乙女ゲームの中で出会った二人は
殺風景な部屋の中に、不釣り合いなほど大きく立派な天蓋付きのベッドがある。
その中で眠る少女の髪を、もう一人の少女が優しく撫でていた。さらさら、さらさらと流れる髪を幾度も飽きることなく撫で、少女は嬉しそうな笑みを浮かべる。
どれくらいそうしていただろうか。眠る少女がふと目を開ける。驚きに目を見開き、とっさに跳ね起きようとしたが、力が入らずそのまま崩れ落ちた。
「あら、まだ動けるのね」
「な、なに? ここはどこ? あんたは誰よ!?」
「……やっぱり起きると駄目ね。品性下劣な内面が出てるわ。似ても似つかない」
「なによ! 質問してるんだから答えなさいよ!!」
喚く少女に、淑やかに立ち上がりベッドから離れた少女が軽く礼をする。指先まで神経の行き届いた、優雅で美しい礼だった。
「申し遅れましたわ。私はイザベル、イザベル・ダークレアと申します。あなたの取り巻きをしていた不肖の従兄弟、アドネスの婚約者です」
「……なに? 恨み言でも言おうってワケ? あんたの魅力がないのが悪いんでしょ」
相手が見下していた攻略対象の婚約者とわかり、少女ーーマリアが余裕を取り戻す。なんとかベッドに腰かけたマリアに対し、イザベルはにこりと笑いかけた。
「いえいえ、アドネスのことなどどうでもいいのです。私としては、特に思うところはありませんわ」
「じゃあなによ。あたしを連れ出したのあんたなんでしょ? 言っとくけど、あたしに何かしたら皆黙ってないわよ。皆あたしのことが大好きなんだし、それにあたしは……」
「乙女ゲームの主人公なんだから、でしょう?」
言い当てられ、マリアはぎょっとしてイザベルを見た。
ニコニコ微笑みを絶やさないが、その瞳はあまりにも冷たい。不気味さに身体を無理矢理動かし、後退りする。
今更だが、マリアは周囲の確認をする。ふかふかのベッド以外は何もない、殺風景な部屋だ。ドアがあるのは確認できたが、何故だかうまく動かない身体で脱出するより、イザベルに捕まる方が早いだろう。
それに、ここがどこかもわからない。例えこの部屋から逃げられたとしても、どこに行けばいいのかなどわかるはずもない。じわり、と汗が浮かぶ。
改めてイザベルを観察する。乙女ゲームの絵からそのまま出てきたような、美しい少女だ。
そうだ、乙女ゲーム。そこに出てくる人物だ。そこに行動の理由があるかもしれないと思い、その設定を必死に思い出して、愕然とする。
「あんた、なんで生きてるの……!? とっくに死んでるはずでしょ!?」
「あら、今更そこですの? 存外鈍いのねぇ」
嘆息しながらそう呟くイザベルに、マリアは化物でも見るような目を向けた。
「だって、あんたが生きてるはずないもん! 卒業式にだって出てなかったでしょ!? ……も、もしかして、貴方も転生者?」
「うふふ、よくやく気付いてくださいました? 私としては、目が覚めてすぐに聞かれるかと思っていたのですけど」
くすくす笑うイザベルに馬鹿にされていることに気付き、マリアの顔は怒りに歪む。
そう、イザベルは攻略対象の婚約者ではあるが、途中で退場する存在であった。
ゲームでトゥルーエンドに行くためには、婚約者達に主人公を認めさせる必要がある。だが、その必要とされるステータスは軒並み高い。一周目では、一人に狙いをしぼってアイテム類も駆使して、さらに運が良ければギリギリなんとかなるかもといったレベルで、周回してステータスを引き継ぐことが前提のつくりなのだ。
そこで出てくるのが、イザベルとアドネスの存在だ。
まず前提としてステータスをどれだけ引き継げるかは、エンディングの種類によって決まる。
当然難易度の高いトゥルーエンドが一番引き継げる量が多い。だが、一周目でトゥルーエンドに入るのは至難の業だ。
それの救済措置としてか、トゥルーエンドに入るのが簡単な攻略対象が一人だけ用意されていた。イザベルの婚約者のアドネスだ。
物語の中盤、イザベルは命を落とす。元々魔力量が非常に多かった彼女だが、それを暴走させてしまうのだ。主人公はそれを悲嘆にくれるアドネスから聞くこととなる。
その時にアドネスを慰める選択肢を選べば、好感度がぐんと上がる。その後のイベントをいくつかこなすだけでトゥルーエンドに入るための好感度は簡単に溜まり、婚約者が死んでいるためミニゲームに勝利する必要もない。
狙いの攻略対象のために便利に利用されるお助けキャラ。それがアドネスだったし、その犠牲になるのがイザベルの役目だった。
そういえば、アドネスから婚約者が死んだと聞かされてないことをマリアは思い出した。
その頃にはすっかりマリアに夢中になっていたアドネスの好感度を上げる必要もなかったため、そんなどうでもいいイベントのことなどすっかり忘れていたのだ。
気付いてさえいれば、原作と違うことに違和感を持っていれば、他の転生者の存在に気付けたかもしれないのに!! 死亡回避のために暗躍してることもわかったかもしれないのに!!
憎しみのままに睨みつけてくるマリアの醜悪な顔を、イザベルは嫌そうに見た。
「言っておきますが、私は大したことはしておりませんわよ?」
「嘘つかないでよ! どうせあんたが死にたくないからあたしを陥れたんでしょ!? 原作改変なんかサイテーよ!!」
「……あなたにだけは、言われたくない」
雰囲気が変わった。イザベルの冷気が出そうなほど冷たく凍った瞳の奥に、ギラギラと怒りの炎が見える。殺意さえ籠った視線に、マリアは思わず悲鳴を上げた。
ゆっくりと、イザベルがマリアに近づく。必死に逃げようともがくマリアを、イザベルは先ほど以上の怒りをもって睨んだ。
「私は原作に沿うつもりだったの。あなたっていう異物がマリアの体を使っているのを見るまではね」
「ば、バカ言わないで! そのままだったら死ぬのよ!? それを回避するために動いてたに決まってる!!」
「いいえ? 原作通りに死ぬ予定だったわ。だからちゃんと魔力暴走と見せかけられるように、幼い頃からこっそり魔力を鍛え上げていたの。大変だったのよ」
「は……?」
イザベルが言った言葉が理解できず、マリアはぽかんと口を開ける。
今、この女は何を言った? 原作通りに死ぬ? そのために努力する?
意味が分からない。だって、そうする理由がどこにあるのだ。死や断罪の回避に動くのはわかる。誰だって酷い目に遭うのは嫌だ。それを避けるためにがむしゃらになるのは別におかしなことではない。
だが、死の運命を受け入れて、あまつさえそうなるために努力するなんてまともな神経をしていたら思いつかないことだ。頭がおかしいのではないだろうか。
当然のように言い放ったイザベルの瞳は、怒りに燃えている中でも、妙に澄んでいた。自分の言ったことがおかしいなどと欠片も思っていない、純粋な狂人の瞳だ。
今まで生きていた中で一番の恐怖に襲われ、マリアは動くことすら出来ずに固まる。
理解の出来ない怪物を前にしているようで、うかつに呼吸すら出来ない。何をされるかわからない恐怖に震えることだけが、マリアに許された行動だった。
動かなくなったマリアに満足したのか、イザベルは少し離れたところで立ち止まった。
「ねぇ、原作のイザベルの属性はご存じ?」
「し、知らない……」
「あら、不勉強だこと」
先ほどまでの強気な態度が噓のように、震える声で小さく答えるマリア。
元よりマリアには何も期待していなかったのか、イザベルは気にするそぶりもなく話し始める。
「イザベルの属性はね、闇なの。マリアの光と対になる属性よ。闇も希少属性なんだけど、忌み嫌われているのよね」
「闇……? そんなの聞いたことない」
「闇属性に産まれたとしても、皆隠しているもの。当たり前よ。光属性は癒しや浄化、植物の成長促進など、言わば生を司る力だけど、闇はその逆。死を司る力よ。出来ることは呪術とか命を奪うこととか、後は破壊とか? とにかく物騒なイメージがあるから、嫌われやすいの。昔は闇属性とわかった時点で殺されていたそうよ」
原作のイザベルは闇属性を嫌がって隠していたせいで、うまく制御出来ずに暴走させてしまったのだ。
「勿体ないわよね。便利に使える属性なのに」
例えば、人を呪術で操り特定の人物に近づくように仕向けたり。例えば、惚れ薬を強化して依存性を増してみたり。例えば、闇に紛れる使い魔を作って、お偉方達の秘密を握ってみたり。
「誰にも知られたくない秘密があるもの。罪人を死刑にしたことにして貰い受けたり、色々便宜を図ってもらえて助かってるわ」
「……待って、乙女ゲームのイベントと同じように皆と出会ったのは……」
「私が誘導したのよ。ゲーム通りに動いてもらう方が都合がよかったから」
顔を青ざめさせるマリアに、イザベルがにこりと微笑む。
現実では、王族や高位貴族が例え希少属性の持ち主であろうとわざわざ平民に近づくなんてありえない。だからイザベルが少し誘導してあげたのだ。
「薬も使ってもらえて助かったわ。好感度のあがる薬なんて怪しいもの、使わないかと思っていたから」
ゲームではアイテムショップでステータスが上がりやすくなる薬や好感度が上がりやすくなる薬など、様々なお助けアイテムを売っていた。
現実であれば怪しい事この上ないそんな薬を、マリアは何も考えずに攻略対象達に使っていた。
好感度マックスになったと確信するまで、それこそ卒業パーティーでエスコートを申し込まれるまでずっと。
「効果を強めたりしたけれど、あれだけ使うのだったら意味がなかったわね。というかあなた、貴族や、ましてや王族に薬を盛るなんて随分勇気がおありね。私が誤魔化さなかったらとっくの昔に捕まっていたわよ?」
「だって、だって、ゲームでは問題なかった……」
「そうね、ゲームではね。でも、ゲームにはそもそも逆ハールートなんてないでしょう? そういった原作では出来なかった行動が出来ることに、違和感はなかったの? なんで自分に都合のいいところだけ原作通りと思い込んでいるのかしら」
「え……」
そういえば、マリア自身が一番原作にないことをしていた。いじめられたふりをしたり、逆ハールートを目指してみたり。
それが出来ることに違和感なんてなかった。だってヒロインなのだし、マリアは前世の記憶もある特別な存在なのだ。それくらい出来てもおかしくない。そう思っていた。思い込んでいたのだ。
「まさか、私も操って……!?」
「いいえ? あなたには何もしていないわ。攻略対象達も操ったのは最初だけ。薬だって気分が良くなって会った人を魅力的に感じるだけのものだもの。出会った後もあなたのもとに通い続けたのは彼らの意思よ。私はお膳立てしただけで、彼らを落としたのはあなた。見事な手腕で感心したわ」
褒められるとは思っていなくて、マリアは困惑した。
イザベルのことがますますわからなくなる。ゲームの通り攻略対象達と会えるように仕向けたり、薬の使用を誤魔化したり、まるでマリアをサポートするような行動ばかりだ。だが、マリアのために動いていると思うには、その目や態度が冷たすぎる。
どう考えても、今までの行動でイザベルに得なことなどないように思える。全く目的がわからないのだ。
「目的がわからないって顔かしら」
言い当てられて怯むマリアに、イザベルは優しく微笑んでみせる。
「簡単なことよ。許せなかったの」
「許せない……?」
「えぇ、あなたと、攻略対象を。あなたはマリアの体を使っているだけの別の人間だわ。それなのに、彼らは容易くあなたに惚れてしまった。ゲームと同じ状況で同じ台詞だったとしても、本心から言っているマリアと猿真似してるだけのあなたでは全然違うのにね?」
ニコニコ微笑むイザベルだが、その怒りを表すように、身体から魔力がにじみ出てくる。闇が部屋に満たされていき、その圧力でベッドが軋んだ音を立てた。
マリアがなんとか光の魔力で対抗しようとするが、ろくな修行もしなかったせいで、精々ベッドの中に闇が侵食できないようにするくらいしか出来なかった。
「彼らに言い寄ってもマリアじゃないあなたは相手にもされないと思っていた。不敬罪で断罪されるか、それとも爪弾きにされるかだと信じていたわ。
なのに……なのに、彼らは受け入れた! 薄っぺらいあなたの演技に騙された!! 自分の望む台詞を吐くなら誰でもよかったとでも!? マリアの思いではなく、その容姿に、都合のよさに惹かれていたとでもいうの!?
……そんなの、マリアへの侮辱でしかない。そう思わないかしら」
怒り狂ったかと思ったら、静かに問いかけてくるイザベルがマリアは恐ろしかった。
ずっと溢れて止まらない闇が周囲を満たし続ける。マリアにはもう対抗できないくらいで、自分の周囲に入ってこないよう必死になって魔力を絞り出すしかない。
部屋の中はもうほとんど何も見えない。ベッドの端すらわからないほどだ。
その中でも何故かイザベルだけはしっかりと見える。怒りに爛々と輝く瞳はこの世のものとは思えないほど美しかった。
「本当は彼らには何かするつもりもなかったのだけど、どうしても許せなくって。だから、あなたと一緒に破滅してもらうことにしたの。いくらあなたが好きだからって、なんら悪いことをしていない婚約者に公衆の面前で婚約破棄をいいつけるような人間で、少しでも調べればわかるようなあなたの稚拙な嘘に騙される愚か者だし、毒見もなしでもらった物を食べる粗忽者ですもの。どうせ遅かれ早かれ破滅するわ。私は、それを自分の都合のいいタイミングに変えただけ」
妖艶に微笑むイザベルに返事をする余裕すらない。マリアの魔力は尽きかけていて、今ではもう弱々しい光がうっすら全身を包んでいるだけだ。
「頭の弱いあなたでももうわかっているわよね? 私は、マリアを、この世の何よりも愛しているの。優しくて健気で愛らしくて思いやりがあって、そして皆のために立ち向かえる高潔な精神まで持ち合わせている。こんなに素晴らしい人はいないわ」
頬を手でおさえ、うっとり語るイザベル。原作のマリアに思いを馳せているのか、恋する乙女のような表情だった。
見ているだけで幸せとでも言いたげな、この世の幸せをすべて詰め込んだような微笑みを向けられ、こんな状況だというのにマリアも一瞬見惚れてしまった。
そんな幸福そのもののような表情から、一転して憎々し気にマリアを睨みつけるイザベル。あまりの落差に怯むマリアを気にも留めず、イザベルはさらに目線を険しくした。
「……ねぇ、だから、あなたを見た時の私の気持ちわかるかしら。わかるわけないわよねぇ。
私は本当にマリアのためなら死ぬのも怖くなかった。少しの間一緒の学園に通えるだけで、その姿を見つめられるだけで十分だと思っていたの! こちらの存在を知らなくていい! マリアの幸せの礎になれるなんて本当に幸運だと、幸せだと、そう思っていたの……!!」
イザベルの激情に呼応して、さらに魔力が荒れ狂う。
もうどうにもならないと開き直ったマリアは、嘲笑を浮かべてみせる。
「知らないわよそんなこと、この狂人が! マリアはもうあたしなの! 残念ね、そんなに大好きな相手と会えなくって!」
イザベルの表情が消える。
燃え滾る憎悪も何もかもなくしたその顔は、先ほど以上の恐怖を感じさせた。
「あはは、ざまぁみろ! そんだけ愛した相手に会えなくてどんな気持ち? そうだ、あたしに尽くせばマリアのふりをしてあけてもいいわよ? 『イザベルさん、もうやめてください!』ってね!」
破れかぶれになって叫ぶマリアをただじっと見るイザベル。
その時、ついにマリアの魔力が切れた。途端に部屋が漆黒に包まれる。イザベルの姿さえ見えなくなり、マリアはこの隙になんとか逃げられないかと動こうとする。
「ぐ、がぁあぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁあ!!?」
不意に、マリアの全身を耐え難い痛みが襲う。
全身の皮も、爪も、すべてはがされていくような痛み。神経という神経に針でも刺されているようだった。あまりの痛みにのたうち回り、獣じみた悲鳴をあげるマリアに、闇から現れたイザベルが少し慌てた様子でマリアを見る。
「想定してたより苦痛の度合いが強いわ……。おかしいわね。術式を見直さないと」
いつの間にか、ベッドの下には禍々しく光る魔法陣が現れていた。イザベルの放出された魔力を吸い、より輝きを増そうとしていた魔法陣にイザベルが何かすると途端にマリアの苦痛が消える。
荒い息をつくマリアの横で、魔法陣を見ながらぶつぶつ何か呟いていたイザベルが、納得したように頷いた。
「身体の保護を手厚くした反動で、魂にむき身の苦痛がいくようになってるのね。うーん、やはり廃人の実験体だけでは不足だったかしら。都合のいい死刑囚さえいればな……。うん、でも、術式が間違っていたわけではないし、もうほとんど動けないだろうし大丈夫かしら」
「ちょっと、待ちなさいよ……。あんた、あたしに何したの……」
必死に問いかけるマリアに、イザベルが面倒そうな顔をした。
「もう時間稼ぎも終わったし、話す必要性を感じないけど……。そうね、執着を減らしておくのはありかもしれない」
指一本動かせないマリアは必死に状況を把握しようとしていた。先ほどまでの苦痛は一瞬でも耐えられるものではなかった。原因はおそらくイザベルと、魔法陣だ。だがそれ以上のことはわからない。
イザベルに説明させてなんとか解決の糸口を探すしかなかった。
「私の闇属性は死を司ると言ったでしょう? なら、魂も扱えるのではないかと思ったの。私が転生している以上、魂は存在するはずだもの。
呪術を学ぶうちに、これは魂に作用する力だと気付いてからは早かったわ。もし万が一私以外の転生者がいた時の対策として、魂を剥がす術を作ったのよ」
嬉しそうに喋るイザベルに、マリアは理解が追い付かなかった。
「そもそも私達が転生した体に元々宿っているはずの魂はどうなったかとか考えなかったの? 私の場合は生まれた瞬間から私だったし、ちゃんと他の魂がいないか調べたから、弾かれた魂は他の体で生まれているはずだけど。あなたは違うでしょう? 入学式の日まで、マリアはマリアだったもの」
「なんで入学式の日だって……」
「だってマリアのことはずぅっと見ていたもの。わからないわけないでしょう。あなたになってからもずっと見てたわ」
さらりとそういうイザベル。堂々とした発言にやましさは一切なかった。
あまりの発言にマリアは鳥肌が立つのを感じる。
「気持ち悪い……」
「あら、私だってあなたのことは好きで見てたわけではないわ。マリアの体に変なことをされては困るもの。周りにあれだけ男を侍らせておいて、何にもないのをおかしいとは思わなかった?」
そんなこと考えたこともなかった。だが、思い返せば原作のスチルにはキスシーンなどもあったのに、そういった接触は一切なかった。いい雰囲気になったこともあったけど、そういう時はどこからか邪魔が入ったのだ。まさかそれもすべてイザベルが手配していたのだろうか。
そういえば、嫌がらせの工作をする際に、体に傷がつくような行動はいつも失敗していた。階段から落ちようとした時も、何回か挑戦したがその度に誰かに助けられたりして出来なかったのだ。
知らないうちにずっと見張られていたことに生理的な嫌悪を感じるマリアなど眼中にないのか、イザベルは話し続けた。
「そんなことより、マリアの魂の話よ。マリアの魂は今もあなたの中にあるの。可哀想に、あなたが無理矢理入ってきた衝撃で奥に追いやられて、ずっと眠っているの。だからあなたがマリアの体を使えていたのよ。
先ほどあなた達を許せなかったと言ったのもまぁ嘘ではないけど、どうでもいいことよ。私の一番の目的は、マリアに体を返してあげること。あなたの魂を剥がしてしまえば、マリアは目覚めるはずなの」
そういうイザベルは目を輝かせて笑っていた。言ってる内容を知らなければ、皆見惚れてしまうような、そんな純粋無垢な笑みだった。
「中々大変だったわよ? あなたを捕まえるの。攻略対象達から煙たがられて学園に居づらくなってもらって、消えてもおかしくない状況にしようと思っていたのに、あっさり攻略できてしまうし……。誤算だったわ。卒業パーティーでの断罪を企んでくれて本当に助かったの。あれで揉み消し出来ない醜聞を作れたから、平民であるあなたに罪を全部押し付けて大罪人に出来たのよね」
マリアは必死にイザベルの言葉を理解しようとした。転生して乙女ゲームのヒロインになって、現実ではいなかったようなイケメンにちやほやされるのが楽しくて、元々のマリアがどうなったなど考えたこともなかった。というか、自分がマリアで転生前の記憶を思い出しただけだと思っていたのだ。マリアの体を乗っ取っていたなんてそんなこと知らない。
それにマリアを捕まえる? 消えるとか大罪人にするとか、なんとも物騒な話だ。まるで、二度と表に出れない存在にしようとしているよう。マリアの全身を怖気が襲った。
思えば先ほどの痛みは命の危機を覚えるほどのものだった。当たり前だ。
定着している魂を剥がすのだ。その抵抗をすべて魂に押し付けているのなら、あの痛みも当然だろう。文字通り命の危機なのだから。
そうだ、もしこの体から剝がされたら。その時は
「そしたら、あたしはどうなるの……?」
「知らないわ。マリアの体には絶対戻さないから、また転生するんじゃない?」
興味なさそうに、イザベルはさらりとそう言った。
だが、それはつまり、死ぬということではないだろうか。
血の気が引くマリアのことなどーーいや、正確に言えばマリアの体に居座る異物のことなど気にも留めず、イザベルは術式を再度発動させようとする。
「や、やめて……! なんでもする、今までの事だって謝る!! だから助けて!!」
ひきつった声で叫ぶマリアの体を使う邪魔者に、イザベルは不思議そうに首を傾げた。
「謝られても困るのだけど……。なんでもするっていうなら、早くマリアに体を返して下さる? 私の望みはそれだけだもの」
それだけ言うと、イザベルはあっさりと術式を発動させた。
途端に全身をこの世の物とは思えない痛みが襲い、マリアは悲鳴をあげた。
今ならわかる。これは魂を体から無理矢理引き剥がされる痛みだ。
剝き出しの魂が引き千切られ、端から消えていく。体という入れ物を失った魂が存在を保てずボロボロ崩れていくのだ。自分が消えていく恐怖に泣き叫び、必死に体に縋りつこうとすればさらなる痛みに襲われる。それでも必死になって体に残ろうとするが、無理矢理に剝がされる力の方が強い。しばらく抗っていったが、不意に引き剝がす力が増したかと思うと、聞き覚えのある声がした。
『マリア、ずっと一緒だって約束したよね。迎えに来たよ』
これは、攻略対象の声? ひび割れて、幾重にも重なったように聞こえる声はあまりにも不気味だった。
そういえば、さっきイザベルは廃人の実験体と言っていた。それって、まさか。
マリアが考えているうちにも、どんどん力は強くなる。
一塊になった攻略対象達の魂に、剥がされた先から吸収されているのを感じる。悲鳴をあげたくても、もう指の一本すら動かせない。
嫌、助けて、という最期の声は、誰にも聞かれることなく消えた。
「あなたには感謝もしているのよ。マリアを手に入れると決めたのは、あなたのおかげだもの。もしあなたがいなければ私は原作通り死んでいたのだから、命の恩人と言ってもいいかもね? そう考えるとお礼を言うべきね。ありがとう、転生してくれて。
……あら、もう聞こえてないかしら」
乙女ゲーム物書きたいなーと思って、試しに金○のコルダやってみたんですよ。
推しが主人公になりました。いや可愛いし芯が強いし最高じゃないですか……!?
塩対応のイケメンにワレコラ主人公ちゃんの何が不満なんじゃとぶちギレた時点で、乙女ゲーム向いてないのではと悟りました。
ステータス伸ばす方が楽しかったんですよね……。ずっと練習して最強の主人公にしてました。
それで主人公を愛してやまない人の転生した話とか面白そうと書いたら、思ってたのと違う仕上がりに。
滅茶苦茶ヤンデレやんけ!?
あとは乙女ゲームのヒロインの子視点で〆です。難航中……。