第227話 飯の友 後編
酒のツマミに衝撃を受けた赤提灯の店の常連客の男。
そこへ店主のコニーがうどんを提供してきた。
ーーー 三人称です ーーー
「おまちどう様です。
かき揚げうどんです」
女性店主がまたしても、カウンター越しに提供してくれた。
「店主、すまない。
コレはいったい何なのだ?」
男はうどんを受け取りながら、ツマミを指差して聞いてみた。
「ああ、カツオブシですね。
お気に召されませんでした?」
「いや、気に入った!
……そうか、カツオブシと言うのか」
「あれ?
シンさんはコレをきっかけにお店を出すことになったみたいなんですけど……お店で出さないのかしら?」
「え? タイショーのきっかけがコレ?
聞いたことなかったなぁ」
「カツオブシのおかげで、ウチもお店出来る訳ですけど……」
さぬき屋の店主コニーのうどんの麺の師匠は一朗太と鵺のぬぅだが、料理全般の師匠は鈴蘭だ。
一朗太一家は、食べることが好きで飲酒はあまりすることは無い。たまに嗜む程度である。
酒を飲む時のツマミと言えば、たいてい塩そのものかカツオブシであったので、夕食を共にすることが多かったコニーには、ツマミにカツオブシを出すことに何ら不思議なことではなかった。
ここ大樹の森の都でもダシ文化は始まったばかりで、住民もその味わいは知っていても、何が旨味の元となるかまでは浸透していない。
「おウドンが伸びない内にお召し上がりくださいね」
女性店主は一礼して、その場を立ち去る。
「そうだな。麺類はすぐにいただかないとな」
男は、うどんの器を手前に引き寄せる。
「カキアゲが乗ってるな。旨そうだ」
男は、かき揚げで隠れているうどんを引き出し、啜ってみる。
男は再び衝撃を味わうこととなった。
(この麺はなんだ!?
なんでこんなにコシがある?
こんなの初めて食べるぞ!)
男にとっての初めての讃岐うどん。
普段のランチタイムで食べる職場近くのうどんとは一線を画す存在感のある麺であった。
(これは参った。
大樹の森の都は元々美食の都だが、このアーケード商店街にある店舗は異常だ!
……そういえば、このアーケード商店街は盟主様が手掛けたと言う噂があったな。
食の神とも謳われる盟主様が手掛けると、その通りにある店舗が皆揃って進化でもするのか?)
確かに、アーケード商店街の店舗の半数は次郎が業種まで指定し、その扱う商品も検分されている。
また、アーケード商店街オープン後、残り半分の出店希望が殺到し、行政庁が選別の任に当たっているが、出店許可はなかなか下ろしてもらえない。
その審査が厳しいのだ。
衣類では、そのデザイン性、機能性、着心地、縫製の確かさまで審査される。
飲食店においては言わずもがな、である。
唯一、食材等素材そのものを販売する店舗は審査が緩い。なぜなら、仕入れ元が国であり、管理がしっかりしているからである。
(うどんに感動してしまったが、カキアゲの方はどうか?)
男は、丼の縁まで広がる大きなかき揚げを箸でつまみ上げ、かぶり付く。
サクッ、ザクッ。
カラッと揚げられた様々な野菜の歯触りが心地好い。
また、うどんのおつゆに浸った部分からダシが染み込み、舌の上で旨味が踊る。
(テンプラとしても上出来。
サクッとしていながら食感の違うものまで一気に味わえる。
野菜も甘くて良いが、小エビの風味も鼻をくすぐる)
細切りにされたゴボウとニンジンがパリッと仕上がり、食感の違うタマネギと椎茸が柔らかさを演出している。また、タマネギとニンジンからは甘味が放出され、それを三つ葉が締める。
そのかき揚げの味わいが残っている内にうどんを啜る。
天ぷらに浸ったおつゆが、その味を一段階引き上げてくれる。
(こんなに旨い店だったのか……。
道理で行列が出来る訳だ)
男はいつも赤提灯の店に行く途中、この店に行列が出来ているのを横目で通り過ぎていた。自分には関係ないと思いつつ。
男は、あっという間にうどんを平らげてしまった。おつゆまで完飲して。
(うむ。まだ入るな。
しかし、ここには梅茶漬けは無さそうだしなぁ。どうしたものか……)
男がどうしたものか、と悩んでいると、女性店主がやって来た。
「やっぱり男性はあっという間に召し上がりますね。
シンさんと同じものをお出しして良いですか?」
「あ、頼む。
ちょうど何か欲しいと思ってたんだ」
「クス……。
では、お出ししますね」
そう言って女性店主が奥へ引っ込むが、すぐに戻ってくる。
「おまちどう様です。
ナットウとごはんです」
女性店主は、白ごはんと納豆、お漬け物、卵の黄身の入った小鉢、刻んだ小ネギを盛った小皿に練りガラシを添え、最後にお茶のお代わりを提供してきた。
「こ、コレは噂に聞くナットウか……」
ある種、大樹の森の都でも好き嫌いが二分すると噂の食材と言われていた納豆。
男は当然食べたことが無い。
ゴクリ。
新しい料理を期待してなのか、はたまた戦いた故なのか。男の喉が鳴る。
「お客様はナットウが初めてなんですね。
うーんと……チーズはお好きですか?」
「え?
いや、まあ、酒のツマミでよく頼むが……」
「匂いの強いものでも?」
「ああ、好きだね」
「なら大丈夫だと思います」
それから、一通りの納豆の食べ方を教え、女性店主が立ち去る。
(噂に聞くナットウとここで出会えるとはな。
まずは、教えられた通りにやってみるか)
男は、大樹の森の都に来てから食で失敗したことが無い経験から、前向きに取り組むようだ。
(最初にナットウをよく混ぜろっと。
おわっ、段々白く粘ってきたぞ。これで良いのか?)
混ぜれば混ぜるほど、発酵食品特有の匂いが淡くなっていく。
カウンター席に置いてあるダシ醤油を滴し、練りガラシと刻みネギを入れ、再び混ぜる。
そして、白ごはんの上に混ぜた納豆を乗せていく。
(おっと、卵を忘れてた)
最後に黄身のみの生卵をその上に。
男は姿勢を正し、納豆ごはんに挑むことにする。
箸で黄身に突き立て、黄身がトロリと流れ落ちていく。
男は、一粒だけ納豆を箸でつまみ上げ、口にしてみた。
(ん……発酵した香りがあるな。
豆は柔らかい。
……大げさに騒ぐほどでもないな)
今度は、全混ぜすることなく、白ごはんごと掬い、口に放り込む。
(………………。
あ! これは白ごはんと一緒に食べるものだったのか!?)
口の中で、発酵した納豆とダシ醤油、そして卵の旨味が広がり、ネギと練りガラシが引き締め、白ごはんがそれらを優しく包み込む。
(ああ、コレは……白ごはんをより美味しくするものなんだ)
男は感動に包まれながらも、納豆ごはんを掻き込むことを止めない。
「店主!
お代わりだ!」
あっという間に一膳を平らげ、立ち上がってまでしてお代わりを要求していた。
厨房内に居た料理人達の視線が集中するが、男は気にする風でもない。
「クスクス……。
お気に召したようで安心しました。
すぐにお持ちしますね」
女性店主がすぐに対応し、準備に掛かる。
(今度は生卵を割ってからダシ醤油を足してみよう。
自分で好みに調整出来るのは良いな。
……と言っても、まだ初心者だ。
これからしばらくは通うことにしよう)
「ありがとうございました♪
またのお越しをお待ちしております」
店員達の明るい声に背中を押され、暖簾を押し上げて店の外に出る男。
(まだまだ知らない食はあるもんだな。
奥が深いってやつか……)
男は、店の看板を見上げながら、口の端を上げた後、アーケード商店街を帰路に向かって歩み始める。
(いや、本当に引っ越そう。西地区に)
赤提灯の店の常連客の男は、納豆は大丈夫だったようです。
作者が納豆を初めて食べたのは、高校の修学旅行。旅館の朝食でした。
同級生達に「無理しなくても良いぞ」と言われながら食べ方を教えてもらいましたが、自分には問題無かったですね。
今も冷蔵庫に常備してます。
作者は、食べ物には特に嫌いなものは無いですね。
ホヤなんかも、大学時代に海水浴しながらその場で採って食べてました。青森の同期に教えてもらいながら、初のホヤでした。
どうやら、変わった味のものは、頭の中で『珍味』という感覚に変換されるようです。
さて、次話は、穀倉地帯の戦いに戻ります。
お楽しみに。




