乙女ゲームのヒロインになった子
大好きな乙女ゲームに転生して、あたしは有頂天だった。
前世を思い出したのは、乙女ゲーム開幕の合図でもある入学式の当日の朝だった。
何度も見た主人公、マリアの部屋のスチルと一緒だったし、鏡に映った姿はマリアそのものだったからピンときた。あぁ、あのゲームに転生したんだって!
急いで日付を確認すると、入学式の日だったからあたしは慌てて用意して部屋を飛び出した。
そこからは何回もやったゲームと同じ展開で、思わず笑っちゃった。攻略対象の皆との出会いイベントも問題なくこなせたし、どうやったらいいかわかってるんだから攻略するのも簡単だった。
目指すは原作になかった逆ハールートだ。攻略対象は皆好きだし、一人なんて選べないもん。そもそも原作に逆ハールートないのがおかしいのよね。そこは当然用意しておくべきじゃない?
転生した日までのマリアの記憶はないけど、常識やらなんやらはあたしの前世とそんなに変わらないし、ゲームの知識があるから苦労はしなかった。むしろ、少し変なことをしてしまっても天然で可愛いと褒められるくらいだ。男ってちょっと天然で隙のある女の方が好きだもんね。
順調にイベントも進み、攻略対象達の好感度は上がっていっている。あたしはゲームになかった逆ハールートへの道を着々と進んでいた。
少しだけアイテムとか使ってずるしたのは内緒だ。原作だと回数制限とかあって邪魔くさかったけど、今はそんな制限ないから好感度あげるアイテムもいっぱい使えるし楽勝だった。
ちょっと問題なのは、攻略対象達の婚約者かな。ゲームにおいては彼女達はお邪魔キャラでありお助けキャラだった。ミニゲームで彼女達を打ち負かすのがトゥルーエンドの条件なのだ。
勝ったら、自分より主人公の方が優れていると認めて婚約を解消し、アイテムをくれたり攻略対象の秘密を教えてくれたりする。その後は出番なしだ。
あたしあんまりこの展開好きじゃなかったのよね。散々嫌味言ってきたりしたのに、罰もなんもないの? て。
それにミニゲームはそれぞれの婚約者ごとに違ってて、必要ステータスもそれぞれ違ってめんどかった。正直いらない要素だと思うし、SNSでもぼろくそに言ってやった。
今も攻略対象達の好感度をあげていると、しゃしゃり出てきて邪魔してくるのが本当に面倒でうんざりする。婚約者対策でステータスを上げるにも、ゲームでは授業を受けるだけで上がったはずのステータスは、表示できないから伸びてるか全然わかんない。まぁ、全員に対応するなんて無理なんだから元々そんなに気にしてないけど。
ミニゲームでは勝てないから、今は攻略対象達に泣きついて婚約者への不信感を育ててもらってる。ゲームでは婚約は話し合いで解消だったけど、か弱いあたしをいじめてるんだから破棄くらいしてもらわないとね?
今んところごちゃごちゃ言って来るだけで危害加えてこないんだよなー。ちょっと弱いから、こっそり教科書を破いたり水をかぶったりして、攻略対象達に見てもらった。
「なんてことだ……! 誰がこんなひどいことを!!」
「あ、違うの! 私がドジしちゃっただけなの! えへへ、見苦しいところ見せてごめんなさい……」
「本当か? とてもそうは見えないが……」
「大丈夫。心配しないで。皆と一緒にいれるなら、どんなことだって平気だもん」
「マリア……。あぁ、なんて健気なんだ……」
イベントの進捗具合的に、もう皆好感度マックスに近いはず。そんな状態だから健気に笑ってみせるだけで、皆感動したようにあたしを見てくる。ちょろいもんだ。
その後も婚約者から色々言われているところを助けてもらったり、嫌がらせを受けて泣く姿を見せつけたりしていると、よく攻略対象達と婚約者達が口論している姿を見かけるようになった。着々と険悪な関係になっていくのにニヤニヤが止まらない。
特に攻略対象の王子が怒っていて、婚約破棄後に婚約者を国外追放にするって言うのを宥めて修道院送りに変えてもらった。なんて健気で優しいんだと皆からチヤホヤされてとってもいい気分になれた。
だって国外に行かれたら、その後のみじめな姿が見れないじゃない?
王子の婚約者という最高の地位にいたのに、底辺の修道院で必死で働かなきゃいけないなんて滑稽で笑える。それを見れないなんて勿体ない!
そうだ、他の婚約者達も同じとこに入れてもらって、たまに見に行くのいいかもしれないな。皆から愛されて輝くあたしを見せつけてさらにみじめにしてやるのだ。絶対楽しい。
近くで評判の悪い修道院探しとかないと。
出来ればスケベ親父がいるとこがいいなー。貴族令嬢として育ったお嬢様達だ。純潔をそんな相手に奪われるなんて考えたこともないだろう。
あはっ! あたしを敵に回したのが悪いのよ。主人公の邪魔をする悪役なんだから、それくらいの報復は覚悟してもらわないとね?
乙女ゲームの期間は一年間。もうすぐ最後の大きなイベント、卒業パーティーがある。
ゲームではそこにエスコートしてもらう相手とルートが確定する。全員にエスコートを申し込まれたけど、逆ハールートを目指すあたしとしては誰かを選ぶことは出来ない。
ちょっと異例だけど全員にエスコートしてもらうことにした。この頃にはゲーム以上に皆あたしにメロメロで、離れるなんて考えられない状態になっていた。むしろ誰かを選ばず皆一緒に扱ってくれるなんて、女神のようだとチヤホヤされたくらいだ。皆とずっと一緒にいると約束するとさらに喜んでくれて、色々とプレゼントまでもらっちゃった。
あぁ、パーティーが楽しみ! ドレスもアクセサリーも皆に最高のものを用意してもらった。ゲームで主人公が着てたのはあんまり好みじゃなかったから、もっとゴージャスなものだ。
攻略対象達はそこで婚約破棄を言い渡すと息巻いている。まぁあたしが誘導したんだけどね。晴れの場での宣言の方が面白そうだし。
あたしに最高に似合うドレスで、鬱陶しい婚約者達を見下すのが待ちきれない。
「マリアに対する数々の行い、見過ごすことは出来ない!! 婚約を破棄する!!」
攻略対象達に守られながら、惨めに婚約破棄される婚約者達を見るのは本当に楽しかった。
どんな顔をしてるかこっそり見たら、冷静を装っててつまらなかった。もっと慌てふためきなさいよね。
……でも、楽しかったのはそこまでだった。
婚約者達はあたしへのいじめを否定した。証拠まで揃っていて、不利になったのはこちら側だ。
暴言を吐かれたのは本当なのになんで! こんなのおかしい! 当たり前のことを言ってるだけって何!? あたしの振る舞いの方が非常識!? そんなわけないでしょ! あたしは主人公なのよ!? 何をしても許されるに決まってる!!
あたしが怒っている間にも、事態はどんどん悪くなっていく。
攻略対象達は違法な薬物を使われて、廃人になっているとされた。あたしそんなの知らない。好感度を上げやすくする薬は使ったけど、違法なんて聞いてない! だって、ゲームではそんなの言ってなかった!!
あたし悪いことなんてしてないわ!? そう訴えても、いつの間にかいた騎士達に捕らえられ、あたしは汚い牢屋に入れられた。
なんで、どうして、そう嘆いても誰も助けてくれない。
かぴかぴのパンと薄いスープという食事に文句を言っても無言で下げられるだけ。空腹に耐えかねたあたしは渋々それを口にした。本当に不味かった。パンは硬くて歯が欠けるかと思ったし、スープもほとんど味がしなくてなんか苦いし冷めてるしで最悪だった。
寝床もふかふかのベッドではなく、薄い毛布だけ。床が固くて寝た気になれない。
せめてもっといい部屋にしなさいよ! あまりの屈辱に涙が出た。
ヒロインになんでこんなことが出来るの!? 絶対おかしいとどれだけ訴えても、誰も相手にしてくれない。乱暴な奴だと静かにしないと牢を蹴ってくる。段々気力が萎えて、あたしは大人しくなっていった。
どれだけそうしていただろうか。これからどうなるのかわからず震えることしか出来ないあたしだったが、救いの手は差し伸べられた。
急に鍵が開けられたと思ったら、牢屋から連れ出されたのだ。
身なりのいい執事やメイドに甲斐甲斐しく面倒をみられながら、あれよあれよという間に馬車に乗せられる。
あぁ、よかった。攻略対象の誰かが助けてくれたのかな? それともあたしは悪くないってわかったのかも! もしかしたら隠し攻略対象とかかもしれない。
そんなのいなかったと思うけど、原作にない逆ハールートが出来たのだ。可憐なあたしに魅せられたイケメンがいてもおかしくないわよね。
そうだ、あたしをこんな目にあわせた婚約者達には、たっぷりお礼してあげないとだわ。少なくとも、同じように牢屋には入ってもらわなきゃ。修道院で我慢してあげようと思ってたけど、生意気にも反抗してきたのだからもっと酷いところに入れてやろうかな。娼館とかいいかもしれない。
すっかり安心して、あれこれ考えながらふと気付く。この馬車、どこに向かってるの?
誰かに聞こうにも、一緒に乗ってる人はいない。
まぁ、いいか。あたしを助けてくれた人なんだから、悪いようにはしないでしょ。そう思うと疲れきった体をふかふかの座席に委ねる。なんだかすごくいい匂いがする。安心するような優しい香りだ。
それにしても、やたらと眠い。色々あって疲れたからか、抗えない眠気が襲ってきて、あたしはそのまま意識を手放した。