勇者の排除
それは満月の夜だった。
王宮のテラスにはレリルと王様の他に人影はなかった。
「勇者を抹殺せよ」
レリルは王様の言葉に拳を握りしめた。
どうにか強ばった喉を開いて理由を聞くことが精一杯だった。
「お前が一番近くで見ていたのだから分かるだろう。邪神を単身で打ち倒す力。その剣先が我々に向かぬという保証はないのだ」
それ以上の言葉はなかった。
王様はテラスから見える王都の街明かりを眺めて、そこから目をそらさなかった。
レリルには、月光に照らされているはずの王様の双眸がひどく暗く見えた。
たとえ何があってもその決意は変わらないのだろう。
レリルはその夜の内に、勇者の邸宅へと向かった。
「なん……でだよ」
深々と突き刺さったそれは、レリルの手によって引き抜かれた。
勇者の白い洋服が鮮血で染められていく。
その剣は彼の腰には下げられていない。
その鎧は彼の身体をまとってはいない。
神から授かったという邪神をも凌駕した力は、彼の身体から抜け落ちていくようだった。
勇者は膝から崩れ落ち、眼前に広がる光景に目を見開いてか細いうめき声を上げていた。
旧友の突然の訪問に、彼はなにを思ったのだろうか。
レリルは考えることを止めた。口をつぐみ、お腹からこみ上げてくる胃液を吐かないようにこらえた。
その時間は長くは続かなかった。
全てが終わるのを見届けたレリルが勇者の家を出たとき、満月は未だ夜空に浮かんでいた。
その眩い光りに目を背けた。
「ごめんなさい。王様の願いなのよ」
顔を上げると、婚約者の哀れむような顔が見えた。
勇者の暗殺から約一ヶ月が経った頃だった。
どうやら卓上に並ぶ豪勢な料理のどれかに毒を仕込まれたらしいと悟った。
口封じのためだろう。
わざわざ言わなくてもいいのに。
レリルは律儀な婚約者に見送られて床に伏せた。
愛する者に殺されたと知らずに死ねたのならどれほど良かっただろうか。
その胸の苦しみが、勇者の最後を思い出して、反芻するように全身に駆け巡った。
これは罰なのだ。
レリルは朦朧とする意識の中で婚約者を哀れんだ。
自分のせいで彼女を血の連鎖に巻き込んでしまった。きっと実家のことで脅されての行いなのだろう。
しかし彼女もまた口封じのために殺されてしまう。
レリルは絶命した。
しかし不思議なことに意識ははっきりとしていた。
目の前には自分自身の肉体が横臥している。
何が起こっているのか。
理解するのには時間が必要だった。
レリルが鏡を確かめた時、そこに写っていたのは、自分を殺したはずの婚約者だった。