第82話 鬼夫婦と鵺
鵺。
それは摩訶不思議な存在。
いったいどのように発生するのか、誰も知らない。
しかし、全ての妖から忌み嫌われる存在でもある。
大樹の森の拠点に住まう鵺は果たして?
ーーー三人称ですーーー
鵺は妖には避けられていたが、エルフや獣人の子供達とは仲が良かった。
鵺は子供が転んだと見るとすぐさま駆け寄り舐めてあやし、寝そべっていると股がってくる子供達を乗せてそのまま行進するなど、面倒見が良いようだった。
その様子をじっと見つめている者がいた。
食料の買い物帰りの鈴蘭だ。
夕飯前には子供達も家路につくので、パラパラと居なくなっていく。
とうとう鵺が独り残った。
「ちょっと、あんた。
飯はどうしてるんだい?」
鈴蘭から声を掛けられ、ビクッとする鵺。
鵺が振り返ると、食材を山盛りにした大きな籠を背負った鬼女がそこに立っていた。
「グゥ……グルルゥ……」
「飯だよ、飯。
ちゃんと食ってるのかい?」
鵺はプイッと横を見ている。
それを気にせず、鈴蘭は両手で鵺の顔をぐいっと自分の方に向ける。
「人が話してるのに無視しない!」
「!?」
「あんた、ちゃんと食べてないだろ?
あ~あ、腹が背中とくっつくんじゃないのかい!?」
鵺がたたらを踏む間も無く、鈴蘭が撫で回していく。
「よしっ、ついといで!」
鬼の怪力で首の後ろを猫のようにつまみ上げられ、強制的に連れて行かれる鵺。
しかし、本人もイヤイヤではないようだ。
二人が住宅街の通りに差し掛かると、住民達がざわめく。
「鵺よ」「鵺だ」「何でこんなところに鵺が……」
鈴蘭はツンと澄まし顔でスタスタ歩いて行く。
「気にしちゃダメよ」
「グル」
鈴蘭が呟くように言うと、鵺も返事をするように短く鳴く。
住宅街の一番手前の家で鈴蘭の足が止まり、玄関を開け放つ。
「ただいま~」
「おう、おかえり」
「今日はお客を連れて来たよ」
「客?……ああ、例の猫ちゃんかい」
奥から一際大きな体躯の鬼が玄関に来る。
「ちょっと待て」
大きな鬼は一度奥へと引っ込み、すぐに桶を持って玄関口に戻る。
玄関框に座ると、水桶に入った布巾を絞る。
「ほれ、手を出しな」
鵺は言われるがまま前足を差し出すと、大きな鬼はその布巾で汚れを落としてくれる。
「ワシは一朗太と言う。よろしくな」
鵺の足を順番に拭きながら、一朗太が言う。
「グルル」
「あ、私は鈴蘭だよ。覚えておきな」
「グル」
「律儀なヤツだな。わざわざ返事をしとる。
……よし、上がって良いぞ」
一朗太は、鈴蘭の背負っていた籠を片手で持ち、もう片方の手で桶を持つと、また奥へと引っ込む。
「ほら、あんたはこっち」
鈴蘭に誘導され、居間に入った。
そこは畳が敷かれ、中央にコタツが置かれた純和風の居間が広がっていた。
「あんたもコタツで暖まりな」
鈴蘭がコタツ布団を捲って鵺を促す。
何度か鈴蘭の顔と捲られたコタツ布団を交互に見つめていた鵺は、恐る恐るコタツ布団へ入る。
「ウチには大きいのが居るから、コタツもコタツ布団も特注なのさ。
あんたでも入れるだろ?」
コロコロと笑う鈴蘭。
「おう、コタツに入ったか」
一朗太が居間に来ると、入れ替わるように鈴蘭が出ていく。
「今から夕飯こさえるから待っときな」
普段の倍は要るかな~、と呟きながら、鈴蘭が台所に向かう。
「鈴蘭が飯を作ってくれる。
アレの飯はうめえぞぉ。
それまでは水で我慢しときな」
いつの間にか、深い大皿に入った水をコタツの上に用意されていた。
鵺も遠慮なく水を飲む。
「やっぱり喉が乾いとったか。
だが、その辺にしとけ。
せっかくの飯が入らんくなるでのぅ」
それを聞いた鵺が慌てて顔を上げる。
「はは、おまえは本当に賢いのぅ」
一朗太に撫でられるに任せる鵺は、いつの間にか目を閉じる。
「あんたー! 飯櫃持っておくれよ!」
いつの間にかうとうととしていた鵺が飛び起きる。
台所からの鈴蘭の声を聞くと、一朗太はよっこらせと立ち上がる。
鈴蘭が大皿に盛った料理を運ぶ回数が三度。
一朗太も普通の倍は大きい飯櫃を持って来ては、すぐさま台所に取って返し、再び現れた時には大鍋を抱えていた。
最後に、空の皿や丼、箸などを持ってきた鈴蘭が座ってようやく準備が終わる。
鈴蘭が丼に炊いた白米を丼によそっている間に、一朗太も空の皿に料理をトングで入れていく。
「はい、あんた」
「おう」
鈴蘭から山盛りの白米の丼を受けとる一朗太。
次に、これも山盛りに盛られた白米の皿が鵺の前に置かれる。
それからも、大きいお椀に注がれた具だくさんの味噌汁や先ほど一朗太が取り分けたおかずの皿が鵺の前に置かれていく。
「では、手を合わせてください」
鈴蘭の声に一朗太と鈴蘭の二人がピンッと背筋を伸ばして手を合わせる。
「おまえさんは姿勢を良くすれば良い」
一朗太が鵺に語り掛ける。
しかし、鵺は言われる前にキレイなお座りをしていた。
それを見て、一朗太と鈴蘭は微笑む。
「召し上がれ」
鈴蘭の声を聞くや否や、一朗太が猛烈に飯を掻き込む。
一瞬その様に目を奪われた鵺に鈴蘭が、「あんたも食べな」と言われ、ハッとなった鵺も負けじとがっつく。
「あんたも気持ちの良い食べっぷりするね。
おかわりもあるから、遠慮したら承知しないからね」
満面の笑顔で鈴蘭が言う。
何度目かのおかわりの末、飯櫃が空になる。
「もうなくなったか……」
「大丈夫さ。
こんなこともあろうと、もう一度炊いてるのさ。
……そろそろ炊ける頃かね」
「むっ、ワシが行ってくる。
おまえは食べとけ」
一朗太はそう言うと、空いた飯櫃を持って台所に向かう。
「あんたもウチの人とおんなじで、白飯の方をいっぱい食べるんだね。
ここの白米が特別うまいからね。
……鈴木次郎様のご加護かねぇ?」
白飯などめったに口に出来ない戦国時代を生き抜いて来た夫婦には、毎日たらふく食べられるここの生活は幸せを感じるには十分過ぎるほどだった。
「待たせたな」
飯櫃を抱えて戻ってきた一朗太が座ると、鈴蘭と鵺の分を先に白飯をよそう。
自分の分も盛ると、再び勢い良く掻き込む。
二度目の飯櫃が空になる頃には、夜になっていた。
「おまえさんは今日は泊まっていけ。
寝床はとりあえず、このコタツで良いか?」
「グルル」
一朗太が鵺に話し掛け、鵺がそれに答える。
「このコタツは魔道具ちゅうてな、この目盛りで温度を調節出来るようになっとる。
出来るか?」
鵺は説明をじっと聞いた後、尻尾を使って目盛りを操作する。
「ほう、器用なもんだ。
だが、一晩中付けっぱなしはいかん。
火傷するでな」
「グル」
夫婦揃って後片付けをして、再び居間に戻って来ると、水の入った深皿をコタツに置く。
「厠を案内する。ついてこい」
一朗太は鵺を伴い、トイレの場所と使い方を説明する。
「これには後鬼様の術が掛かっており、術の原理がワシらではさっぱりわからん。
奥には手を出すなよ。わからんもんは怖いからな。
便利なことは便利なんだがなぁ」
次郎が不思議術と呼ぶそれは、鬼でも理解出来ないようだ。
「ワシらはもう寝るでな。
おやすみ」
一朗太は鵺を一撫でし、寝室に向かう。
鵺も居間に戻り、コタツのスイッチを切ってから中に潜り込む。
二人のぬくもりが残っており、鵺には十分温かく感じられた。
一つ大きなあくびをすると、そのまま目を閉じる。
間も無く眠った鵺の寝顔は、心持ち幸せそうだった。
それから鬼夫婦と鵺の奇妙な取り合わせの生活は続いた。
ある日、三人で狩りに出かけることになった。
隠形鬼は一度任務が始まると過酷な長期間になるため、代わりに休日も長くとれる。
かといって、休日をのんべんだらりと過ごしてしまい過ぎると、身体も感覚も鈍ってしまう。
一朗太と鈴蘭はそれがイヤで、休日に二人揃って狩りに出かけることが多いのだ。
「ワシらはこれから狩りに行くが、おまえさんも行くか?」
鵺はピンッと背筋を伸ばしてお座りをしている。
「ミャオ」
最近、鵺は二人に対してだけ、可愛らしく鳴くようになってきた。
「そうか。一緒に行こうか」
「あたしはそろそろトリ肉が食べたいな」
「そうだな。トリ鍋を食いたいな」
すでに二人は弓矢を装備している。
「少し多めに狩ろう。コイツの分もある」
三人で東門をくぐって森に入る。
湖の魚目当ての鳥を射止める為だ。
「あんた」
しばらく歩いた後、鈴蘭が獲物を見つけたようだ。
木の枝に丸々と肥えた魔鳥が三羽止まっていた。
一朗太と鈴蘭が揃って弓で狙う。
声を出さないにも関わらず、二人は同時に矢を放つ。
見事二羽に矢が刺さり、地上に落ちてくる。
「まず二羽」
言いながら獲物を拾い上げるべく、木の根元に足を向けるが、そこには魔鳥を咥えた鵺が待っていた。
「鈴蘭、気づいたか?」
「いや、あたしにもわからなかったよ。
ぬぅちゃんが動いたのも、魔鳥を仕留めたのも」
地面には二人が射止めた魔鳥が二羽、矢が刺さったままで転がっていた。
すると、鵺が三羽目を仕留めたことになる。
「ぬぅ、おまえさんは優秀な狩人なんだな」
鵺は二人に撫でられ、嬉しそうだ。
その後も狩りは続けられ、合計六羽の魔鳥を狩ることが出来た。
そしてその時、事件は起きた。
地響きと共に重い足音が聞こえてくる。
「猪か? 重そうな響きだ」
何かが縄張りを横切ったのか、怒り狂った魔猪が暴走していた。
「あんた、北東からでっかい猪がこっちに向かってくるよ。
なんかえらい怒ってるみたい」
木の上に登って様子を確認した鈴蘭が警告する。
一朗太もその場で飛び上がって、北東を見やる。
「むぅ。ちとでかいな。
あの大きさと勢いでは、一当たりくらいでは止まらんな」
一度着地して再度飛び上がる。
「ああ、野犬の群れが襲ったのか。
己の力量を見誤り、返り討ちに遭っていると」
ふと隣を見ると、鵺も同じようにジャンプしていた。
一朗太と鵺が同時に着地すると、鵺は一朗太の顔を見つめてくる。
「ミャウ!」
鵺は一声鳴くと、北東へ駆け出す。
「ぬぅ、待て!」
一朗太が声を掛けた時には、鵺の姿が段々とおぼろげになり、視界に捉えているはずなのに、その姿が見えなくなっていった。
「あいつ、隠形術を使うのか」
「あんた、追いかけるよ!」
鈴蘭に促され、一朗太も駆け出す。
一方、鵺はすでに獲物を捉えていた。
前に野犬が三匹、後ろに魔猪。
鵺は、野犬とすれ違いざまに、その首を見えない刃で跳ね、魔猪を待つ。
魔猪の方も、自分の前に立ち塞がる者は全てはね飛ばす勢いで突っ込んで行く。
もう少しで激突するはずだったところで、ガクンと魔猪のスピードが遅くなる。
ついには、魔猪が顔を地面にめり込ませて、勢いが無くなってしまった。
鵺の下にたどり着く頃には、魔猪の顔半分が土の中に埋もれていた。
そこへ、鵺が可愛らしくネコパンチを魔猪の頭に繰り出すと、魔猪の頭がさらに土中に沈む。
鵺が叩けば叩くほど、魔猪は地面にめり込んでいく。
すでに身体前半分が土中にある。
「ぬぅ。おまえさん、重さを支配しているのか?」
一朗太は、鵺が野犬の首を跳ねる様から視界に捉えており、魔猪に起こった現象を見て判断していた。
「そんなことより、先にとどめを刺すよ」
鈴蘭が素早く魔猪の隣に立って、剣をかざす。
「心の臓はこの辺りか」
勢い良く剣を突き刺す鈴蘭。
しばらく経って、魔猪の鼓動が聞こえなくなってから、ゆっくりと剣を引き抜く。
「ぬぅ。
おまえが強いのはわかった。
だが、独りで突っ走るな。
事前に相談しろ。
手振り身振り鳴き声、何でも良い。
ちゃんと伝えろ。
ワシらは家族だぞ!」
珍しく一朗太が怒っていた。
鵺も一朗太の言っていることがわかるらしく、段々と頭が下がってくる。
「ぬぅちゃんも反省してるんだろ?
ちゃんと謝んな」
鈴蘭も一朗太の隣に立つ。
「ミャオウ……ミャウ」
「よしっ、ごめんなさいしたね」
「ぬぅ。
おまえさんも強いがワシらも強いぞ。
家族なら連携せんとな」
「ミャウ!」
「しかし、この猪はでかいなぁ。
鳥鍋から猪鍋に変更か」
「何人前あると思ってんだい。
いくらあたし達でも食べきれるもんかい。
さばくだけでも日が暮れちまうよ」
「そうか、解体が厄介だなぁ。
いや、これだけでかいと運ぶのも苦労するなぁ」
そこへ鵺が前足でタシタシと一朗太の足を叩く。
「ミャオウ」
「ん? ぬぅ、どうした?」
鵺が再び魔猪の頭をネコパンチで叩く。
すると、魔猪の頭が土中から出てくるばかりか、全身が浮き上がってくる。
「猪が浮いてるよ!」
「これは見事な術だな」
「ミャミャウ」
「なるほど。おまえさんが浮かせて、ワシが引っ張れば良いという寸法か!?」
「これも家族の連携だね!」
鈴蘭が笑ってそう言うと、つられて一朗太も笑う。
鵺も笑っているようだ。
こうして三人が大物を仕留めて帰ってくると、街はちょっとした騒ぎとなった。
解体が厄介とみた鈴蘭の提案で解体所に持っていき、肉は一部を後日受け取る手はずになった。
最後まで「……猪鍋」と呟いていた一朗太が鈴蘭に頭を叩かれ、「あたしは今日はトリ肉が食べたいと言ったでしょ!」ととどめを刺され、口をつぐむ一朗太だった。
後日、一朗太が次郎に、隠形鬼チームに新人の編入を頼むことになる。
一朗太と鈴蘭の家族となった鵺ぬぅ。
ぬぅは今とっても幸せ。
今後のこの家族の活躍に、乞うご期待♪




