第55話 コボルト戦 前編
ついにコボルト戦が開戦。
大樹の西の森に潜むコボルト達とどう戦うのか。
お楽しみください。
その日の侵攻は、極めて静かに始まった。
夜間の偵察から帰ってきた天狗が、日中の偵察と交代していく。
いつもの風景だ。
その日、中の交代要員に烏天狗が入っているなど、見分けがつくとは思えない。
大樹の森の拠点では、コボルトの潜んでいるであろう西側ではなく、反対の東門のみ僅かに開けられ、いくつもの班分けされた遊撃部隊が森の中へと消えていく。
また、水路の西側の水中に、普段の倍ほどの河童達が潜んでいることも、飛び込んで捜索でもしない限り、分かりはしない。
そして、その中に弁天がいることも普段と違うのだが、わかるはずもない。
『主様、遊撃部隊全て配置に着きました』
「始めろ」
普段と違い、厳しい表情のまま、命令を下す。
最初に狼煙を上げたのは、森の最北西部の班だった。
火の代わりに、コボルトの血飛沫が狼煙代わりであったが。
ーーーここからマフティ(土魔術師)の視点ですーーー
俺達に一番槍の命が下った。
名誉なことだ。
今回の作戦で俺が班長に任命された。
警察では上司であるマーリンを従えている。
班員は俺とマーリンを含め、7名で構成されている。
陸軍の通常の班構成らしい。よく知らないが。
マサヨシ将軍が言うのだから、そうなのだろう。
また、鬼のイチロウタとスズランも班員だ。
この二人は夫婦であり、この緊急事態を見抜き、すでに敵を血祭りにあげている猛者だ。大変頼りになる。
マーリンだけでなく、すでに戦果を挙げた鬼の二人を構成員とする班だ。
それだけ重要な場所を任されたんだ。
失敗は出来ない。
(みんな、攻撃命令が発令された。
俺達が一番槍だ。
コボルトを殲滅せよ!)
足下の土に魔法で振動を伝え、班員に伝達する。
目の前に感知したコボルトは四匹。
全て皆殺しだ。
最初に仕掛けたのは、イチロウタだ。
剛剣を何も無い空間に縦にまっすぐ振るう。
前屈みになったイチロウタの背を足場にスズランが駆け上がっていき、そのまま前方に飛び込む。
何も無かったはずの空間にはコボルトがおり、イチロウタの剛剣を両の手甲で受け止めきれず、両腕がひしゃげていた。
そう認識したはずだったが、次の瞬間には首無しになっていた。
スズランが首を刈っていたのだ。
少し背筋がゾッとした。
電光石火の早業を連携でこなすとは。
ユーリンも飛び込んで行った。
こちらも負けてはいられない。
コボルトとおぼしき場所に真下から石礫を連続で巻き上げる。
三ヶ所同時に。
「ギャン!」
悲鳴をあげたコボルトの姿がはっきり認識出来た。
残りの三匹だ。
その一匹にマーリンの蹴りが突き刺さる。
まともにアレを喰らったなら、もう動けまい。
一匹は、獣人達三人で取り囲んでいる。
熊獣人がコボルトの腕を掴み、下方向へ引き込む。
コボルトの顔面が地面に激突する。
その頭を球蹴りのように蹴り上げる狼獣人。
虎獣人が背中から剣を突き立てた。
あれは終了だな。
もう一匹は、イチロウタとスズランの二人が仕留め終わっていた。
そのコボルトの左腕と左足、そして首も無かった。
「コイツ、どうする?」
マーリンが蹴りを入れたコボルトを引きずってきて、前に転がす。
「こうする」
土中からの土槍で突き刺す。即死だ。
「今の俺達は警察じゃない。
事情聴取も必要ない」
「さんせ~い」
「よしっ、次に行くぞ」
コボルトの死体をそのままに、さらに南下する。
ーーーここからハヤテの視点ですーーー
ここは西の森の最北東部。
大樹の森の拠点の目と鼻の先だ。
俺の班は、ここから南下するだけで良く、途中で河童に会ったら、一緒に西へ向かえ、とのことだ。
戦時モードのジロー様の命令は逆らっちゃいけねえ。
本能でわかる。アレは気楽に接しちゃいけねえもんだ。ただ従うのみ。
ただ、同じ班に愛しの嫁を入れやがったことには文句を言いてえ。
この戦が終わってから訴えよう。
いや、橋姫に良いところを見せるチャンスじゃないか?
やっぱ、あとで感謝を伝えよう。
「旦那様、四匹おりまする」
橋姫が感知したらしい。
「橋姫、何か目印を付けられるか?」
「やって見せましょう」
そう言った橋姫は、短く何か呪文のようなものを呟きながら、両手を色々な形で合わせてはその形をくるくると変えていく。
確か、印とか言うやつだ。
「はっ!」
最後に烈迫の気合いを込めた。
その声がまた可愛い。
っと、いけねえ。つい、橋姫の方ばかり見ちまう。
前方を見つめると、四つの影が浮き上がり、コボルトの輪郭に光り出した。
「よしっ、全員殺せ!」
言いながら、最初に飛び込む。
通常サイズの剣を突き刺しながら。
いつもの背丈近くある大剣は、森の中じゃ不利だから、背中に張り付けたままだ。
それでも背後の盾代わりになる。
正面の敵とつばぜり合いをしてる隙に、頭上を飛び越えた一匹がすれ違い様に俺の背中を叩く。
ほらな。カァンと響く音がするだけでなんともない。
「貴様っ、旦那様になんてことを!」
背後で橋姫が怒ってるようだ。
なんともないぜ。気にするなよ、ハニー。
直後にゴリッバリッグシャッと音が響くが、そちらを見ていられない。
俺の前には、まだ三匹いる。
左から来るコボルトの爪をしゃがんで躱し、そのまま右へ転がる。
目の前にコボルトの足が見えた。
剣を軽く振る。
浅いが傷を付けた。コイツは後ろの仲間に任せる。
考える間も無く、俺は上に跳ねていた。
何故かはわからん。
時々、身体が勝手に動くんだ。
下を見ると、二匹のコボルトが左右から爪を振るってた。
一瞬で状況が把握出来たので、身体の落下ついでに右側のコボルトの後ろ首辺りを剣で突き刺した。
少し背骨に当たったが、コボルトの胸から剣先が突き出ていた。
そのコボルトを踏みつけながら、剣を抜く。
もう一匹が横薙ぎに爪を振るってきたのを剣で迎え撃つ。
キンッと甲高い音が鳴るが、膂力ではこちらの方が上だったので、そのまま一回転してもう一度切る。
コボルトは両の手甲で防ごうとしたが、手甲ごとその両腕を切断出来た。
さすが、ドアンの爺さんだぜ。
固くしなやかで切れ味も抜群の剣だ。
今度は心臓目掛けて突き刺す。
手応えあり。
だが、心臓を突かれたはずなのに、喉に噛みついてきやがった。
牙が届く前に、コボルトの上顎と下顎を掴む者がいた。
「我が旦那様に接吻をしようなど、不届き者め!」
橋姫だった。
接吻?あれはコボルトのキスなのか?
橋姫は、そのまま上下に引き裂いた。
コボルトは断末魔をあげる暇もなく、崩れ落ちる。
「旦那様、ご無事でしょうか」
「おう、橋姫もケガないか?」
「ええ、旦那様のおかげで、ケガ一つございません」
「後ろに渡したコボルトは?」
「旦那様が傷を負わせた子犬でございますね。
それなら、私も一撫でした後、お仲間がいたぶっておいででした」
後ろからコボルトの断末魔が聞こえた。
仲間が倒したようだ。
橋姫を連れ添い、仲間を確認しに行く。
「皆、無事か?」
全員が頷く。
負傷者はいない様子にホッとする。
「それにしても、橋姫は強いな。助かった。
それに戦い方もキレイだ。
当然、本人もだ」
「まあ、旦那様ったら」
橋姫が撓垂れかかる。
本当に良い嫁をもらった。
「このまま南下するぞ」
次のコボルトを探すぞ。
余談
ハヤテ班の班員。
(ハヤテの嫁を見たか)
(見た見た。というより見せつけられた。
両腕だけ巨大化して、コボルトをあっちゅう間に磨り潰したぞ)
(私は最初の魔法に惹かれました。
コボルトが浮き上がったやつ。
あれは見たことありませんし、どの系統にも見当たらないです。
秘術ですよ、きっと)
(俺は最後の下顎を引きちぎったのがすげえと思う。
下手な金属を引き裂くコボルトの上顎と下顎を牙ごと掴んで、なんともないんだぜ。
どんな皮膚してんだよ)
(班長が傷つけたコボルトをわざと僕たちに流したのを、さらに一撃加えてましたよね?
アレを「撫でた」と言ってましたが、撫でるだけで、頭蓋骨が陥没するもんなんですか?
いや、おかげで退治するのが楽でしたけど)
(坊や。あれが良い嫁の条件だ。
良く覚えておけ)
橋姫は、恐れ戦かれること無く、班員にはウケが良かったようだ。
橋姫も大妖の端くれです。
鬼女の能力を遺憾なく発揮します。
橋姫は嫉妬に激しく狂い、鬼女に転生した過去を持っていますので、ハヤテが絡むと、シリアスな戦闘シーンでもお茶目なところが出てしまいます。
ハヤテは橋姫の全てを受け入れて、夫婦仲も円満。
こういう二人も良いな、と思っています。




