第44話 弁才天とユキ
個性の強い二人の紹介です。
ーーー弁才天の視点ですーーー
大樹の森の拠点に到着した翌日に、もうお役目が来た。
水路の管理。
水路の欠陥の発見と補修。
氾濫の心配が無いか精査。
これらは、今日一日だけでも出来そう。
だいたい、水路そのものが新しく、土手や底もしっかりしてるから、補修も何もあったもんじゃないわ。
東の湖と西の海の調査も私達のお役目だけど、まだ岸より100m先に行くことは禁止にされた。
そんなに危ないモノでもいるのかしらって聞いたら、いたんですって。
それも大妖クラスが。
しかも、湖と海の両方に。
これは気を引き締めないといけないわね。
水路の現状把握が出来たら、漁をして良いと言われたから、明日から始めるつもりよ。
また、おいおいだけれども、湖と海の両方に水揚げ場を設立するらしいの。
そこの責任者も私なんですって。
もう、現人神は人使いが荒いわ。
そうそう、一つ朗報があるの。
海から来た勘違いをしたサケが水路を遡ってきたのよ。
普通は生まれ故郷の河川を目指すのだけれど、中には勘違いするのがいるのよ。
私達にはありがたいことだけどね。
でも、まだ今年は漁はダメ。
サケは成長に3~5年かかるから、しばらくは保護観察ね。
この水路や湖で生まれたサケが、成長しきって戻ってくるまではね。
河童達も賢いから手を出していない。理解している。
5年後が楽しみね。
ーーーユキの視点ですーーー
現人神に呼ばれ、大樹の屋敷に行くと、執事に執務室まで案内された。
執事が扉をノックする。
「ユキ様がお見えになられました。
入室のご許可を」
入室許可が下りると扉を開け、こちらに「どうぞお入りください」と優雅に一礼する。
この執事、全ての所作が洗練されている。
まだ幼き少年なのに、よほど優秀なのだろう。
後に、本人にそう褒めそやすと、
「いえいえ、私なぞ、齢百を少し過ぎたばかりの若輩者に過ぎません」と。
目が少しばかり大きく開いてしまったかもしれない。
異世界、侮りがたし。
「ユキ、お召しにより、参上致しました」
現人神に一礼する。
「ご苦労様。
そちらに座って待ってて」
現人神はドワーフとやらとなにやら話をしていたらしく、執務机を挟んで対峙している。
ソファーに座り、大人しく待っていると、執事がお茶を淹れてくれた。
「緑茶でございます」
にこやかな笑顔と共に差し出してくる。
うむ、良い茶葉だ。
香りからして違う。
一口含むと、苦味と爽やかさのバランスが良く、仄かな甘味まで感じられる。
淹れた執事のお点前が良い証拠でもある。
「お茶うけにこちらもどうぞ」
執事が出してくれたのは、羊羮。
ほほほっ、私の好物ではないか。
よもや、異世界で味わえることになろうとは。
うむうむ。味も良い。
つぶあんというのもさらに良い。
私は、手間暇かかるこしあんよりも、こちらのつぶあんの方が、あずきがしっかり味わえる気がして好きなのだ。
そうしてお茶と羊羮を堪能していると、現人神がこちらへ来た。
「ごめんごめん。
こちらが呼び出しておいて、待たせちゃって。
あ、羊羮どうだった?
海岸で寒天草見つけたから、作ってみたんだけど」
なんと、現人神の手作りか。
「大変美味しゅうございました」
お世辞無く、正直に述べる。
「自信作なんだ。
作って良かったよ。
それに、ユキのこんな笑顔、なかなか見られそうも無いからね」
しまった。表情を緩めすぎてしまったか。
「まず紹介しよう。
ドワーフ族のリーダー、ドアンだ。
卓越した職人達を束ねる工房長でもある」
「ワシがドアンじゃ。よろしくの」
短身痩躯の男が名乗る。
「ユキです。よしなに」
短く挨拶を返す。
「ユキには眷属共々、ハウス栽培の管理を任せたい」
そう言って、現人神が見せたのは、設計図らしきもの。
立体図らしきものは描写が甘いのに、各所からせり出した矢印の先の窓やら屋根やらの周辺図の方が詳細に描かれ、見事な描写だ。
説明文もあり、どのようなものかも理解しやすくなっている。
「今まで、構想はあったのじゃ。
室内の温度管理は魔道具で出来た。
しかし、うまく行かんかった。
同時に湿度の管理が出来んといかんと、後鬼様から指摘されての」
なるほど、温度と湿度の両方を操ることが出来る我らが必要と。
しかし、農業は芋や白菜くらいしか経験が無いが。
「大丈夫。農業チームのサポートが入るから安心して」
それなら良いか。
「これが成功すれば、季節に左右されずに、一年中安定して農作物が得られるようになる」
雪女と呼ばれる我らに、こんな使い道があろうとは。
「ユキには、眷属達以外にも多くの人達の管理をしてもらいたい。
出来るか?」
「はい。しっかりまとめ上げてみせましょう」
「よし。任せる。
……ただし!」
現人神から覇気が漏れ出す。
「各員は必ず週に二日休ませろ。
また、それとは別に、年次休暇を24日与えよ」
「そ、それでは三日に一日の休みになってしまうのでは?」
現人神の覇気が緩い内に発言する。
「ワシも以前に同じことを言ったんじゃがのう。
厳命じゃと、聞く耳持ってくれんのじゃ」
やれやれと、ドアンが首を振る。
「それでも生産性は下がってないだろ?」
「まあ、そうなんじゃが……そうなんじゃが、興に乗った時はそのまま仕事しとった方が……」
「コントロールすれば良い!」
「うくっ。
こうなった時のジロー様はいかん。
撤退するだけじゃ……トホホ」
今後、現人神の琴線に触れる箇所を見分けなくては。
「休みの条件はユキも対象だからな」
「はっ。命に従います」
まあ、休めるものなら休ませてもらおう。
後に後悔が訪れるとは、その時は思いもしなかった。
生産というのが、あれほど楽しいものとは。
余談
顔を赤くしたリントが執務室に戻ってきた。
「ん?どうしたの?」
「あれほどキレイな人を初めて見ました!」
「ユキのことかい?
でも表情が冷たくない?」
「あれほど目で表情が変わるのに、見ていなかったのですか!?
ホッとしたり、驚いたり、微笑んだり……キレイなのにふと可愛くなったり」
執事教育の一環で、人間観察が優れていると後鬼が褒めてたけど、それがこんな効果をもたらすとは。
「お屋敷の外までご案内した際に、頭を撫でてくださいました」
雪女の本能なのか、ユキ個人の反応なのか、わっかりにくいなぁ、もう。
ここは我が影に出動してもらおう。
頼んだ、サトちゃん。
大事なリントが取り殺されてはかなわない。
おや?
リント君に春が?