第19話 ヒルコ
今回は短めです。
ーーーここから三人称ですーーー
大樹の屋敷の会議室。
「ご主人様はお眠りになられました」
後鬼が入室し、扉を閉める。
ここに次郎を除く全員が揃っていた。
「大事ないか?」
前鬼が後鬼に問う。
「ええ。
眠る前に薬湯もお飲みになられましたし、今はもう普通に睡眠されているご様子でした。呼吸も安定しております。
リントが付き添っています」
「それは重畳。主殿もひとまずは安泰か」
力の使い過ぎで自ら消滅していった妖をいくらでも見てきた真神が安堵の息を吐く。
『回復にまだまだ掛かるやもしれません。
問題はまだあります。
主様が抱えているアレを、主様はヒルコと呼ばれていました』
それが伝承にある蛭子であるなら、最初に産み出された神のはず。
伝承が本当なら、最も旧き存在だ。
ただし、記録にそうとあるだけで、誰も知らない存在でもある。
「我も旧き存在だが、知らぬな」
真神も八岐大蛇も八咫烏も一同の中では旧い存在になるが、誰もが知らないという。
伝承の最初に登場するだけで、謎のまま消えていった神。それがヒルコ。
「そんな御大層なモノとは感じにゃかったけどにゃあ。
タマモ、あんたは?」
「あちきも何も感じなかったでありんすねぇ」
「自分も妖とは思えなかった」
神にしろ妖怪にしろ、妖なるものならば、そこには独特の雰囲気があるはず。
誰もそれを感知出来なかったのは不思議な話である。
「伝承にのみ存在がある最も旧き神、か……」
『主様から頂いたお言葉をお伝えします。
「ヒルコはみんなと同じ。家族だ。仲良くするように」との仰せでした』
八咫烏もその通りと言わんばかりにピーピロと鳴く。
念話で次郎と繋がることが出来る二人が言うのだ。その通りなのだろう。
「家族……か。悪くはないな」
前鬼が言うように、妖は家族というものを持ったことが無いのが通常。
前鬼と後鬼が夫婦であるのが珍しい。
「あら、あちきはこんな生意気な妹を持つでありんすか。頭が痛いわぁ」
「あたしもこ~んなに歳の離れたオバサンがお姉ちゃんだなんて、悲しいわ~」
「なにを!」「なによ!」といつものやり取りする二人を慣れた様子で皆が放っておく。
「伝承ならば我も知っている。
産み出されたヒルコは醜く形を成さなかった故に流されたと聞くが、あの姿にそれほど恐れるほどのことも有るまいに」
「永い永い時をかけて今の姿になったのかもしれませんよ?
私達の想像を遥かに越える時を過ごしてきたのでしょうから」
「そもそも、あの姿が本来の姿?」
八岐大蛇の八本の頭が思い思いに傾げる。
いまここで回答の得られない疑問に時をとられても仕方がないと、三々五々に解散していく。
「ま、何にしろ、一番の末っ子はヒルコで決まりにゃ」
「誰よりも歳を重ねているのに?
最初の神でありんすよ」
「何を言ってるにゃ。アレは赤ん坊にゃ」
確かに、アヤメが指摘した赤子というのがしっくりくる。
「赤子ねぇ。可愛がってあげないとダメでありんすね」
いの一番に消滅させようとしていたのをすっかり忘れた二人。
その後、次郎の見舞いの度に代わる代わるヒルコを抱き上げ、あやす二人の姿が数日続いた。
余談
炊事場にて。
「まあまあ、ナターシャ様にもついに春が?」
「ジロー様の妻になるって宣言したらしいわよ」
「ああ、わたしも聞いた聞いた」
「ナターシャさんが相手だとウチの娘がかわいそうね。ことあるごとに「ジロー様と結婚する」ってしっぽを振りまくってたからね~」
エルフと獣人の奥様連中の井戸端会議だ。
今日のネタは次郎の嫁話のようだ。
「あら、10年後はわからないわよ。
獣人の成長は早いのだから」
「そうね~。ウチの娘もあと4~5年もすれば子を産めるようになるし」
先ほどとは別の獣人の主婦も会話に入る。
今日もゆっくりと日が暮れていく。
敵愾心が強かった分、家族となると一転、愛情もひとしおの二人。
自由気ままなアヤメとタマモは、書いていて楽しいキャラです。