第34話 パックンチョ
この話を書いている時、昔懐かしのパックマンを思い出しました。
会議室にアヤメ以外のみんなが集まった。
選抜戦闘チームの隊長の正義もいる。
僕の左右にはいつも通り、前鬼と後鬼がいるが、その前鬼の前の机の上には先ほどのスライムが蠢いている。
アヤメの結界が効いてるので、安心だ。
会議室の扉がノックされる。
「アヤメ様が到着されました。
入室のご許可を」
リントの対応だ。
「入れ」
前鬼が応答する。
ガチャっと扉を開けるリントに続き、アヤメが入室する。
「お待たせにゃ」
さらにもう一匹のスライムをつまみつつ、自分の席に向かう。
ヒルコを抱えたタマモの隣だ。
「なあに?あなたまでヒーちゃんモドキを携えて」
前鬼と同様、机の上にスライムを置くと「見ていればわかるにゃ」とタマモに返答しながら着席する。
遅滞なくリントがアヤメの分のお茶を差し出す。
「この丸みを帯びたものが、スライムと呼ばれるこの世界独自の生物だ。
アヤメ、これを」
と前鬼が菜箸の一本を投げ渡す。
アヤメは「にゃ!」と受け取ると、おもむろにスライムに突き刺す。
すると、スライムは全身に警戒色の縞模様を浮かび上がらせた。身震いもしている。
「ほう」
誰ともなく声が洩れる。
「そして、これが!」
前鬼も目の前のスライムを菜箸で突き刺す。
こちらはさっきの検証時と同じ反応をする。
身動ぎもしないし、警戒色も刺した箇所のみ小さく出るだけだ。
「なんだ?ずいぶんと反応が違うのだな」
八岐大蛇が両方のスライムを別々の頭で同時に見ながら言う。
「これがスライムとやらの溶解攻撃だ」
前鬼が菜箸を抜くと、刺した部分が溶けて無くなっていた。
「こちらも抜いてみるにゃ」
アヤメが菜箸を抜くが、こちらは菜箸が丸々残っている。
「アヤメの方のスライムが刺されて浮かんだ模様を警戒色と言うそうだ。
私の方のスライムも一応警戒色を出していたが、極小さなものだ。
離れているとわからぬかも知れぬ」
「前鬼の方のスライムはもう警戒色を出してにゃいのに、あたしの方はまだ出てるにゃ」
アヤメの言う通り、まだ全身で縞模様が流れている。
「前鬼様の方が溶解液が強力なのですね」
正義が眼差しを鋭くして言う。
「アヤメ。そのスライムはどこで捕まえたものか、みんなに教えてあげて」
話を進めるために、僕も発言する。
「コイツは拠点から西へ2km地点で捕まえたやつにゃ」
「私の前にいるスライムは、東の湖近辺でアヤメが捕まえたものだ」
前鬼も補足する。
「す、住みかで、ち、違う成長するとか?」
「それほどの違いを見せるくらいに、離れてるとは言いがたいでありますですはい」
牛頭の疑問は誰もが思い浮かべるものだ。僕も最初に同じことを思った。
だが、馬頭の観点が正しい。
「あと、面白い情報がある。
拠点周辺にはせいぜい20匹程度のスライムがいるに過ぎないが、東の湖近辺には500匹以上いる。この強力なヤツがな」
前鬼がニヤリと笑いながら言う。
また前鬼の悪いクセが出てる~。
「ともかく、これらを踏まえて、対策を協議したい」
そう言った僕の発言直後に、
「あ、ヒーちゃんどうしたでありんす?」
ヒルコが激しく蠢き、タマモの腕の中から机の上にジャンプした。
そしてすぐ隣のスライムには軽く触れたのみで、すぐさま前鬼の前のスライムに向かってダッシュ。
いつものヒルコらしからぬ素早い動きだ。
警戒色がほぼ無いスライムの前に来ると、ヒルコの身体が広がり、覆い被さった。
「「「えっ!?」」」
止める間も無く、あっという間の出来事だ。
「ヒーちゃん、そんなもの食べちゃダメよ!吐き出しなさい!」
「ヒーちゃん、ペッしにゃさい!ペッ!」
アヤメとタマモが焦る。
いや、僕もだ。
「ヒルコ、大丈夫なのか!?」
僕がヒルコを抱き上げる。
ヒルコは腸のぜん動運動のような動きをしたあと、何事も無かったかのように大人しくしている。
じっとヒルコを窺うが、落ち着いてるようだ。特に変化が無い。
ヒーちゃんヒーちゃんと連呼するので、ヒルコをタマモに渡す。
「ヒルコは大丈夫みたい」
僕が言うと、会議室内にホッとした雰囲気が流れる。
「あ!あたしの結界が破られたにゃ!」
「なんですって!」
アヤメよりもタマモの口調の方が強い。
ヒルコが、飲み込んだスライムに掛かっていたアヤメの結界ごと喰らったようだ。
肝心のアヤメが「さすがヒーちゃん。太古の神は一味違うにゃ」と、自分の結界が破られたことよりも、ヒルコの凄さを褒め称えている。
「ヒルコ様は、あの蛭子様か」
正義は気付いたようだ。
日本人なら古事記知ってるよな~。蛭子神社もあるし。
有名な割りには、蛭子神の詳細は誰一人知らないけどね。
「発言を宜しいでしょうか」
正義が手を挙げて言う。
「どうぞ」
許可を出す。
「私の所感を述べさせて頂きます。
問題のスライムが警戒色を出さないのは、突き刺す程度では警戒に当たらないと認識してるものと思われます。
また、ヒルコ様は最初に触れたスライムはそのまま放っておかれたのに、問題のスライムは消滅されました。
ヒルコ様はこのスライムを危険視されたのでは無いか、と推察致します」
そうなの、ヒルコ?
ヒルコを見ると、七色の模様を発色させ始め、なんとなく肯定の意思が伝わって来た。
『私にも肯定の意識が伝わりました』
「ヒーちゃん、こやつらを滅ぼせば良いのね?
大丈夫よ。ママがきっちり滅しておくでありんすよ」
「湖の近くだからと言って、やり過ぎて森まで燃やしちゃダメにゃよ」
「あちきを誰だと思ってるでありんす。
こやつらのみ燃やし尽くすだけのこと」
タマモが不敵に笑う。
「うむ。我も滅ぼすことに吝かではないが、触れることはせぬ方がよかろうな」
真神がふすんと鼻で息を吐き出す。
「我が吐息で殲滅してくれん」
八岐大蛇の鎌首を上げる動作に合わせるかのように、八咫烏も羽を広げる。
「ご主人様。
真神や八岐大蛇の申す通り、術の使い手のみで攻撃部隊を編成されることをおすすめいたします」
後鬼がまとめる。
「魔法は有効な手段です。わたしは参戦します」
ナターシャが立候補する。
「そうだね。
なら、ハヤテとドアン、エリシャンテは留守番だね」
「あらあらぁ、わたくしも参加致しますわぁ。
これでも加護持ちですぅ。ドラド族筆頭なのですよぉ」
正義の方を見る。
「はい。エリシャンテ殿なら問題ありません」
正義のお墨付きか。
「わかった。エリシャンテには同行してもらうこととする。
正義も一緒に来てもらいたい」
僕以外の地球の観点も欲しいからね。
「了解であります」
正義の返答の隣で、
「うぇ~留守番かよ~」
「剣で切ってみろ。剣の方が溶けるわ。
そうでなくても、もし問題のスライムが飛び散ったら、おまえさんだけでなく、周りの被害もひどくなるわい。
ワシと一緒にここで大人しくしとけ」
戦闘好きなハヤテを歳かさのドアンがたしなめてくれる。
「よし。
正義、戦闘チームも魔術師のみ同行させるよう手配して欲しい」
「ユーリンの同行もお許し頂きたい。
彼女の機動力は救護班向きです」
「わかった。任せる。
妖達は全員参戦。
問題のスライムを排除しつつ、原因の調査も怠るな。
たかがスライムと侮るなよ。
安全第一で、無理は決してするな」
一呼吸おき、宣言する。
「東の湖近辺の問題のスライムを殲滅する」
「「「おうっ(はい)」」」
余談
「お主、ドラド族とやらだったな」
八岐大蛇が何の気なしに正義に話しかける。
「はい。
ドラド族には所属していますが、元は日出ずる国の民です。
ドラド族のように竜神を奉っておりませんので、加護もありません」
「加護を持たぬドラド族か」
「ですが、日本古来の龍神様は敬っております。
辰年生まれなので」
正義がニコッと笑う。
「ハッハッハ。辰年生まれ故か」
八岐大蛇は豪快に笑う。
「日本人なら結構普通だと思います」
「龍神神社もいくつか行ったようだな」
「……そのようなことまでお分かりになるのですか」
「お主にその"気"が憑いておるからな」
「これは御見逸れ致しました。謝罪致します」
「良い良い。今の日の本の民は皆そんなものであろう?」
「これは耳が痛い。
現代人は神社仏閣以外にも教会にも顔を出しますね」
「それも神道そのものよ」
神道は多神教であり、他の宗教をも受け入れる姿勢を物語っている。
「別に竜神なぞ崇めずとも、お主は今のままで良い。
このまま精進せよ」
「もとよりそのつもりです」
その日の夜、当人も知らぬまま、正義の気が膨れ上がった。
異世界の子供達も危ない遊びをしていますね。
子供って、大人の心配をよそに危ないことをしがちなものです。
本人達も危ないってわかっててやっちゃう。
自分も子供の頃、マムシをつついて遊んでいました。
田舎では、子供の時に年上の子供から真っ先にマムシと普通の蛇の見分け方を教えてもらいます。
独りでは決して近寄るな、とも教えられます。
でも、そう教えながらマムシを突っついて遊んでいる年上の子供達。
常識があるのかないのか(笑)。