第48話 飛蝗退治
大樹の森を守る為、妖達が奔走します。
飛蝗退治作戦は非常に地味なものだ。
八咫烏が相変異を見つけたのが、大樹の拠点から南500km地点の草原とかなり離れた場所だったが、油断は出来ない。
そこから南は、また違う植生の森が広がっている。
いや、植生が違うのは"こちら側"であって、そちらが普通なのかもね。
500kmくらいなら、群生相が渡ってこれる距離だと思われる。
日本でも北海道が発生源なのに、日本海側に被害をもたらしたというし、異世界のバッタは体長が10倍大きいので、優に有効範囲であろう。
まずは、飛蝗を見つけた近辺を徹底的に洗ってもらう。
アヤメと真神の眷属狼が優秀で本当に助かる。
開始1時間は捜索に苦労していたようだが、最初の卵を見つけた途端、次々発見報告がもたらされて来た。
特に指示を出してもいないのに、最初の卵を下手に潰さず、皆で臭いを覚えてから捜索に入って行った。
賢い!
報告箇所の大半がすでに孵化した幼体だったので、ホントにギリギリだったのかもしれない。
ほとんどが草原の地中から見つかっている。
数は多すぎて、面積から割り出さなきゃいけないが、すでに2,000万匹以上になっている。
退治する際には一気に冷却すると言うので、眷属狼が吠えた箇所を天狗が杭を刺して、目標を明確にしてもらっているが……。
もう目の前の草原が杭だらけで、墓場を連想させる風景と化している。
これは、少し作戦を変更しなきゃならないかもしれないな。
「真神、これじゃきりがない。
生息エリアの最南端、最東端、最北端、最西端に捜索を変更しよう」
「ですな。
これほど広く、また大量とは思いもしませなんだ。
すぐに命令変更します」
真神が遠吠えをすると、眷属狼達が一斉に東西南北に散らばる。
ちょっとカッコ良かった。
「アヤメ!」
アヤメが宙を駆けて来る。
「はいにゃ」
「すまないが、アヤメに生息エリアの最北端を印して欲しい。
大樹に最も近いところだから、慎重に頼む」
「了解にゃ。
天狗を5人連れてくにゃ」
そう言うと、杭を持たせた天狗を5人連れて、北へ向かっていった。
「僕達も北へ行こう」
僕と真神も北へ移動することにした。
そして、意外にも最北端は距離が短かった。
生息エリアが東西に長い長方形に近い形をしていることがわかった。
「よし、生息エリアの限定が出来た。
あとは、殲滅部隊を招集して……」
そこで、大樹の方を振り返ると、空に小さな点々が広がっていた。
「あら~、もう来ちゃったかぁ。
タイミング良いから、いいか」
「ふふん、雪女共が張り切ってるのでしょう。
初めての戦闘系のお役目ですからな」
真神は笑ってるけど、そんなことで張り合わなくても。
普段の仕事の方が重要なんだけどね。
妖だから、仕方ないか。
「次郎様。始まったら、雪ん子を一人貸して欲しいにゃ。
一応、最北端を決めてきたけど、他にもいくつか気になるところがあるのにゃ」
「わかった。
アヤメの判断に任せるよ」
しばらく待っていると、ユキとその眷属達に前鬼や後鬼など、いつもの面々が到着した。
「鈴木次郎様。
遅くなりまして、申し訳ありません。
ユキ及びその眷属、只今到着致しました」
「いや、ちょうど良いタイミングだ。
杭が打ってある範囲がバッタの生息エリアになっている。
全面を冷却して壊滅させて欲しい。
ただ、思ったより広い範囲だから、まずは、上空から確認して来てね。
あと、別に一人眷属を貸して欲しい。」
「新たなお役目が?」
「うん。
限定エリア以外にも、バッタがいそうな箇所が点在してるらしい。
アヤメに付いて、それらを処理して欲しいんだ」
「かしこまりました。
椿。ここにおいでなさい」
すると、ユキの背後から一人の雪娘が現れ、純和風のお辞儀をしてくる。
外見は12~13歳くらいか。
「この娘なら、ご期待に沿いましょう」
「椿、よろしく頼む」
「何なりとお命じください」
この椿もあまり表情を動かさない。
「アヤメ、先に始めて良いから。
あとは頼む」
「はいにゃ。
椿ちゃん、あたしについてきて」
アヤメと椿がさらに北へ向かった。
「鈴木様、二人に天狗をつけようか?」
烏天狗が気を使ったようだ。
「いや、逆に危ないから止めた方が良い。
あの椿って娘、見た目に反して妖力がとてつもなく高い」
そう、最近、妖力が推し測れるようになってきたんだ。
妖力だけじゃなく、ナターシャ達原住民の魔力量まで見えるようになった。
ただ、相手が大妖クラスで、妖力を意図的に隠す能力を持ってるとダメだけど。
前鬼と後鬼からは、「「未熟者!」」と叱られちゃった。厳しい。
上空に眷属達を残し、ユキだけが戻ってきた。
「把握出来ました。
始めて宜しいでしょうか?」
「頼む」
ユキがまた上空に戻ると、それは静かに始まった。
僅かに地面が凍る音が聞こえる。
時折、草原間際の樹木からパシッーンと凍裂の音も聞こえた。
ユキ達は、風雪を伴わず、気温だけを急激に下げたようだ。
200平方kmもの広さを!
大阪市ほどの面積を一気に凍結させたのだ。
(すごいよ……ここまで空気が冷たい)
はるか上空で、点のように見える八咫烏から、思わぬ報告が来た。
(ヤタ、あまり近づいちゃダメだよ。
羽が凍っちゃう)
それから、ものの30分ほどでユキ達が戻ってきた。
「終わりました」
あれだけの能力を発揮した直後だというのに、涼しい顔だ。
「体調は大丈夫?
疲れてない?」
「この程度、何のこともありません。
半分を私が受け持ったので、妹達も大丈夫でしょう」
え? 半分をユキがやったの?
大妖クラスは次元が違う。
「ただいまにゃ」
アヤメと椿も戻ってきた。
「だいたい処置出来たはずにゃ。
椿ちゃんも優秀優秀」
「そうか。アヤメも椿もありがとう」
うん? 椿がお辞儀したまま動かない。
疲れたのかな? まあ、いいや。
よし、帰るか。
今日の夕ごはんは何かなぁ~。
余談
「しかし、少し過剰に冷やしてしまったかもしれませぬ。
せっかくの草原が、枯れ野原となってしまうでしょう」
「ああ、ウチにはそれの専門家いるから、心配いらないよ」
「……専門家?」
後日、緑スライムと共に自ら冷却した跡にきたユキは、内心非常に驚くことになる。
驚愕を口にしなかった自分を褒めてやるユキだった。
余談
「御姉様、御姉様。
あのアヤメお姉さまって何者なんですか?」
「椿、いつもたおやかに振る舞いなさいと言ってるでしょう」
「あう……ごめんなさい。
でも、でも、アヤメお姉さまったら、至近距離でわたくしの全力の冷気を浴びたはずなのに、平気なようでした」
「……私は見ていませんでしたが……そうですか。
さすがは、現人神の側近というところでしょうか」
鈴木次郎の側近達は、自分と同じ大妖と呼ばれる力量を持っていると確信するユキ。
「それはあなただけではなく、私も精進せねばなりませんね」
椿を見つめるユキ。
「それに、大和撫子の心持ちを忘れずに」
「はい」
背筋が伸びる椿だった。
今回の作戦は地味~に進行します。
でも、被害を事前に防ぐって、こういうものがほとんどなんでしょうね。
雪娘の中から、固有名詞を持った女の子が出てきました。
椿ちゃん。この娘も良い性格しています。
今後もちょくちょく出てきます。
お楽しみに。