第79話 オムライスを作ろう
今回はグルメ回。
と言っても、普通のオムライス。
こういうお話を書くのは好きです。
当たり前のことを当たり前に書いていく。
執筆者のオアシスです。
僕の加護付与事件?から、数日休みを取れ、との鬼子母神からのご命令を拝聴し、一切の業務から解放された。
……落ち着かない。
元来の貧乏性だから、何かやってないと気が済まない。
「よし、オムライスを作ろう!」
執務室のイスから立ち上がり、ウルトラマンの変身ポーズを決める。
「お、おむ……ライスですか?」
お茶を淹れてくれているリントが唖然とした表情で聞いてくる。
「うむ。それはお子様にも愛される偉大な料理なのだよ」
変身ポーズを解き、リントを見つめ返す。
「リント君、ついてきたまえ」
そう言うと、扉へ向かう。
「は、はい。ただいま」
リントが先回りして扉を開けてくれる。
優秀な執事っぷりだ。
二人で厨房へ向かう。
まずは食材の確認だ。
玉子よーし。ご飯よーし。
塩、胡椒もOK。トマトケチャップもある。
あとは、具材を見てみる。
冷蔵庫でトリ肉発見。確保する。
「あら、次郎様。
キッチンに御用ですか?」
ミレイユが厨房に入ってきた。
「うん。オムライスを作ろうと思ってね」
「おむ……?
面白そうですから、お手伝いしてもよろしいですか?」
ミレイユは切り替えが早い。
苦しゅうない。我に続け。
次は野菜の確認だ。
野菜は野菜専門の冷蔵庫に保管してある。
ドワーフが魔石を使った冷蔵庫を三種開発してくれたのだ。
一つは冷凍庫。
一つは普通の冷蔵庫。
最後の一つは野菜専門冷蔵庫だ。
いずれも湿度管理はできていないが、冷凍庫や普通の冷蔵庫には湿度管理は期待していない。
でも、野菜専門冷蔵庫はそうはいかない。
ドワーフ達がもっとも苦労したのが、ここ。
野菜は呼吸するので、果物等と仕切りを設けなくてはならないし、適度な湿度もなくてはならない。
かといって、過剰に湿度が高いとカビてしまう。
そこで素人なりに一つ提案してみた。
魔石で水滴を作れないか、と。
冷蔵庫はそのまま放っておくと庫内が乾燥する。
なので、微細な管理は除外して、適度な水分が庫内に存在すれば良いのでは?
これがなかなか良かった。
本当はAIみたいなのが始終管理してくれるのが理想なんだけど、そこまでは期待せずに、今ある技術でなんとかしたかった。
それでも、ここからもドワーフ達の苦戦があったのは僕は知っている。
担当者の目が血走っていたもの。
職人管理の椿も同情してたくらい。
野菜や果物にとっての最適な湿度の模索が始まったからだ。
アヤメに言って、カモミール主体の薬草茶を届けさせた。
鎮静効果出ると良いと祈りながら。
そんなこんなで野菜専門冷蔵庫は完成したんだ。
余談が長引いてしまった。
野菜の確認に戻る。
玉ねぎ確保。以上。
今日は基本のオムライスをやるから以上。
あ、バター忘れてた。
慌てて冷蔵庫から取り出す。
ついでに牛乳も。
ミレイユも食べるよね?
ミレイユにトリ肉と玉ねぎをみじん切りにしてもらい、その間に僕が玉子と牛乳をボールに入れる。塩胡椒少々。
リント、君にはシェイク役をしてもらおう。
ほら、シェイク♪シェイク♪
白身の部分も均等になるようにね。
裏技としてここにマヨネーズを入れる方法もあるけど、今日はしない。
王道を目指す。
ここで身体強化で22歳の姿にチェンジ。
フライパンに火を着け、ほんの少し多めのバターを溶かし、表面を覆うようにフライパンを回す。
そこに刻んでもらった玉ねぎを投入。
玉ねぎが透き通って来たら、トリ肉も入れる。
トリ肉が炒まった段階でご飯を投入する。
一度フライパンを煽って、矢継ぎ早に塩胡椒。
ヘラも使って、具材と塩胡椒がまんべんなくご飯に馴染むようにフライパンを煽る。
それからケチャップをゴバッと入れる。
ちょっと多いかな?と思えるくらいがちょうど良いのだ。
それからはスピード勝負。
ケチャップがご飯一粒一粒に行き渡ったかな、というタイミングで火を消して大きめのボールに移す。
これで前準備完了。
三人で各々コンロに立つ。
新しいフライパンも用意した。
「ボ、ボクもやるんですか?」
イエス、マイリント。
「ここからがこの料理の一番大事なところ。
僕が手本になるから、同じ要領でやってね」
フライパンにバターを投入して火を着ける。
バターに馴染んだところで、お玉で溶き卵を流し入れる。
このお玉一杯が玉子二個分でちょうど良い。
ジュワッと玉子が焼ける良い音が響く。
フライパンの中央は火の通りが早いので、そこを菜箸で混ぜながら一面に玉子を行き渡らせる。
玉子がフライパンと接する部分が焼きかたまった状態で、表面は半熟。
そこに片側だけチキンライスを投入する。
「人にも依るけど、チキンライスは少なめくらいにした方がうまく巻けると思うよ」
そう、僕は昔からある王道の巻くオムライスが作りたいんだ。
フライパンの取っ手をトントンする。
リズムに乗って玉子が回っていく。
この場合、チキンライスが回っていくと表現するのかな?
「まあ、鮮やかな手つきですね」
ミレイユが褒めてくれる。
調子に乗っちゃうぞ。
キレイに半回転すれば完成だ。
素早く皿に盛る。
最後にケチャップを好みの量で、真ん中に垂らせば、オムライスの完成だ。
二人が実行して行く様を見てみる。
ミレイユがなかなか調子良くトントンしている。
さすが主婦だな。
一方、我らがリントは、
「うまく巻けません」
目をウルウルさせてこちらを見てくる。
「菜箸でフライパンをトントンする方法もあるよ」
菜箸持って、リントのフライパンをトントンする。
するとその衝撃に沿って玉子が回っていく。
あまりやり過ぎるとフライパンの表面を傷つけかねないので、適度で抑えなければいけないが。
「あ、少し巻け始めました」
リントは面白そうに自分の菜箸でトントンしていく。
「ジロー様。最後までうまく巻けません」
今度はミレイユからの救援要請だ。
見るとほとんど出来てるが、あと少しの玉子が繋がらないって状態。
「ああ、そこまで出来てれば十分」
ヘラと手で形を整え、ミレイユからフライパンをもらって、お皿にくるっと半回転させて盛る。
「ほら、キレイに出来てるでしょ?」
(ジロー様をウチに連れ帰りたいわ。ミーシャも喜ぶでしょうね)
「あ、ミーシャちゃんの分も作っちゃおうか」
「助かります。
あの娘、お昼はここでご飯食べる習慣だから」
先に悪戦苦闘しているリントの補助をしてから、ミーシャちゃんの分を作る。
最後のケチャップをハートマークのおまけつきで。
ちょうど出来上がったタイミングでミーシャちゃんも来たので、みんなでオムライスを持って客室へ移動する。
「今日は食堂に行かないの?」
「うん。落ち着いて食べたいからね」
「ミーシャね、ジロー様と一緒ならどこでもいいよ」
なんて素直で良い子なんでしょう。
全員席について、手を合わせる。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
みんなも、もう日本式が板について来たね。
さて、久しぶりのオムライスだ。
スプーンを玉子に突き立てると、ぷっつりとした感覚から、中のチキンライスにするするとスプーンが滑り込む。
スプーンを持ち上げて、しばし眺める。
良い感じだ。
そして、それを口に放り込む。
うむ。うまい。
玉ねぎの甘さとケチャップの酸味がバランス良く調和してくれている。
更にトリ肉の旨味も相まって満足感がある。
玉子のまろやかさがケチャップの酸味を柔らかく包んで、ご飯の存在感を押し上げる。
そう。これはご飯を美味しく食べる料理なのだよ。そこは譲れない。
パクパク食べて行くと、もう半分に達していた。
いけないいけない。我を忘れすぎだ。
一口水を含み、付け合わせの野菜サラダで落ち着きを取り戻させる。
周りを見渡すと、皆一心不乱にオムライスを食べている。
初めて食べるから仕方ないね。
そんなことを続けてしまうと、気づくとオムライスが無くなってて、残ったサラダを見つめて、なぜかつまらない後悔に苛まれる。
おや? ミーシャちゃんだけは、バランス良くオムライスとサラダを交互に食べているようだ。
「ミーシャちゃんは野菜サラダも食べて、偉いね」
「ミーシャね、このあいだのカレーライスと同じ失敗はしないの。
普通に食べちゃうとあっという間に無くなってて悲しくなるの」
ミーシャちゃんが一番冷静な件について……なんも言えねえ。
「ウチのお野菜はおいしいよねー」
「ねー」
他の二人もハッとしたようで、一呼吸おいて水を飲んだようだ。
ミーシャちゃんを崇めたまえ。
「うまく巻けなかったのに、美味しいです」
野菜サラダを食べて落ち着いた様子のリントが発言する。
「食材の種類は多くないし、単純な味付けのはずなのに、とても美味しいですよ、コレ。
何かコツがあるのかしら?」
ミレイユが興味津々で聞いてくる。
「コツと言うほどのこともないけど、火を通し過ぎないことかな?
ほら、料理下手って言われる人ほど火に掛ける時間が長いじゃない。
玉子もチキンライスも一通り火が通ったら、すぐにフライパンを火から遠ざけないとね」
ミーシャちゃんがじっとミレイユを見つめてる。
「ミ、ミーシャ、なに?」
「お母さんがたまに失敗する時ってそれかなぁ?
あ、でもね、いつもは美味しいんだよ。
お母さんの作ってくれる料理、好きなんだ」
おうふっ……それこそ、なんも言えねえ。
「ほ、本当にごくごくたまになんですよ。
……本当に」
「ミーシャちゃん、失敗ってしちゃいけないものじゃないんだよ。
失敗すればするほど、成功に近づくもんなんだ」
「大人でも、そうなの?」
「そこは大人も子供も一緒だよ。
僕もいっぱい失敗してきたよ。
このオムライスだって、最初の頃は玉子が真っ黒になっちゃって……苦い味がしてね。我慢して食べたもんさ」
ケラケラ笑うミーシャちゃん。
とっても良い子に育っているね。
思ったことはすぐに口にしちゃうけど、母親のフォローはしっかり忘れない。
ミレイユの教育の賜物だね。
楽しく会話しながらも、みんなでオムライスはしっかり食べきる。
懐かしの味は、大変おいしかった。
ごちそうさまでした。
オムライス巻くのちょっと難しいですよね。
厨房で覚えたコツを自宅の家庭でやってみると、その違いに軽く驚かされます。
菜箸トントン技を家のフライパンでやり続けると、フッ素コーティングが剥がれちゃいますので、ほどほどに。
また、厨房で千切り等が巧く出来た、と思って家でやっても全然ダメ。
厨房だと、出刃包丁など大きい包丁を使うので、包丁の重みで切り刻めるのですが、一般家庭用の包丁は軽すぎて切りにくいんですよね。
次話から新章に突入します。
お楽しみに。




