第86話 ドラドリア市街戦その4
百人長達を倒したリント達。
だが、あと一体が残っている。
また、街の北側から侵攻したエリシャンテ達は?
ーーー三人称ですーーー
こちらはエリシャンテの実家前。
リントがとどめを指したと同時に、屋敷から派手なドタバタ音が響き、ついには玄関口が吹っ飛んだ。
それと同時に飛んで来た者がいる。
先ほどの百人長のオーガ達よりも一回り大きなオーガだ。
「グオオッー!」
そして、さらにもう一人が玄関口から現れた。
こちらも大きな体格をしている。
鬼の一朗太だ。
「遅くなりやしてごめんなさいよ。
なんとか、屋敷から放り出しましたわ」
相当やり合ったようで、一朗太の額から血が流れている。
掻き上げた一朗太の髪に血が混じっているところを見ると、頭からも出血しているかもしれない。
ただし、オーガの方は顔中血だらけだ。
「ああ、も一つ謝っておきやすね。
ソイツ、百人長じゃなくて千人長でしたわ」
片手で飄々と謝る仕草は、いつもの一朗太の姿だ。
しかし、マフティは内心の驚愕を抑えるのが必死だった。
コボルト戦で同じ班だった一朗太がケガをしたところなど見たことがない。
コボルトを始め、オーガとも対等以上に戦い、快勝してきた一朗太が負傷している。
(これが千人長の実力か)
「一朗太さん!」
リントが心配の声をあげる。
「大丈夫大丈夫。
ウチの人、頑丈さがウリだから」
一朗太の妻の鈴蘭の声だけが一同に聞こえてきた。
リントがキョロキョロと辺りを探すが姿は見えない。
「一朗太さん、選手交代と行きましょう」
マフティがオーガに歩み寄る。
「ふん。貴様が?
話にならん。
オレはそいつと決着をつけたいのだ」
オーガは一朗太を睨み付ける。
「わかったわかった。
おまえが勝ったらな」
一朗太はオーガを無視して、一同の下へ向かう。
一朗太は、マフティとすれ違いざまに小声で囁く。
(力押しはしてきますが、妙な技も使います。
たまにこちらの力が抜けるっちゅうか、変な感じがする時がある。
極力、ヤツの身体に触れぬように)
マフティは小さく頷く。
一朗太は一同のところまで来ると、どっかりと地面に座る。
「あ~しんど」
「何もあんたがやるこたぁなかったんじゃない?」
「ミャオウ」
気づくと鈴蘭が一朗太の顔を甲斐甲斐しくタオルで拭いている。
「あいつは小狡い。
ああでもせんと出て来やせん」
千人長のオーガは、屋敷の外の戦闘を始めからつぶさに見ている慎重さを備えていた。
そして、やや前屈みに構えてじっとマフティを観察している。
両者なかなか動かない。
いや、動かないように見えて、先ほどからフェイントの応酬をしているのだ。
僅かに身を屈めたり、左に体重を掛けたり、右足の踵を外に向けたり。
(コイツ、俺と同じタイプか。
オーガにしては珍しいな)
マフティは冷静に戦況を観察し、分析してから行動に移す。
だから、指揮官として任命されているのだが、個の戦いでもそれは変わらない。
一陣の砂塵が両者の間を風に舞う。
その砂塵だけがオーガを襲う。
間髪入れず、空中からも岩つぶてがオーガに降り注ぐ。
オーガも一足飛びにマフティに迫り、右腕を振るう。
その時には、マフティは三メートルほどの距離を横に移動していた。
(なんだぁ!?
ヤツが動いたのはわかるが、起こりが一切なく移動するだと……)
オーガは内心驚愕していた。
大地の反発力だけを己の足裏に強く出すことによる、マフティの特殊な魔法の使い方だった。
マフティは移動するだけでなく、己の前から斜めにオーガに土槍を噴出させ、突き刺そうとしていた。
が、オーガが両手での打突でこれを粉砕していく。
「貴様、土魔術師か!?」
「おまえも頑丈なヤツだな。
背中に何本か刺さったはずなのに」
マフティはオーガの背後からも土槍を何本か噴出させて、命中させていたのだ。
しかし、オーガの強靭な肉体を貫くことは出来なかった。
それから、オーガがマフティに突進し、マフティが躱しながら土槍や空中からの岩つぶてで攻撃するという、一見追い駆けっこにも見える攻防が続いた。
「こ、これはどちらが有利なんでしょう?」
リントはハラハラしながら、拳に力が入る。
「あの隊長さんは魔法とやらを使って、本来は遠距離で仕留めるのだろうけど……あのオーガには効いてないみたいねえ」
「この間の戦では、あれで何体ものオーガが串刺しになっていたのに、丈夫なヤツね」
弁才天とユキが各々リントの問いに答える。
戦いはまだ続く。
一方、エリシャンテとオルテガ率いるドラド族の部隊は、北の街門から侵攻し、戦いを繰り広げていた。
敵側には、ゴブリンやコボルト、リザードマンに混じり、オーガも何体か存在した。
そのオーガのところで侵攻速度が緩まってしまうが、エリシャンテとオルテガがその場に向かい、押し返す。
オーガと対峙するエリシャンテは、両手で引っ掻くかのような姿勢を取っている。
そして、宙を引っ掻けば、その度にオーガの肉が抉れ、血が吹き出す。
「グゴオォォッ!」
堪らずオーガがエリシャンテに突進する。
そこにオルテガが飛び込み、タックルでオーガにぶち当たる。
オルテガの小柄な身体にオーガが一歩も動けないでいる。
オーガは、邪魔なオルテガを弾き飛ばそうと何度も腕を振るうが、全て弾き返されてしまう。
その内にオーガの左腕が千切れ飛んだ。
エリシャンテの右腕が宙を引っ掻いたタイミングで。
次にエリシャンテは、まるでそこに小さな人形でも掴んでいるかのような仕草をすると、オーガの顔と残った右腕がギリギリと離れていく。
オーガの首元と右肘辺りからブチブチと筋肉繊維が千切れる嫌な音が聞こえる。
「ふんっ!」
エリシャンテが力むと、オーガの右腕よりも先に首が宙を舞った。
「おうおう、オーガの首をねじ切りおったか。
さすがにワシでもできんわ」
「お祖父ちゃんも相変わらず頑丈ねぇ」
オーガといえど、ドラド族の祖父と孫娘のコンビの前にはあっという間に粉砕されていく。
他のドラド族達はそうもいかないが、救援に来た天狗達のフォローも効いて、オーガの足止めは出来ていた。
負傷もするが、駆けつけた医療チームの治療も間に合って、なんとか戦線を維持していた。
それでも、街の中央に進めば進むほどオーガの参戦率が高まり、侵攻速度が停滞気味になる。
その状況をはるか上空で見ている者がいる。
(ここまでオーガが増えると、エリシャンテとあの爺さんだけでは手一杯になるか。)
八岐大蛇である。
(天狗ももう少し居れば、話は別だがな。
街全域に散らばって支援しておるから、仕方あるまい。
自分は参戦せぬ約束であったしなぁ。)
街の中央部にある屋敷前の戦いも気になるが、エリシャンテのことも目が離せない。
(……仕方あるまいな。
自分の巫女であるからな)
「我の巫女、エリシャンテよ。
自分の牙を取り出せ!」
頭上のはるか上空から、雷の如き声が響き渡る。
「八岐大蛇様っ!?」
エリシャンテは八岐大蛇の牙を取り出し、上空に掲げる。
取り出した牙がみるみるその形状を変えていく。
変化を終えた時、それは一振の薙刀へと化していた。
「こ、これは!?」
「巫女よ。力を示せ」
「ははっ。必ずや」
(八岐大蛇様がわたくしを巫女と仰った!
巫女として、恥ずかしくないよう努めなければ)
全身を喜びが駆け巡るが、震える手を抑え、薙刀をしっかり握るエリシャンテ。
敵に向かって駆け出し、横薙ぎに一閃すると五、六体の取り巻きが両断となる。
さらに二歩進んで返す刀でオーガに薙刀を振るうと、その首が宙を舞った。
「なんという凄まじさ。
扱いに困るほど。
……我がお仕えする方に、これ程のものを下賜戴いていたとは……。
自分の至らなさがなんとも情けない」
エリシャンテはさらに歩を進め、薙刀を二度三度振るう。
「でも、今はこの状況を打開するのみ!」
エリシャンテが進む方向を変える度、死体が増え続ける一種異様な光景が繰り広げられた。
「この有り様じゃと、下手に支援も出来ぬのう」
半ば呆れたように頭をポリポリと掻いたオルテガは、エリシャンテの進む方向とは別の場所に向かう選択する。
「おまえ達もエリに近づくなよ。
巻き込まれるぞ」
仲間達に指示をしたオルテガは、エリシャンテの進む方向にいないオーガに突進していく。
オルテガの意図を察した天狗がオルテガをフォローして、空中からオーガに槍を突き立てる。
「そこの者、離れよ」
天狗の言葉に即座に反応したオルテガは、タックル状態からオーガを蹴って、すぐさま距離を取る。
それと同時に、天狗の槍から雷が放電され、オーガの身体が震えていく。
「あば、あばばばばっ……」
オーガの言葉が言葉にならない。
肉の焼ける臭いが立ち込めると、天狗は一度槍を抜いて再び突き刺す。
今度はオーガが火だるまと化した。
自在な術を使いこなす天狗の技だ。
「この鳥人も並みじゃねぇな。
…………。
八岐大蛇様とやらも、はるか上空から我らを睥睨するのみか。
エリを値踏みしているのか?」
オルテガは空を仰ぎ見るが、それも一時で、すぐに周囲を見渡し、次のオーガがに向かっていく。
(こちらはこんなもので良かろう。
さて、中央部はどうであろうか……)
八岐大蛇の首の一つが、街の中央部を注視する。
鬼の中では強い一朗太が負傷するほどにオーガの千人長は強い。
マフティに策はあるのか?
もう少し戦闘シーンは続きます。




