第241話 真神大戦 始まり
大樹の森。
つかの間の平穏に身を委ねていた真神が動き出す。
ーーー 真神の視点です ーーー
「ちょっと心もとないなぁ……」
「どうしたのだ?」
貯蔵庫管理担当者が在庫管理ボードを見ながらブツブツと呟いていたのが目に入り、声を掛けてみた。
「あ、これは真神様!
いえ、ここのところ、鹿肉の在庫が乏しくて……。
猪肉や熊肉は多くあるのに、鹿肉だけ極端に少ないんですよ」
「兎など、他の肉はどうなのだ?」
「そちらはいつもと変わらず、定量と言って良いほどですね」
「ふむ。
鹿肉だけが少ないのか……」
「今すぐどうとかの心配はないのですが、こういった例は過去の記録に無かったので、気になって……」
主殿も、問題は小さい内に摘み取った方が良いと仰っていたな。
「どれ、我が森の様子を見て来よう」
「わざわざ真神様が出張ることでもない気がしますが……」
「いや、こういうことこそ早い方が良い。
何もなければそれはそれで良い。
貴様は良い着眼点を持っておる。今後も続けるが良い。
上にもしっかりと報告せよ」
「はい。精進致します」
我は一足先に森に行こう。
熊肉は多いと言っていたな。
熊が鹿を多く狩ったか?
それで熊の出現が多く、狩人達に狩られたというところか。
だが、同じ草食の猪が多いというのがわからんな。
◇◆◇
湖のある東門から森に入ることにする。
一応、眷属狼達を喚び出し、東西南北全てに散らせる。
……妙な予感がする。少し多めに召還するか。
些細な事柄も見逃すな。行け。
我は、このまま東側を探索する。
しばらく走ると湖に出た。
湖の南に水揚げ場が見え、河童達の行き来も窺えた。
特に変わった様子は見受けられない。
ふむ。
湖を北回りに巡回してみようか。
湖を右手に見て、湖畔を北上する。
先ほどから、眷属狼達の報告が送られてきているが、特に変わった様子はない。
熊も猪も次々と発見報告が上がってくる。兎も鳥も同様だ。鹿すら普通に居る。
……やや鹿が少ないか?
その程度だ。
いや、待て。
東側だけ鹿発見の報告が無いぞ。
どう言うことだ?
湖の向こう半分に差し掛かった時だった。
熊の死体が転がっていた。
大きいな。魔熊であろう。我よりも大きい。
まだ血が流れている。事切れたばかりなのだろう。
しかし、捕食されてはいない。
狩人達に狩られた訳でもなさそうだ。
彼らがこういった大物を狩った場合は、信号弾を打ち上げる習わしになっている。その様子も無い。
では、コイツを殺めたヤツは?
その熊の死体の先に拓けた湖畔の様子が窺えた。
居た。
鹿だ。
やけに身体が大きいものが居る。
こちらの世界で言う魔鹿と言うヤツだな。
それが群れを為している。魔鹿の中に普通の鹿も紛れている。
大きな群れだな。
何頭居るのだ? これ程の群れは初めてだぞ。百や二百は優に超えておる。
そうか。
これ程の群れであれば、他の獣達は近寄れなかったであろうな。
それどころか、熊や猪などの大きな獣達は住処を追い出されたやも知れぬな。
鹿は草食にしては結構気性が荒い。
魔熊ですら迂闊に近寄れないだろう。
むっ。
こちらを見つめているのが一頭居る。
やたらでかい!
その口からポタポタと水が滴り落ちる。
湖の水を飲んでいて、頭を低くしていたのであろう。気付くのが遅れた。
コヤツ、茂みに紛れておる我を凝視している。鋭いな。
この群れのボスか?
その身体は他の魔鹿よりもはるかに大きく、筋肉も発達している。
牡鹿なのだろう。その角は人間が両の手のひらを広げたような形をしており、指先の如き形状の角先は鋭い。
そして、その角先から赤い滴がポタリポタリと滴り落ちていた。
そうか!?
コヤツがこの魔熊を殺めたのだな。
我よりも大きな魔熊を葬り去る魔鹿。
どうする?
一度戻って主殿に相談するか?
くっ!
どうやらその暇もなさそうだ。
ヤツがこちらに向かってゆっくりと歩を進めて来る。
鹿の群れが割れ、我までの道を開けておる。
ヤツの眼が憤怒の炎に揺らめいて、我を捉え続けている。
そのような目で見つめられては、背を向ける訳には行かん。
我は自然の大神、真神なるぞ。
我も自ら歩み寄り、巨大な魔鹿と距離を詰める。
コヤツ、確かに巨軀だな。
我よりも一回りはでかい。
近寄ると、その存在感がより一層増す。
下手すると、魔猪の成獣も倒せるのやも知れぬな。
フゴッー。
ふん。
鼻息を荒くしても、我には露ほどにも感じるものでもないわ。
ドッドッドッドドッ。
魔鹿が突っ込んできた。
顎を引き、角をこちらに突き立てた姿勢で、弱点の喉も隠しながらの攻撃体勢。
直進する速度も速い。
その衝撃も凄まじいものであることは想像に難くはない。
鹿が油断出来ぬ存在である証左だ。
だが、直線的だ。躱すのは容易い。
巨軀の魔鹿の右側へ身体を躱し、噛み付きを行う。
ぬっ、角がこちらへ向かってくる。
とっさに首を振ってきたな。
我は跳び退って難を逃れる。
狩人達には危険な存在だが、この程度なら我には遠く及ぶものではないな。
ヤツはUターンして、身構える。
先ほどよりも激しく睨んできよる。
ハハハ。得意の突進を躱されて激昂しておるのか。
ヴモォォオオン!
鳴き声は普通の鹿と変わらぬな。しかも、これは警戒音。
むっ、鳴き声と共にヤツの身体がさらに膨らんできよった!
身体強化の術が使えるのか?
ただでさえ、我よりも大きな為りをしていたのが、さらに巨大に一回り大きくなっていくではないか!?
ふふっ、面白いではないか。
この大樹の森で我を楽しませてくれるものが居ようとはな。
方々方々のヌシ達は、他の大妖達に獲られてしまったからな。忸怩たる思いをさせられたものだが、今回は機会に恵まれた。
逃すまいぞ、この機会は。
「伝説の狼、マガミよ。
この傷の恨み、今ここで晴らしてくれる。
貴様は我らが葬ってくれる!」
話すことが出来るのか。
それになぜ我の名を知っている?
ヤツの言う傷とは、左目辺りの長い傷痕のことか。
こんなヤツ、異世界の世界でも地球の世界でも見たことも会ったことも無いが。
それから互いに突進し合うこと三度。
巨大化したヤツの突進は、その重量感と速度も増し、警戒度を上げたが、我にカスること無く、逆に横から我の頭突きを喰らわせてやったわ。
とはいえ、ヤツもケロリとしており、耐久力もなかなかと見える。
そして、四度目の衝突時にそれは起こった。
ヤツの角先を避けて真正面から頭突きを喰らわせた時だった。
ガァンッ! ザクッ。
互いの衝撃を受け止め、四肢を踏ん張った時、右脚に何か突起物が刺さったのを感じた。
右脚を見ると、何か槍先のようなものが刺さっていた。
その場から跳び退り、咥えて引き抜く。
硬い岩で出来た槍先のようだった。
視界を広く取り、全体を把握してわかった。
群れの中に別の個体の魔鹿が角先をこちらに向けていた。
さらにソイツの角がこちらに射出されてきた!
これは難なく躱すことが出来た。
……が、油断した。
ボスに集中し過ぎて、周りの警戒を緩めてしまった我の失態だ。
ソイツが矢継ぎ早に射出してくる。
どうも角を射出しているようではないようだ。角の形状によく似た何か……土術で作った土槍を射出していたようだな。
ソイツは牝鹿のようで、牡鹿のように大きなものではなく、真っ直ぐ鋭い角が二本生えていた。
ボスの方もよくよく見れば、本来の鹿の角に加え、さらに二本の真っ直ぐな角が生えておった。
コヤツら"進化"した者達であったか!?
しかも番。
ほほう。
攻撃してくる牝鹿は一体だけではなかったと見える。
群れの中から進化の角を生やした魔鹿が次々と現れ、我に土槍を射出してくる。
数は多いが、躱せないほどではない。
シュッ、シュッ、サクッ。
土槍は躱しきれているのに、見えぬ刃に身体が切り刻まれていく。
なんだ?
土術だけではなかったのか。
これは主殿が得意の風術と同列の術か。
威力があり目に見える土術の土槍と、目に見えぬ風術の風の刃の波状攻撃と言う訳だ。
そして……。
いつの間にか、ボスの正面に誘導されていた訳か。
大失態だな。
こんなことなら、惜しまず秘術をさっさと展開しておくべきだった。
我も未熟よのお……。
(まーくん、危ない!)
頭に響く声がした。
ボスの魔鹿に激突される直前、我の身体が異空間に引きずり込まれた。
始まりました! 真神大戦。
いや~、このお話は初期設定にあったんですが、ここに来るまで240話も掛かっていましたね。
さて、この真神大戦はしばらく続きます。
お楽しみください。




