第101話 キャベツ騒動
春を迎えようとしているこの時期。
大樹の森の都、お屋敷の執務室。
「後鬼様、少々厄介かもしれません」
少々足早に執務室に駆け込んで来たのは、ヤクト・ダイクンだ。
元ダイクン王国の王族の一員で、アルメリア姫の従兄弟にあたる。
今は文官としてマルチに働いてもらっている。
「何事ですか?」
後鬼が机の前に立つヤクトを見る。
「本日の市場からキャベツのみが売り切れたのです」
「キャベツ?」
「ええ。この時間にも関わらず、です」
時計を見ると、午前11時を過ぎたところだった。
市場は午前9時開店のはずだから、ヤクトの移動時間も考慮して、ものの30~40分ほどで市場のキャベツが売り切れたということになる。
「流行り物や旬の物ならばそういったこともあるでしょうが、キャベツ等の在り来たりのものでこういった現象は珍しく...…他に飛び火しても困りますし、手を打つなら早い方が良かろうと存じます」
「今日の出荷が少な過ぎたということはないの?」
「いえ、定番商品ですので、いつもの定量ですね」
「そう……他に変化はないのね?」
「ええ。他の食料品はだいたい予測値通りの推移を示しています」
「市場で何か噂でもないかしら?」
「買い物客から聞いたのは、何でも痩せるとか」
「はあ? キャベツで痩せる訳ないじゃない。
キャベツにそんな成分が入っていることはありません」
「ですので、不思議で仕様がありません」
「…………」
「…………」
「次郎、どこ行くの!?」
忍び足でそろりそろりとしたところに、後鬼に呼び止められた。
「あー、おトイレに……」
「ついさっき行ったわよね」
「あはは、さっきのは小さい方で、今度は大きい方でもと……」
「いいから、こっちに来なさい!」
渋々後鬼の机に向かう。
前鬼が視界の端で、何やってんだ、おまえは?って顔をしてるのが見えた。
「何をやったの?」
後鬼が指で机をトントンしながら聞いてくる。
「え? 何って何?
僕はキャベツを買い占めたりしないよ」
「あなたはそうでも住民がそうしてるのよ。
いえ、買えない人も出てくるでしょうね。
どういうことかしら?」
「ロールキャベツのブームが来たとか……」
「レシピを公開してません」
「みんなでお好み焼き大会とか……」
「それも公開してません」
「あれ? そうだったっけ?
あとは、あとは……」
「もう、いい加減、吐いたら?」
「あ……えーと……」
「ジロー様。
「キャベツ」と「痩せる」に関連したことに思い当たることはございませんでしょうか?
私共としましては、住民の買いそびれから来る不満も小さい内から摘み取っていきたいと思っております。
延いては、この大樹の森の都の運営も滞りなくしていきたいと願っております」
うっ。真面目なヤクトの言葉が刺さる。
「あー、もしかしてー、あれかなー。
昨日、スライサーの販売を手伝ったんだよねー」
「「「スライサー?」」」
「そう、野菜スライサー」
「それがどうしてこんな事態になるのよ」
「ドワーフ工房で野菜スライサーを作ってもらったんだけど、これがなかなか売れなかったそうで……。
そこで僕に相談があったから少しテコ入れをね、しただけだよ」
「それと痩せることとどう繋がるのよ!」
「まあ、後鬼待て。
まずは、次郎の話を聞こう」
前鬼がドウドウと後鬼を抑える。
「ジロー様はテコ入れと仰いましたが、それはどのようなことをされたのでしょうか?」
ヤクトは冷静だ。
ありがたい。話しやすくなる。
「野菜スライサーの実演販売をしたんだ。
僕がお手本となってさ。
そしたら、面白いように売れてしまって、担当のドワーフが慌てて在庫を取りに行くほどだったんだ」
話をしていく内に興が乗ってきて、実演販売の様子も語っていくようになった。
「ちょいとそこ行く綺麗なお姉さん。
あらぁ、そちらのあなたもこちらのお姉さんも綺麗どころが揃っていらっしゃるじゃありませんか!?
美人に囲まれて、僕ぁ幸せもんです!」
まずは通行人の目を牽くための口上から始める。
無理には呼び止めない。
僕の前に人が居なかろうが、構わず話し続ける。
「取り出したるこちらの道具。
何に見えます?
ほら、そちらのお姉さん」
「え?
……何かしら? 見たことないわ」
「こちらのお姉さんはいかがですか?」
少しスライサーを宙でスライスする仕草をする。
「うーん……なにかを削るのかしら?
カンナみたいに」
「大っ正解!
お姉さん、綺麗なだけじゃなく、鋭いね」
「まあ、お上手ね」
「さて、何を削るのかが問題ですが……」
そこでじゃがいもを取り出す。
「じゃーん!
そう、皆さんご存知のじゃがいもです。
そこの市場で売ってる普通のじゃがいもです。
皆さん、毎日の家事は大変ですよね?
少しでも楽したいじゃありませんか。
そこで、コイツでこうすると……」
じゃがいもの皮にスライサーをあてがい、スライスしていく。
「ほらね。簡単に剥けるでしょ?
スライサーのここの刃の部分が動いて、野菜の形状に合わせてくれるんですよ」
見やすいようにスライサーを前に突き出し、刃の部分をカタカタさせる。
少しずつ、周りの人が寄って来る。
「ほら、ニンジンなんてあっという間に剥けちゃう。
キャベツなんかも……」
ニンジンの皮剥きをした後、まな板の上にキャベツを置き、包丁で二つに切る。
「包丁で切った面にスライサーでスライスすると……面倒だったキャベツの千切りがパッと出来ちゃう」
「楽でいいわね」
「ここで、おまけ情報を一つ。
トンカツにキャベツの千切りは欠かせませんが、トンカツってお肉に油でしょ?
美味しいけど、太るんじゃないかって心配になりません?
ああ、ここにいらっしゃる美人さん達は皆スタイルがよろしいから気にならないかもしれませんが、普通は気になるのです」
「いつも気にしてるわ」
「日々努力よね」
「そんな時は、キャベツ等の野菜を先に口にすると良いんですよ。
その後に美味しいトンカツを頬張ればよろしい。
あくまでも先にキャベツの千切りをワシャワシャと食べてから、トンカツに挑んでくださいね」
「そんなことで痩せれるの!?」
「ええ、空腹の胃や腸は最初に吸収するものを過剰に摂取しますからねぇ。
トンカツなんか最初に放り込んだら、油をガンガン吸収させることになっちゃいます」
炭水化物も同じことが言える。
野菜多めのタンメンなんか、野菜から片付けていってから麺を啜っていけば、比較的太らなくて済む。
「それ、一つもらおうかしら」
「私も欲しい」
「私も」
「はいはーい。
順番にお渡ししますので、並んでくださいねー」
「いやぁ~、飛ぶように売れるとはこのことだって味わったね」
「楽しそうだな」
前鬼が感心したように言った。
「そりゃもう……あいたっ!」
頭に衝撃を受け、頭を押さえて涙目で振り向くと、後鬼が叩きモーション後の姿勢で立っていた。
に、睨んでる。こ、怖い。
「あなたはいつもいつも……」
「え~? 悪いことはしてないよ?」
「影響力を考えなさい!
ここの住民達は純粋なのよ。
キャベツで痩せるなんて誤情報が広まったら、どうするのよ」
「僕はキャベツで痩せるなんて、一言も言ってないよぉ」
「そう連想させる口上と行為をわざと意識してたでしょ」
「心理的誘導ですか」
ヤクトがなにやら考えている。
「とにかく!
市場にも野菜スライサー販売所にも立て札を設置します。
キャベツに痩せる効果は無いって。
ヤクト、悪いけど手配してくれる?」
「かしこまりました。
その前に一つ確認したいことがございます。
ジロー様、野菜摂取を先にすると良いというのは事実ですか?」
「ホントだよ。
太るのは、炭水化物と脂分の過剰摂取が主な原因だからね。
白米や麺類も同じように、野菜を先に口にした方が効果的ではあるね」
頭をさすりさすり、ヤクトの問いに答える。
「それは私のみならず、住民皆知らぬことです。
盟主様ならではの知恵でございますね。
ここ大樹の森の都の生活水準は高く、食に困ることはありません。
食は豊富にあり、かえって太る痩せるなどの一見どうでも良さそうなことも、これから目を配る必要があるかもしれませんね。
立て札は設置します。
正しい情報を正確に記しましょう」
「ああ、それならマンガみたいに絵も添えてね」
「マンガ?」
わからないようなので、ヤクトを僕の執務机まで引っ張って来る。
これで後鬼の攻撃範囲から外れることも出来るね。ラッキー。
その日の夕ごはん。
食道のテーブルの上に山盛りのキャベツの千切りがいくつもそびえ立っていた。
「今日はいっぱい頑張ったにゃ」
「ええ。
でも、この野菜スライサーなるものは、ほんに便利でありんしたね」
「ささっと千切りが出来るのは良いんだけど、ずっと続けてると頭がおかしくにゃりそうだったにゃ」
「仕方ありんせん。
これも痩せるためでありんす」
「そうにゃ。
これでいっぱい痩せれるにゃ」
あ~、え~と……どうしたものかな?
困って前鬼と後鬼を見るが、「ほらご覧なさい」ってあしらわれた。
「二人は痩せる必要ないと思うけど……」
「にゃ!次郎様はデブ専にゃの?」
アヤメはどうして変な現代用語ばっかり使うの!?
「でぶせん?……はわからないでありんすが、おデブさんより痩せてる方が良いでありんしょ?」
「いや、心がキレイならどちらでも構わないかな?」
「「社交辞令ね(にゃ)!」」
何で女の子って、こういう話になると男の言うことに耳を塞ぐかなぁ。
結局、大量のキャベツの千切りは、僕のインベントリに収められることとなりました。
時間経過が止まるからね。
数日間はキャベツの千切りオンパレードになっちゃいますが。
ああ、キャベツの千切りに埋もれてたトンカツは救い出されて、無事にお腹に収められました。
おいしかったです。
ごちそうさまでした。
次郎に"寄せ"の才能があったんですね。
作者もイベントでよくやってました。
あれ、やってみると結構面白いんですよ。
マーケティング理論と心理学に基づいてちゃんとやれば。
次話からは、深森のエルフ編に戻ります。
お楽しみに。




