第36話 ヒルコの覚醒?
無事に強化スライムを殲滅し、湖のヌシも討伐した次郎一行。
その帰路でなにやら不穏な空気が漂う。
スライム戦での帰り道、ちょっとした事件があった。
部隊の後方で、スライムが付いてきたのだ。
一匹、また一匹と。
当初、殿にいた前鬼が、小枝でつついて確認。
通常のスライムとわかり、無視することにした。
しかし、ややもすると10を超えるスライムの小集団と化し、前鬼はこれ以上は危険と判断。
攻撃を仕掛けようと手を翳すと、いきなり目の前にヒルコが出現。
ヒルコがピューイピューイと鳴いて、前鬼を押し止める珍事があったのだ。
部隊の前方部にいた僕らも、アヤメに抱かれていたヒルコがいきなり「ピューイ!」と鳴いて驚き、アヤメの腕から飛び出して、空中を駆けていくヒルコにしばし呆然とさせられた。
「ヒーちゃん、どこに行くにゃ!」
アヤメが化け猫の姿に戻り、素早く追いかける。
「あ、あ、あ...…ヒーちゃん!」
「とにかく追いかけるぞ。
正義、部隊はそのまま拠点に帰着するように。あとは頼んだ!」
狼狽えるタマモに声を掛けつつ、正義に指示を出し、僕も走り出す。
遅れたタマモも九尾狐の姿に戻り、ヒルコを追いかける。
アヤメもタマモも空中を駆けていくので、僕が置いてきぼりに。
ヒルコもアヤメもタマモもやっぱり妖なんだね。常識が一切通じない。
「何故、このようなことに?」
ヒルコの左右にアヤメとタマモが立ち塞がり、自分とにらみ合いに陥っていることに、前鬼は首を傾げていた。
そこへようやく僕も追いついた。
「みんな、動くな!」
はあはあ言いながら、両者の中間地点に割り込む。
「これは一体何事ですか?」
前鬼がまだ首を捻ってる。
「僕も聞きたいよぉ~。
とにかく、動かないで」
呼吸を整えつつ、両者を牽制する。
「ヒルコ、こっちにおいで」
まだピューイ言ってるけど、「お・い・で!」と強く言うと、跳ねながら僕の腕の中に収まってくる。
「前鬼、ヒルコがここに来る前に何があったの?」
ここはこの中で一番冷静なはずの前鬼に問うことにする。
「はい。通常のスライムではありますが、10匹以上が群れを成し、こちらに付いてきたので、排除するところでした」
前鬼の判断は別に悪いことではない。通常のスライムとは言え、決して無害ではないのだ。
「で、ヒルコはそれを止めに来たと?」
腕の中のヒルコが肯定を示すように、色鮮やかな色彩を全身に流してくる。
「通常のスライムでも無害じゃないんだよ?どうして?」
後方を確かめると、なるほど、10匹以上のスライムが集っていた。
「もしかして、統率出来るの?」
そう言うと、ヒルコが歌を唄うように鳴き始める。
「ヒーちゃんが歌ってるにゃ」
「ヒーちゃん、お上手よ」
二人の戯れ言は無視して、ヒルコを抱えたまま、スライムの群れの方へ向かう。
ヒルコを地面に降ろすと、ヒルコから何本も触手が伸びて、スライム一匹一匹に触れる。
すると、触れられた箇所から赤や黄色、緑などスライムごとに違う色の色彩が浮かぶ。
ヒルコが色彩を与えているのか、スライム自ら発色しているのか、判別がつかないが、ヒルコがまるで調律しているかのようにも見えた。
次に起こったのは、スライムが「ピッ」と鳴き出し始め、やがて全てのスライムが鳴き始めたことだった。
まるで合唱だ。
スライムって鳴くのか?
いや、ヒルコだって鳴くからそうなのかな?
「サトちゃん、一応確認してもらえる?
スライムって鳴くの?って」
『原住民である戦闘チームに確認して参ります。
少々お待ちを』
ヒルコが僕に触手を伸ばして来たので、それを掴む。
(パ…パ……もう……支配済んだ…よ………安心…)
ヒルコが念話!?
驚き桃の木山椒の木!?
って、またサトちゃんに『古いです』って言われかねない。
(……ヒトが…触…れても…………大丈夫)
「そうか。
じゃあ、この子達はヒルコの部下だね」
ヒルコがプルッと身震いし、ピューイピューイと嬉しそうに鳴く。
『只今戻りました。
全員が「鳴くはずが無い」とのことでした』
「サトちゃん、ありがとう。
良かった。これで判別も出来る」
鳴くだけでなく、ヒルコの支配下のスライムは薄く半透明の各色の色が付いてるから、他のスライムと見分けやすい。
「ヒルコ、全員拠点まで連れておいで。
ただし、君がちゃんと面倒見るんだよ。しっかりね」
「ピューイ!」
それから拠点に戻るまで、ヒルコ率いるスライム合唱団と共に行進していくことになった。
ピッピッピッ、ピューイ♪
ピッピッピッ、ピューイ♪
余談
「いや、今日はさすがにヒヤリとしたぞ」
「あら、あなたがそんなこと言うなんて、珍しいわね」
「アヤメとタマモの二人と対峙するのは構わん。
勝てずとも良い勝負になったであろうからな。
しかし、そこにヒルコまで加わるのは、いささか緊張したものだ」
フゥーとため息をつきながら、ヒルコと巨大スライムとの戦闘を回想する前鬼。
「そんなの簡単じゃない」
「何!? 何か良い方法でもあるのか?」
「ヒルコはただ愛でれば良いのよ」
クスクスと笑う後鬼。
愛を知る女は強し。
余談
ドアンに巨大スライムの魔石を渡しに行く次郎に同行した正義。
顎が外れんばかりのドアンに、草薙の剣を差し出す正義。
「すまないが、コレに見合う鞘が欲しい」
んぐっと顎を閉じるドアンは、その草薙の剣を手に取ってみる。
仔細に眺めてたと思えば、剣をひっくり返してまたじっと見つめる。
「貴様っ、コレはどうした!
どうやって手に入れた!?」
急に正義に食い付くドアン。
「ドアン、剣を持ったまま人に近付いたら危ないでしょ!」
次郎に窘められるドアン。
「こんなもん見せられて、黙ってられる職人なぞおらんワイ!」
さあ吐け、とか言っているドアンをドウドウと、次郎が抑える。
「八岐大蛇様からの下賜だ」
「何ぃ、多頭龍様か!
それならば……しかし……魔力も無いのに魔剣の如く……」
ドアンが、研究者魂に火が着いた様子で独りブツブツと呟きを止めない。
「興奮しているところ悪いのだが、私は鞘が欲しいだけだ。
あと、出来れば鍔も付けて欲しい」
正義が淡々と言う。
「あとさあ、ソレ、この世界に存在しない金属のはずだから、再現は難しいと思うよ」
次郎の言う通り、ヒヒイロカネはこの異世界に存在しない。
「むぐぅ、ジロー様の世界のものか」
「僕らの世界でも伝説の金属って言われてるよ」
「次から次へと……ホントにおまえらは、ワシをショック死させる気か!?」
そんなことは知らん、とため息をつく二人だった。
スライム合唱団の結成!
さらにヒルコのアイドル性が増しましたね。
前鬼はホントにビックリしたと思います。
アヤメ、タマモ、ヒルコの三人相手は、いくら高名な前鬼でも危ういかもしれません。
戦いの火蓋が開かなくてホントに良かった。
みんな仲良く平和でね♪