第5話 アヤメ
連続投稿です。
舞台は自然豊かなところですね。
自分は山と海に囲まれた半島育ちなので、そういった自然が多いところが好きなんです。
走ってます。
ただただ走りまくってます。
今回の調査は、日のあるうちに拠点に戻る予定。
それでも距離を稼ごうということで走ることに相成りました。
この身体能力のすごいこと。
もう1時間以上ノンストップで走り続けているのに息切れしない。
転生前の身体能力のピークは22歳だったけど、それ以上どころか、倍のスピードは出てる気がする。
100m10秒台の倍以上のスピードでマラソンできるって、異常な5歳児だわぁ。
前鬼なんかは、襲ってくる野獣も撃退しながら、このスピードで先行しているし。
そうそう、調査は北→東→南→西の順に行うことにした。
だから今は北に向かってる。
ほら、例の「ぐおぉ-」がそっちの方向から聞こえて気になるんだよね。
「あの咆哮って何だろうね」
誰とも無しに話を振ってみる。
「龍の咆哮に近いように思えますが」
先行している前鬼から返事があった。
「あら、龍はもっと甲高く鳴くのではなくて?」
隣に並走している後鬼からも返しが入る。
『ここは異世界。ドラゴンやもしれません』
柔軟な思考のサトちゃんからファンタジーな回答が。
「「ドラゴン?」」
そっか、前鬼と後鬼は知らないか。
「んーと、ドラゴンってのは西洋的な呼び名でね。日本的に言えば「龍」ってより「竜」ってのが近いのかな?」
前鬼がニヤリと「面白そうですな」と宣ってた。
いやいや、出くわしても先制攻撃しないよ?
平和主義で行こう、ね。ラブ&ピースね。
普段は紳士的なのに、戦闘狂が見え隠れする前鬼さん、お茶目なんだから。
3時間ほど走った頃、「一度休憩を入れませんか」の後鬼の進言に即座にイエス。
振り返ると、後鬼の手にはもう水筒が握られてた。
よく冷えたお茶(もう気にしない)をすすりながら、ステータスボードのマップ画面を見ると、拠点から200km近く進んだことになっていた。
「ご主人様。樹上から確認して参りましたが、このまま北上進路方向に山脈が見えました」
スタッと頭上から舞い降りた前鬼によると、昼頃には麓にたどり着くとのこと。
「でもさあ、お昼前の11時には折り返したいんだよね~」
単独で先行調査しましょうか?という前鬼に(まだスピード上げられるの!?)、周辺の植生が少し変わってきたことを指摘し、全員行動を促す。
「貴方は戦いたいだけでしょ」
まったくもう、と後鬼にも窘められてた。
お茶休憩を終え、いざ再出発という時に、それが現れた。
木々の間からのそりと現れたそいつは熊の様相をしていた。
ただし、サイズ感がおかしい。
四つ足状態で前鬼とほぼ変わらない体高。
「ガアアッ」
つっと二足で立ち上がりながら吠えてくる。4メートル近くありそうだ。
「今夜は熊鍋はいかがでしょうか?」
前鬼は至って余裕そうに、振り返ってウィンクまでしてくる。
イケメンの強烈な攻撃!
ヤメテ。アブノーマルな世界に引き込まないで!
「後鬼。レパートリーにある?」
「ございます。が、異世界の熊がハチミツを好むのか存じませんので、熊の手が珍味になり得るかは解りかねます」
『ほぼ生態も似かよってるものと推察されます』
みんなで晩ごはん談義。
『ただし、その能力は差異があるようです』
熊が前鬼に向かって左腕を振るう。
右腕で受け止めた前鬼はびくともしないが、直後に暴風が吹き荒れる。
「ほう、風術を使うか」
そう言った前鬼は、一歩前に詰め、残った右腕を振るおうとしていた熊の喉を掴んだかと思った瞬間、頭ごと引きちぎってた。
オー、スプラッター!
その方が血抜きしやすいとか、後で聞いた。
そのまま血抜きに時間を要すため、再度の休憩となった。
「それにしても、この熊は我らとは違う術法で風術を使ったように思えます」と後鬼。
「しかりしかり。腕力は見た目どおりの力量でしたが、術の発動原理が異なるようでした。」とは前鬼。
前鬼や後鬼は、だいたいが丹田を基に気力を練り上げ、各種の術を発動するとのこと。
しかして熊は全身から何らかの力が沸き上がって左腕に移行、そして発動という順だったという。
「魔力、なのかなぁ?」
『この異世界での正式な名称は解りませんが、その呼称で問題無いかと』
魔法を使う動物、魔物。
探索も気を引き締めないと。
血の臭いに引き寄せられた野獣達も戦闘訓練がてら自分が相手をした。
肉弾戦だったので、師匠は前鬼。
不思議術=気術は後鬼の方が得意なようで、追々教えてくれるらしい。
前鬼はバトルジャンキーらしからぬ、論理的で非常にわかりやすい師匠だった。
前世ではボクシングを中心とした格闘技をしてたので、蹴りがヘタクソなのが露呈してしまった。
もう最後の5頭の狼の時は、全て蹴りで始末するように言い渡されたくらい。
師匠、初日から厳しいです。
あ、突きは褒められたよ。まあまあって。
……それ、褒め言葉だよね、きっと。
ああ、それと、魔熊の心臓辺りからキレイな石が出てきた。
心臓にできる胆石?
てな訳もなく、半透明な宝石な感じ。
いわゆる魔石ってやつかな?
ステータスボードのインベントリに収容してみると、きちんと魔石と分類された。
野犬や狼には無かったから、魔物からのみ入手出来るようだ。
何かの役に立つことがあるかもしれない。とっとこう。
あ、また感覚的に訴える感じがした。何かが沸き上がる感じというか、押し上げてくるような。
召還出来そうな気がする。
「たぶん、召還出来ると思う」
前鬼と後鬼の息を飲む音がした気がした。
『今度はどのようなモノを召還されますか?』
「特にこれといったイメージは無いけど、偵察や調査が得意そうな感じでいけたらいいなって」
『では、為されませ』
「うん。召還!」
手のひらを合わせ、召還を意識する。
やはり唐突に現れる。
それはとてもキレイな黒猫だった。
大きな大きな黒猫。人並みと言えるサイズ。
黒い毛は少し青み掛かっており、神秘的な色合いだ。
その黒猫は興味深げに目を大きく開き、二本の尻尾をピンっと上げた。
尻尾の先だけがゆらゆらと揺れる様が可愛い。
「お初目にかかります。菖蒲と申します」
ニャアと一声鳴いた後、挨拶してくる。
猫って伏せが出きるんだ。
「僕は鈴木次郎。よろしくね」
「次郎様。可愛がってくださいませ」
アヤメを撫でながら、こちらも挨拶を返す。
のどをゴロゴロ鳴らして、気持ち良さそうに目を細めている。
「今、周辺調査中なんだ。北へ移動しながら探索出来る?」
「お任せくださいにゃ」
にゃって言った! にゃって!
アヤメ、前鬼、僕、後鬼の順に走る。
時折襲いかかって来る野獣を排除するのに、前鬼が先頭に入れ替わる。
途中、アヤメが薬草の類いを見つけてくれては採取を繰り返す。
探索能力高いね。感心感心。
もう少しで麓に到着というところで、ステータスボードのお知らせ機能が頭の中に鳴り響く。
午前11時になった。
「時間だ」
言いながら足を止める。
「無理せずに、今日はここまでにしよう」
みんなに呼び掛ける。
「では、お弁当にいたしましょう」
言うが早いか、後鬼の乱舞が始まった。
テーブル&イスセットまで用意され、おにぎりがデデンッとおいでになりました。
いいよね、おにぎり。
世間一般ではツナマヨが人気No.1らしいが、自分的にはシャケが好き。
歳を取るとだんだん昆布やひじき混ぜごはんのおにぎりも良くなって来たりする。
すると、アヤメがヒト型に変化した。
変化って目の当たりにすると、境い目がわからなくて不思議。
マンガやアニメでは、こうっモヤモヤっと変化していくけど、実際は瞬間的にいつの間にか変わってる。
脳の認識が追い付かなくて軽く混乱するけど、慣れるしかないね。
で、そのアヤメの変化。
どう見ても15、16歳の可愛らしい少女姿。
ああ、逸話に出てくる化け猫も、時代背景を鑑みるとそれくらいで成人年齢だから、おかしくはないのか。
そしてなぜかアヤメの膝の上に乗せられてテーブルについていた。
いつの間に?
「お気になさらずに。シャケがおいしいにゃ」
にゃんにゃんと美味しそうにおにぎりを頬張るアヤメ。
ま、いっか。気にしないでおこう。
「昼食後は拠点に戻るということでよろしいでしょうか」
後鬼が熱いお茶をも差し出しながら、問うてくる。
熱いお茶をふぅふぅと冷ましてるアヤメを横目で見ながら、
「あまり焦らずのんびり行こうよ。
いずれは北山も本格調査するだろうけど、まずは周辺探索をしっかりとね」
「北山の調査のご用命は私に」
たくあんをポリポリしていた前鬼がそれを飲み込んでから発言する。
「まだまだ先の話だよ」
「それでもです。
先ほどの召還の儀を初めて拝見し感銘致しましたが、妖がまだまだ増えそうに思えます。
撰に洩れるやもと危惧致しました」
あなたはまたそんなことを、と呟く後鬼に苦笑しながら、
「わかった、わかった。
その時は前鬼を隊長にするから」
後鬼のおにぎりも堪能した一同は拠点へと足を向ける。
余談
「あんな術式見たこともないぞ」
「ええ。式神喚び込みとは何ら共通点が無いのよね」
「実は、私も式神の一種として喚び出されたのやもとも思っておったが、どうやら違うようだ」
「式神ならば、あそこまで力が出せないでしょう?」
後鬼は前鬼の魔熊との戦闘を振り返りながら指摘する。
「うむ。十全に発揮出来たな。
……もしや、この身体なら、成長すら出来るのでは?」
前鬼は少し考える仕草の後、
「帰り道の露払い最中に、身体のキレが若干良くなった気がする」
「まあ、それは朗報だこと。
次は私が露払い役を仰せつかりたいわ」
「いや、それは私が……」
「何かおっしゃって?」
「い、いや何も……。
そ、そう、これからも妖が増えるだろうなということを言いたいのだ」
「それはそうでしょうね。
……厄介なモノを喚ばなければ良いのだけれど」
「そういう時のための我らだ」
「そうね。
やはり、明日は露払い役を進言することにしますね」
「え、いや、その……そ、そうか……」
夫がほどよく尻に敷かれるのが夫婦円満の秘訣♪
四人目は猫又の登場。
黒猫大好きです。子供の頃、飼っていました。
とても綺麗で格好よく、妖しくも見えて素敵なメス猫でした。
アヤメはその黒猫がモデルです。