第237話 正義の剣技
大樹の森の北部。
烏天狗と魔蠍の戦いは素早い決着であった。
一方の正義と魔猪の対峙は、未だ続いていた。
ーーー 三人称です ーーー
魔猪と魔蠍の争いに乱入した正義と烏天狗。
レアモンスターの魔蠍には意外な弱点があり、烏天狗があっさり仕留めた。
そして、正義はと言うと……。
正義は、魔猪の頭上を超えて宙を舞い、突進を躱していた。
正義は、様々な加護を持ち、大樹の森に住み続けた結果、異常な身体能力を有していた。
(さて、何処を斬ったものか……?
草薙の剣は強力な武器だが、こと狩りにおいては強力過ぎるのが欠点だな)
八岐大蛇から下賜された草薙の剣は、対象物を消滅させる力を持つ。
敵に振るえば、その腕が、脚が、首が、切断面から先が消えて失くなる現象が起こる。
正義は、再度の突進を躱したついでに尾の部分を斬ってみる。
サクッ。………フッ。
(やはり、尾先が消えてしまうか。
う~ん…………、鈴木様の真似をしてみるか。
…………。
問題は、私に"それ"が出来るかどうか、だな)
正義は、大樹の森の都に住んで間もない頃を思い起こす。
軍の前身である戦闘チームの隊長だった頃、戦闘チームを引き連れ、東の湖を目指して森を行軍する訓練をよくしていた。
「隊長。
前方に魔熊を発見。三頭居ます!」
チームメンバーから報告を受け、急ぎ先頭に向かう正義。
「一頭が大きい。親子連れか」
二頭は体長2メートルほどだが、一頭は体長4メートルを超えている。母親だろう。
その母熊は、こちらに気付き、唸り声を上げている。
「正義。
子連れの母熊は狂暴だ。下手に刺激するなよ」
その日は、たまたま次郎が同行していた。
「了解であります」
「みんなを下がらせて。
僕が前に出る」
5歳児姿の次郎が魔熊の前に立つ。
端から見ればかなり可笑しな状況だ。
四つ足状態で体高2メートル以上ある熊の前に立つ人間の5歳児。
「ガオォッ」
近付いて来るその小さな生き物に母熊がさらに唸る。
「退いてくれないか?
黙って退いてくれれば、こちらから何もしない」
興奮状態の母熊に、無駄と知りつつ、次郎が話し掛ける。
「ガアアァッ!」
母熊が立ち上がり、その爪を大きく振るう。
だが、次郎が小さすぎて、振るった腕を的に当てる為に四つ足状態に戻る母熊。
次郎は素早く後ろにステップして爪を躱し、後ろ足を着地と同時に、今度は前に大きくステップ。もうその時には魔熊の頭部に小刀を叩き込んでいた。
ザクッ。
「グワッ!」
魔熊は頭から血を流しながらも怯まず、四つ足状態で二度三度爪を振るってきた。
「かったいなぁ。
普通の野獣なら、これで真っ二つなんだけど」
ブツブツ言う次郎。
「また前鬼に叱られちゃうじゃん。未熟者!って。
はぁ……」
次郎はため息を吐きながら、さらに魔熊に近付いていく。
「ガアッ」
「よっ」
魔熊は唸りながら、左腕を振るう。
そして、次郎はそれに合わせて小刀でパリィしながら、右側に回り込む。
「むんっ」
魔熊の真横に移動した次郎は、裂帛の気合いを込めて小刀をその首元に振り下ろす。
ザクッ。……ドン、ドン。
魔熊の首が宙を舞い、地に落ちて転がる。
ドサッ。
首を失くした魔熊の身体が遅れて地に倒れる。
「ふぅ……。
さて、子熊の方は…………ああ、怯えてるな」
残された二頭の子熊は、次郎に尻込みつつ、その場から動けないでいた。
「うるあぁぁっ!」
次郎が覇気を出しながら、子熊に向かって吠える。
「「ピギャァ!」」
その一声で子熊達は脱兎の如く森の奥へと駆け出した。
「ヒトを襲うんじゃないぞー。
まあ、恐怖体験を味わったから、そうそうは近寄らないだろう」
次郎がホッとしていると、正義が駆け寄って来た。
「お疲れ様です。
お見事でした」
「ああ。
それはそうと、二太刀必要だったのは前鬼には内緒ね」
次郎が、5歳児特有のキュルルンとした眼差しで正義に訴える。
「はあ。
私は言いませんが、チーム全員が見ていましたから……。
軍じゃないので、情報統制も掛けられませんし」
「がぁーん。
前鬼のシゴキは確定か。トホホ」
項垂れる次郎に、再度話し掛ける正義。
「鈴木様の回避と踏み込みも凄かったのですが、あの二太刀目はどう言った原理で?
魔熊の首が、ああも綺麗に飛ぶのが信じられません」
「ああ、アレね。
刃に気力と言うか妖力と言うか……、念みたいなものを乗っけるだけなんだけどね」
「念、ですか……」
(あの頃は、草薙の剣も無く、妖力と呼べるものなど、意識すらしていなかったな。
果たして、今の私に刃に妖力を上手く乗せられるか、だな)
避けられた魔猪がUターンし、怒りも顕に正義に向かって駆け出す。
魔猪の突進を今度は右へ躱す正義。
同時に左前足を狙い、草薙の剣を横薙ぎに振るう。
ザンッ。
魔猪の左前足が綺麗に飛ぶ。
ドサッ、ドサッ。
魔猪の突進が勢い良すぎて、左後ろ足まで切断されていた。
「なんとか成功したな」
切断した先が、今度は消滅していない。
ドドォンッ。
バランスを崩した魔猪が、その巨体を維持出来ずに横倒しになる。
ゆっくりと近付く正義。
「今、楽にしてやるからな」
正義は、横倒しになった魔猪の首元まで歩み寄り、一振。首を切断する。
「お見事で御座った」
烏天狗が近寄り、正義を労う。
「烏天狗様は瞬殺でしたね」
「蠍に意外な弱点があった故な。
今後、皆に共有しようぞ。
……まあ、滅多に遭遇する魔物でもないがな」
正義と烏天狗は笑い合い、部隊の方へと歩き出す。
「「「オオオッ」」」
「凄いな。将軍ともなるとあんなに強くなるのか」「馬鹿言え。サトウ将軍だからだよ」「何にしても凄い!」
兵士達の歓声が鳴り止まない。
「将軍。お疲れ様でした。カラステング様もお見事でした」
副長が二人に労いの言葉を掛ける。
「佐藤将軍には、空軍も世話になっておるからな。
恩返しの一環に過ぎぬよ」
「ああ、ありがとう。
ちょっと蜘蛛達のところへ行ってくる」
正義は挨拶もそこそこに魔蜘蛛の下へ向かう。
「おまえ達。
あれで足りるか?」
「ジュウブン、デス。ミナデワケアッテモ、ヒトツキハ、モチマス」
「そうか。良かった。
……あ、出来れば蠍の甲殻と猪の毛皮は残してくれると嬉しい」
「ワ、ワタシタチハ、ナカミシカ、タベナイノデ、ノコリ、マス」
「そうなんだな。
ドワーフ達に叱られずに済みそうだ」
正義は屈託無く笑う。
「なんだ?
佐藤将軍は、魔蜘蛛の食事を見たことが無かったか?」
「はい。
夜霧様が引率して、森の中へ行ってしまいますので」
「左様であったな。
……ここまで魔蜘蛛が増えると、夜霧の負担が増えてしまうか。
帰ったら、眷属の増員も鈴木次郎様に相談してみようか」
翌日、行軍訓練も無事に終え、部隊全員が大樹の森の都にたどり着いた。
また、烏天狗の報告を聞いた次郎の采配で、雲外鏡が魔物素材を受け取り、ドワーフ工房に持ち込んだ。
ドワーフ達は歓喜に包まれていた。
そして、その日の夜、ユキが大きくため息をつくことになる。
「はぁ……。どうして同じ過ちを繰り返すの?
ドワーフにつけて治す薬は無いものかしら?」
「ユキお姉様。
ドワーフ特有の病気なの。
おバカは治らないの」
ドワーフ達は、レア素材の魔蠍の甲殻一式を入手して、喜び勇んで素材利用の検討会及び開発に夜を徹して行っていたところ、ユキの急襲に遭った。
ワーカーホリックのドワーフ達は深い眠りについた、とさ。
正義はまた一段階上に登ったようですね。
行軍訓練ってツライんですよね。よく途中で「駆け足!」って号令掛かるし……。
最後の方はもうヘロヘロになってます。小銃を斜め45度を維持しながら持っての駆け足は、非常にキツイ! 重いんです。小銃は。
終わった後、しばらくは左肘が固まってて、上手く伸ばせないし……。
まあ、今となっては良い思い出です。
さて、次話は、烏天狗のセリフがヒントです。
お楽しみに。




