第93話 八岐大蛇の参戦
ティラノサウルスと四枚羽のラプトルに対峙する八岐大蛇。
それに熱い視線を送る雪娘の椿。
ティラノサウルスと翼竜との戦いの場に、八岐大蛇はゆっくりと飛翔して行く。
百メートルほどの距離で双方が気づいたようだ。
一瞬、全ての恐竜達翼竜達が金縛りにあったかのように、硬直した。
翼竜達は、八岐大蛇に畏怖しているのか、少し距離を取り、遠巻きに様子を窺うみたいだ。
「グオオオォッ」
「クルルゥオッ」
それでも、ティラノサウルスと四枚羽は威嚇の咆哮を上げる。
「ふんっ」
八岐大蛇は気にすることなく、二頭の前に降り立つ。
ティラノサウルスが大きく口を開け、唸る。
超音波?攻撃だ。
そして、四枚羽も顔の前に火炎弾を作り、射出する。
八岐大蛇は、超音波に当たろうが、火炎弾に被弾しようが、全く意に関せず、そのまま歩を進める。
八岐大蛇の三つ首だけが、宙を舞う四枚羽を見ている。
と、その三つの首が急激に伸びた。
四枚羽は慌てて避ける。
一つ目の首を急降下で躱し、二つ目の首を急な方向転換で避けるが、かすかにかする。
よろめいたところを三つ目の首に咥えられた。
また、首の一つをわざわざティラノサウルスの前に差し出し、噛みつかせる。
それを素早く避け、逆に八岐大蛇がティラノサウルスの首に噛みつき、顋に捕らえる。
両方とも一瞬の出来事だった。
「クオン、クオン」
「クルオン、クルルゥ」
二頭が噛みつかれながら鳴く。
「全くなっとらん」
八岐大蛇がため息混じりに言う。
「正義やエリに遠く及ばんのお」
進化しているとはいえ、恐竜が龍神に及ばないのは当然のことだが、正義やエリシャンテにも届かないか。
八岐大蛇は反転し、二頭を咥えたままこちらに戻って来る。
「次郎殿。始末するのであれば、このまま噛み千切りますが……」
「八岐大蛇はどうしたい?」
「せっかく進化した竜ですからな。
このまま配下にするのも悪くないかと存じます。
この二頭は自分に屈服しておりますし」
「よし。
この二頭はただいまをもって、八岐大蛇の配下とする。
二頭とも、精進するが良い」
ティラノサウルスと四枚羽のみに覇気を強めに向ける。
「クオン」
「クルルゥ」
一声ずつ鳴き声を上げた拍子に、八岐大蛇が解放する。
地に降ろされた二頭に歩み寄り、治癒を施す。
意外にも、二頭の争いの傷よりも八岐大蛇に噛まれた傷の方が重傷のようだった。
治療を終え、椿の下へ向かう。
「これもまた一つの答えさ。
違う結末を迎えることもあっただろうし……。
柔軟な思考を忘れないようにね」
「はい。
大変勉強になりました」
うんうん。素直なのは良いことだ。
これで恐竜もゲットだぜ。
二頭の恐竜を仲間に加え、盆地の調査を開始する。
結構良い時間だから、手早く調査を進める。
場所も記録出来たし、本格的な調査は改めて調査団を派遣しても良い。
二頭の恐竜も、思った以上に従順で助かる。
八岐大蛇は二頭の恐竜と意思の疎通が図れるようで、盆地の湧き水の在りかや地表に突き出た水晶の山を案内してくれた。
念のため、水晶の一部をインベントリに収めておいた。
あとでドアンに調べてもらおう。
日が傾く前に撤退することにする。
それに、八岐大蛇の配下となった二頭の恐竜も一旦ここに置いておく。
大樹の森の拠点には、今は彼らの住まう家がまだないからだ。
一度帰ってから、専用小屋なりを作ってから迎えに来るつもりだ。
「では、自分は今しばらくここに留まりましょう。
こやつらの管理もそうですが、他の竜達の様子も気になりますからな」
八岐大蛇の言う通りにしようか。
「すまないが、次の調査団を送るまでお願い出来るかな?
たぶん、一週間あれば派遣出来ると思う」
「畏まりました。
なに、ここは竜が豊富におりますからな。
存外、心地良く過ごせそうです」
「うん。頼んだよ」
そこで雲外鏡を呼び、僕らは八岐大蛇を残して大樹の森の拠点に転移した。
解散する前に椿を呼ぶ。
「なぜ、八岐大蛇は北山に残ったと思う?」
「え? 八岐大蛇様が仰った通り、竜達の管理のためでは?」
「う~ん……五十点、かな?」
「そんなこともわからんのか、小娘は」
雲外鏡が口を挟んでくる。
「よぼよぼお爺にわかるのか?」
「よっ…………まあ、良い。
八岐大蛇殿が残ったのは、北山の竜がワシらに殺されぬようにするためじゃ。
ほれ、一週間後には調査団が行くのじゃろ?
調査団が襲われたら、その護衛が確実に殺すじゃろうのぅ。
今度は一般のドワーフ達も派遣されるじゃろうからな。
護衛役は任務を全うしそうな厳しい者が就くのが、目に見えておるわい」
「八岐大蛇は存外情に深いところがあるしな」
真神も口を揃える。
「雲外鏡が正解だ。
今度の調査団はドワーフ達が中心となるだろうし、その護衛には常備軍を就けるつもりだ。
正義も同行させようと思っている」
「鉄の正義将軍か……。
調査団が襲われようなものなら、血の雨が降りそうじゃな」
職務に真面目な正義に二つ名が!?
部下にも厳しく当たっている様子もよく見られているし、戦場の正義は淡々と敵を屠る様から付いた二つ名なのだろう。
まあ、正義もわざとそう振る舞っているフシもある。
副将軍のマフティが部下の話をよく聞いて調整役をしているので、正義はわかってやっていると思う。
「……お爺に負けた……あんなによぼよぼなのに……」
「よぼよぼが余計じゃ!」
椿が、この世の終わりか、とでも言いそうな表情をしている。
「よぼよぼは外せない。
この際、お爺の正式な名字にすると良い」
「こんの小娘が!
五十点のクセして」
「お爺は戦闘では0点のクセに」
二人が言い争っている内に、自然と解散となってしまった。
締まらないなぁ、もう。
正義に二つ名が。
でも、そんな正義が護衛に付くのなら、第二次北山調査団も安心ですね。
次回では、北山山頂で採取した水晶の正体が判明します。




