乙女ゲームに転生した子
乙女ゲーム転生書こうとしたら滅茶苦茶長くなってしまった……。
ゆるふわ世界観なのでお手柔らかにお願いします。
自分が転生したと気付いたのは生まれてすぐのこと。
少し成長して、ここが『花咲く季節に、君と』という乙女ゲームの世界だと気付いた時には歓喜した。
私は前世でこのゲームが大好きだった。好きで好きでたまらないキャラが居たのだ。
出会ったのは人生どん底で、何もかもうまくいかなかった時期だった。
親に先立たれ、職場は首になってしまった。
未来への希望も生きる気力もなくて、毎日どう死ぬかを考えていた、そんな時になんとなくパッケージが目に留まり、このゲームを買ったのだ。
初めは暇つぶしにぼーっとやっていただけだったが、あるキャラの魅力に気付いてからは転がり落ちるようにドハマりした。
困難に立ち向かう勇敢さ、すべてを包み込むような優しさ。でもお人好しでちょっとおちょこっちょい。聖人のような美徳を持ち合わせながらも人間味に溢れている、そんなキャラだった。
うまくいかないと嘆く相手を叱咤激励しているシーンでは、その思いやりと気遣いに満ちた言葉に、自分も励まされているようで号泣してしまった。
そのキャラのおかげで私は立ち直れたのだ。
家族の死に向き合い、前よりいい会社に再就職できた。
もし立ち直れてなかったら、引きこもりにでもなり、その内孤独死していただろう。そう考えるとますます好きになり、のめり込んでいった。
人生を変えてくれたそのキャラが本当に大好きで、一目見たくて、少しでも時間があればすぐにそのゲームをやり始めるほどに愛していた。何度も何度も、それこそ繰り返しすぎて台詞をすべて暗記しても、なおやり込むほどに大好きだった。もはや崇拝していたと言ってもいい。
そんなキャラがいる世界に転生できたのだ。あまりの喜びに、叫び出さないようにするのがやっとだった。だって、あの方と同じ世界で生きられるのだ! それだけで世界が輝くようだった。
しかも私は登場人物ではあるが、悪役令嬢というわけでもない。
それほど出番のない、半ばモブのようなキャラだった。
前世で読んだ悪役令嬢物のように断罪回避に動く必要もなく、そもそも私に原作に逆らって世界を変える意思などなかった。もしそれで愛してやまないあの方に何かあったらどうするのだ。自分がどうなるかより、それが何より恐ろしかった。
だから、私は原作が始まるまでほとんど何もしなかった。少しだけやったことはあったけれど、私以外に影響のないよう細心の注意を払ったおかげで、恙なく過ごせたと思う。
『花咲く季節に、君と』は学園を題材にした乙女ゲームだ。
ある日急に超希少な光魔法に目覚めた主人公が、国一番の魔法学園に入り、恋に勉強にと頑張るストーリーとなっている。
基本的に魔法が使えるのは貴族が多いとはいえ、平民でも使える者はいる。攻略対象には王族から平民まで居たはずだ。そんな攻略対象達とイベントをこなしたり、一生懸命勉強してステータスを伸ばすのが主なゲーム内容だ。
私も魔法が使えるため、同じ学園に入ることとなる。というより、上の学年なのですでに入学している。
そして、今日は入学式。主人公が学園に入学してくる日だ。
私はこっそりと主人公の様子を窺うべく、入口近くに隠れていた。
学園の正門に立つ、桜のような花を咲かせる大木に主人公が見惚れ、これからの学園生活に思いを巡らすのが始まりのシーンとなる。
その通りになるか、念のため確かめに来たのだ。
しばらく待っていると、主人公がやってくる。ここまでは原作通りだった。
だが、彼女が大木を見上げ浮かべたのは、原作通りの期待と不安で頬を赤くする可憐な表情ではない。邪悪としか言いようのない笑みだった。
「やったわ……! ここはやっぱりあの世界なのね! ふふ、まさか主人公になれるなんて夢みたい。やっぱり逆ハー目指そうかな。原作には逆ハールートなかったからつまらなかったのよね」
聞こえた言葉に耳を疑う。
まだぶつぶつ呟きながら歩いていく主人公のはずの人物を呆然と見送った。
信じられなかった、有り得ないと思った。だが、楽し気に歩いていく後姿は、私の知っている主人公では絶対になかった。
懸念があったのだ。私という存在が転生してきているのだから、他にも転生者が居てもおかしくない。
主人公や攻略対象、その婚約者に転生者がいないか、少し心配だったのだ。
もし転生者が居て、世界を変えようとしたら。大切なあの方に影響が出たら。
「……ふふっ、はは、アハハ!」
……その時は、私も好き勝手しようと決めていた。原作に従うなら絶対に手に入るはずのないあの方に手を伸ばして、手に入れようと決めていたのだ。
だって、私以外が好き勝手しているのに、一人だけ我慢する意味ないじゃない? 原作が崩壊し、あの方にも影響が出ると決まっているのなら、私が望み通りに動いたって咎められる筋合はない。
内心期待してこの始まりの場所に来ていたのかもしれない。勿論原作を変えるつもりがなかったというのは本心だ。だけど、もしかしたら、愛して止まない人が手に入るかもしれないのだ。その可能性はとても甘美で、魅惑的だった。
思わず出た笑いは、絶望なのか歓喜なのか、自分にもわからなかった。
周囲に人はいないとはいえ、声を出してしまったのは失態だった。
すぐにでも動かなければ。あの方を手に入れることは今のままでは出来ないのだから。
これから打つ手をあれこれ考えながら、私は静かにその場を立ち去った。