたテーブルの周りにドワーフ達も集まっている。
「親方ぁ、こいつは……」
ドワーフがざわめいている。
ドアンも水晶に伸ばす手が震えている。
そっと水晶に手を触れる。
「ジロー様よ、ワシらがなぜあんな危険な北山の麓に集落を作っていたと思う?」
え? もしかして、その水晶が目的とか?
「そうじゃ。
集落のそばを流れる川にコイツが紛れることがあってな。
そこから川底を掬って欠片を集めておった。
小指の先も無い砂粒程度のわずかな量じゃがな。
北山を発掘出来ればあることはわかっておったが、なんせ竜の巣窟じゃからな。
山に踏み入れることは叶わんかった」
ドワーフは純粋な技術職人集団だからな。
戦闘能力はほぼ無いに等しい。
「で、それはいったい何なの?」
「純魔石の固まりですよ」
「純度の高い魔石のことです」
「これほどの大きさは見たことない。
これだけあれば、この大樹の森の拠点全員が十年……いや二十年は暮らしていけますよ」
ドワーフ達が口々に言う。
なんか大層なものらしい。
「ああ、コンロに火を着けたり、街を明るく出来たりするんだ」
「「「それどころじゃありません!」」」
おう、ビビった。
一斉に叫ぶんだもん。
思わずのけ反っちゃったじゃないか。
「これだけあれば、火を炊かずに家中暖かく出来るぞ」
「夏も涼しく過ごせるに違いない」
「いや、今は戦争中だ。
軍隊に優先的に回した方が良い」
「となると、魔剣や魔矢を優先した方が良いか」
「防具もな。
今の戦闘服に練り込んだ方が良いな。
繊維に蒸着する技術は確立してある」
なんか盛り上がっちゃってるけど、何に使うか決めるのは、たぶんこちらの仕事だと思う。
「ええと、まずはこの純魔石?で何が出来るかの一覧表が欲しい。
今あるこの量で、どれだけの効果があり、どれくらいの期間保つのかも忘れずに。
ドアンはまとめて屋敷に提出して」
「わかった。
楽しみにしておれ」
いや、楽しみにしてるのは、あなた達でしょ。
水晶はそのまま工房に置いていき、屋敷へと足を向けることにする。
翌日、早朝からドアンがやって来て、純魔石の利用一覧表を提出してくれた。
同席している前鬼と後鬼にも目を通してもらい、ドアンをじっと見つめる。
「ドアン、おまえ、また約束を破ったな?」
「な、な、何のことじゃ」
そう言ったドアンの目が真っ赤だ。
大規模工事等が無く、安心していた僕のミスだ。
「寝てないだろ?」
ドアンを睨み付け、覇気を出す。
「正直に言え。
何人がこの一覧表作成に関わった?」
「……じゅ、十五人……」
ドワーフ全員じゃないか。
執務室のベルを鳴らす。
リントがすかさず入室して来る。
「リント、至急ユキを呼べ」
「ユキさんですね。
かしこまりました」
一礼した後、リントはすぐにベランダに向かう。
指向性音魔法で呼び掛けるのだ。
「それと、サトちゃんいるかい?」
『はい。ここに』
「今からドワーフ全員、強制催眠で眠らせて。
24時間ぐっすりとね」
『強制執行、承りました』
「ま、待ってくれ。
そんなことしたら今日の仕事が……」
ドアンが慌てて言うが、完全に無視する。
「明日から取り戻せば良かろう?
自業自得だ」
前鬼がドアンをつまみ上げ、客間に放り込んだ後、逃げ出す前にサトリに眠らせてもらった。
その後、呼び出したユキに事情を説明し、明日からドワーフ達を監視してもらうように依頼した。
その際、椿は二、三日は休めるように言い含めておいた。
なんだかんだと、昨日の北山調査は強行に次ぐ強行でハードなものだったからね。
登山だけでもキツいスピードなのに、戦闘もあったし。
椿がいかに強くても、疲れるものは疲れるのだ。
ユキの話では、椿は到着早々、夕ごはんもそっちのけで寝室でバタンキューだったらしい。
代わりに、朝ごはんは猛烈な勢いで食べていたとユキが珍しく笑顔を見せていた。
リント、口が半開きになっているぞ。
後鬼に叱られても知らないよ。
余談
雪女の詰め所に戻ってきたユキに、椿が問いかける。
「ユキお姉様、お役目ですか?」
ユキがため息を吐き出す。
「ドワーフって、バカの集団なの?
現人神をまた怒らせたわ」
「またですか!?」
「明日から彼らの監視をしなけりゃいけなくなったの。
今から種まきしなきゃいけない野菜が集中してるこの時期に、なんてことをしてくれるのかしら」
「ユキお姉様、ドワーフ達の監視なら、わたくしが……」
「あら、ダメよ。
椿は休ませろって、現人神の命令ですもの」
「次郎様が……」
「勉強熱心で素直な良い娘とも言ってたわ」
「嬉しいです。
学ぶことがいっぱいで、同行させて頂いて本当に良かったです」
椿の食べっぷりも褒めていたが、それは乙女心に微妙なので、黙っておくユキだった。
余談
翌日一日休みを取れと、次郎に言われ、することも無く困った様子の烏天狗。
(たまにはキキのところへ寄って労おうかの。
茶菓子でも買って行こうか)
烏天狗はせんべいを購入し、病院へと舞い降りる。
受付でキキに会いに来たと言うと、院長室に居ると言われ、受付嬢に笑顔で見送られた。
(なんか笑われた気がするが、何じゃろ?)
頭を捻らせつつも、院長室と書かれた札の扉の前に立つ。
「頼もう!」
烏天狗が声を掛けると、中からエリシャンテが扉を開ける。
「あらまあ、烏天狗さんじゃありませんかぁ。
それは……クスクス。
まずは、中へどうぞぉ」
「御免」
スルリと入室すると、ソファーにキキの他に弁才天もいた。
「烏天狗!?
あなた、なんて格好してるのよ」
「む、いつもと変わらぬ服装のはずじゃが?」
「いえいえ、両手にお持ちになっているソレですよぉ」
二人どころか、キキも笑っているようだ。
「せんべいだが?
キキに差し入れでもと思うてな。
ここのせんべいはなかなかじゃぞ」
烏天狗は、両手一杯にせんべいの山を抱き抱えていた。
「質の話じゃないわよ。
量の話をしてるの。
ものには限度ってものがあるでしょ」
「何を言う。
一つの味では食べ飽きてくるやも知れぬから、いくつか種類も買うてきただけじゃ」
「まあまあ。
烏天狗さんもお座りになってくださいなぁ。
今、お茶を淹れますぅ」
「うむ。馳走になろう」
烏天狗はそう言うと、ソファーに座り、テーブルの上にせんべい袋を広げる。
「色々あるが、この七味入りが特におすすめじゃ」
三人の雑談に烏天狗が入ったことによって、必然的に北山調査に話が行く。
「まあ、北山にはそれほど多くの竜が生息しているのですね。
これは次回の調査に参加しなくては」
エリシャンテが珍しくキリッとした口調で言う。
「竜神を祀るあなた達がそう思うのは当然か。
それにしても、火を纏う竜に、飛竜を撃墜する巨竜かあ。
なんか面白そうじゃない」
弁才天も強く惹かれているようだ。
「何でも、次の調査団の派遣は一週間後と言うておったな」
「エリは行くのよね?
私も立候補しておくかな?」
「キュオキュオ」
キキも立候補したいらしい。
「調査員はドワーフ達中心に編成され、護衛には佐藤将軍が就く予定と申されておった」
「げっ、あの鉄仮面かぁ」
「あら、普段は柔らかい人ですよぉ」
「任務中は心に鉄仮面でも被ってるのかってくらい変わるでしょ?」
「ん~と、そうだったり、そうじゃなかったり?」
「何で疑問系になるのよ」
「エリシャンテ殿が言いたいのは、佐藤将軍は臨機応変な人じゃということではないか?」
「あ、そうそう。そういうことですよぉ」
「キュキュキュオ、キュオキュオ」
「え~と、同行してみればわかる、かな?」
「キュオ」
キキ語の解読に、一同がエリシャンテに尊敬の念を抱いた瞬間だった。
烏天狗はピリ辛が好みのようです。
そう言えば、防大時代、非常食(土日に外出する者が食堂に行かない代わりに与えられるもの)にカラムーチョが出てましたね。
人気が出る前の話です。
当時の防大生に不人気で大量に余りまくり、自室内に並べまくって皆で記念撮影したほどです。
デジタルな時代ではなかった為、その写真もどっか行っちゃった(笑)。




