第30話 牛頭と馬頭
牛の英訳って、カウとかブルとかいろいろありますが、英語圏で一般的なのはカウだそうです。
たとえそれが野生でも。
まあ、通じやすい方が円滑なコミュニケーション取れますもんね。
牧畜産業に従事する人達の振り分けも終わり、ドアンが建設関係の人員から資材の手配まで全てやってくれることとなった。
牧草地は、草原上ではなく、拠点の防壁から南側を開墾し、草原まで繋げる計画だ。
後鬼の土遁の術がまた活躍してくれるだろう。
次は管理をしてもらう者の配置だね。
「じゃあ、喚ぶよ」
念のためとサトリに説得され、妖達全員集まってもらっている。
『主様、くれぐれもご無理は為さらぬように』
「うん。もうみんなに心配掛けないように、十分注意する」
『それを聞けて安心いたしました』
両の手のひらを合わせ、丹田に意識を置く。
気を練るようなイメージを起こす。
「召還!」
そこに二体の妖がいた。
二体とも背が高く、前鬼に匹敵する巨軀をしている。
一体が牛の顔を持ちながら、身体はヒトのもの。
もう一体は馬の顔を持ち、身体はやはりヒトのものだ。
二体とも、しばらく茫然としている。
『主様の御前である。
ひれ伏しなさい』
サトリがやや強い口調で命令する。
ハッとした後、二体ともすぐさま土下座する。
『各々、名乗りを上げなさい』
今度は和らげた口調でサトリが促す。
「オ、オイラは牛頭でございやす」
「あ、あ、あっしは、め、馬頭と申しますですはい」
牛の顔を持つ方が牛頭、馬の顔を持つ方が馬頭。
牛頭鬼、馬頭鬼とも呼ばれ、鬼の一種でもあり、地獄の門番としても有名な妖だ。
地獄に住まう鬼達を率いてるとされている。
「僕は鈴木次郎。
僕が君たちを召還した。
ぜひ、協力してもらいたい」
出来るだけ威圧しないように、柔らかい口調で話し掛ける。
「そ、それは何なりと」
「ご、ご命令頂ければ何なりと」
今度は額が土にめり込むほど平身低頭する二体。
「わかった、わかったから、顔を上げて」
手のジェスチャーで立つことも促す。
『牛頭、馬頭。
主様のお言葉です。
面を上げ、立ち上がりなさい』
ゆっくりと恐る恐る立ち上がる二体。
そこで初めて周りの様子に気付いたようだ。
視線を前鬼と後鬼に定めると両目を大きく開き、大量の汗をかき出した。
その隣の真神にも気付いたようで、身体も震える。
真神と同サイズまで縮んだ八岐大蛇を見ると、口から泡を吹き出した。
ここまで来ると、なんか面白い。
アヤメとタマモ(ヒルコはタマモが抱いている)に目をやると死んじゃうんじゃなかろうか。
本能で避けているのか、なかなかそちらに目を向けない。
そうこうしてる内に、上空から八咫烏が牛頭と馬頭の眼前に舞い降りた。
「「ヒッ」」
牛頭と馬頭が気絶してしまった。
「もう、みんなからかい過ぎだよ。めっだよ」
「あんにゃんで気を失ってたら、ダメダメにゃ」
「もう少しマシであったと記憶してたが」
「時代はうつろうものですよ」
前鬼と後鬼は同じ鬼として面識があるようだ。
「あやつら、これで務まるのか?」
八岐大蛇が誰ともなく聞く。
「ふん。地獄の門番が聞いて呆れるわ」
真神はホントに呆れたのか、後ろ足で耳の後ろを掻いている。
「あちきからしたら、相変わらずの肝の小さき玉でありんす」
え?もしかして、気絶の主因は君か!
タマモ、地獄に行ったことがあるの?何をしてきたの?
女に野暮なことは聞かないことでありんすよ、ってたしなめられちゃった。
深くは聞くまい。君子危うきに近寄らず。
(…………面白かった)
ヤタまで。
気絶から回復した牛頭と馬頭に牧畜計画を説明する。
「そ、そういうことなら、やります。
や、やらせてくだせえ」
「あっしも喜んでやりますですはい」
地獄の鬼達を率いてたんだから、魔牛や魔馬くらい統率出来るよね。
従業員の管理もしっかりね。
早速、牛頭と馬頭には捕獲班として動いてもらおう。
大丈夫だよね?
「ご主人様。ご安心ください。
性格はややアレですが、実力はたしかです」
前鬼の保証があるなら安心だ。
屋敷に足を向けるアヤメ達から、「あんたはいろんなとこで、いろんなことをしでかし過ぎにゃ」とか聞こえて来たけど、聞かなかったことにする。
タマモの漫遊記とかあったら、読んでみたい気がする。
牛頭と馬頭を召還した翌日、捕獲班が魔牛と魔馬をきっちり10頭ずつ捕獲に成功した。
捕獲というより連れて来たと言った方が正確かもしれない。
牛頭と馬頭が前面に出て、魔牛や魔馬を説得して廻ったと言うのだ。
なので、紐も何も着けてないのに、魔牛や魔馬が自ら付いてきたのだ。
え?魔物と対話出来るの?
他の捕獲班の人達も、夢でも見ているかのようだったと語ってくれる。
魔牛や魔馬は群れを形成する魔物。
当然、群れを率いるリーダーが存在する。
牛頭と馬頭は何故か一発でリーダーを見抜き、説得していったと。
ただ、それぞれ勝負ごとがあったと言う。
魔牛のリーダーには牛頭が当たり、力比べの勝負だったらしい。
お互い角と角を突き合わせ、押し込むもの。
魔牛のリーダーは他の牛達より一回り大きな体格で、立っている牛頭と体高がほぼ同じくらい。
にもかかわらず、牛頭はびくともしなかったどころか、猛烈な勢いで押し込んだと言う。
そこには100m以上のわだちのような跡が残っていた、とのこと。
魔馬のリーダーには馬頭が当たり、こちらは駆けっこ競争。
草原の端に向かって走るもので、馬頭は二足なのに終始圧倒していたらしい。
度々振り返っては、魔馬の様子を窺う余裕さえあったようだ。
「いやー、かなり高速で駆けてしまったので、魔馬が倒れないか、心配で心配で堪らなかったでありますですはい」とは本人の言。
帰りは仲良く並走してきた、とのこと。
なんとも頼もしい限りだ。
畜舎建設の方を急がねば。
「まず、魔牛10頭分だけの畜舎を建設する。
それから向かい側に魔馬10頭分だけの畜舎を仕上げて、後で増築していくから心配いらん」
さすが、ドアン。頼りになる。
「それより、今日中に仕上げにゃならん分の人手が足らんわい」
単純作業の人員で良いから、と言うので、サトリを通じて前鬼に伝達。
前鬼のことだ。うまく手配してくれるだろう。
僕も木材運びくらいならとお手伝いしてみたが、あっちフラフラこっちフラフラで、とうとう作業現場から追い出された。
「ジロー様、そこにいるとあぶないよー」
「やあん。ジロー様、ぶつかっちゃうよー。もうちょっと離れてー」
獣人の子供達の邪魔にもなってしまう始末。
作業は遠くから眺めるに限る、と悟った。
日が暮れる前になんとか魔牛と魔馬の10頭ずつが収まる畜舎が完成した。
あとはエサの干し草や飲み水を据え付ければ、今日の作業はひとまず終わりとなる。
ドアン達建設班は、明日からもまだまだ作業は続く。
急がなくて良いから、ケガだけは無いように気をつけて欲しい。
あ、水。水当番は僕の仕事です。
それだけは譲れません。
いそいそと完成した畜舎に向かう僕だった。
お仕事大事。勤労は尊いのだ。
作業中の次郎は、何も邪魔ばかりしている訳ではありませんよ。
もしもの時の救急医で巡回しています。
時折、必要に応じて水分補給を命じ、飲料水も渡しています。
やるな、次郎。