第四話 私だけではなかった
心臓に悪い授業を乗り越え、昼休みとなる。
私は普段から教室で堂々とボッチ飯をキメているが、今日ばかりは隣の席に集まる耳障りな連中を避けるべく席を離れることにする。
「あ、待ってよ日葵ちゃん、僕も行く」
「っ!?」
既に小石川君目当てで人が集まりつつあるこの状況で、堂々と私についてくると言い放つとか、一体どんなメンタルしてるの!?
小石川君の前では常に笑顔を作っていた神田さんでさえ、流石に少し顔を引きつらせている。
確実にまた面倒なことになりそうではあるのだが、一矢報いたような気分になり少しスカッとしてしまった。
我ながら性格が悪いと思うが、普段からあれだけ敵意を向けられていれば性格が歪むのも無理はない……ということにしておこう。
◇
「もしかして、日葵ちゃんと神田さんって仲悪い?」
「なっ!?」
昼食を開始するや否や、小石川君がいきなりズバッと切り込んでくる。
神田さん達と談話してるときは、そんな様子はおくびにも出さなかったというのに……
見た目も温和そうだからてっきり鈍感系だと思っていたけど、実は感情を隠すのが上手いタイプなのかもしれない。
「えっと……、まあ、相性は少し、悪いかも?」
「ふーん、まあ同じ美術部員なら、感性の違いとかもあるのかな」
確かに、私と神田さんを同じ絵描きという括りにするのであれば、方向性は間違いなく違うと言える。
絵本作家を目指す私と、本格的な画家を目指している彼女とでは見ているものが違い過ぎるのだ。
……まあ、それ以上に、私と彼女とでは絵の才能に大きな隔たりがあるのだが。
「でもまあ、それはそれとして、日葵ちゃんがまだ絵を続けていてくれたことが僕としては一番嬉しいよ」
「~~~~っ」
今のその美顔で、あの頃のように無邪気に笑わないでよ……
心臓が死ぬ……
それに、チクリと罪悪感も覚える。
だって私は、正直もう、折れかかっていたから……
「……実は僕、日葵ちゃんの描いた絵本を読んでからすっかり読書にハマっちゃって……。この眼鏡も、本と電子書籍の読み過ぎで目が悪くなったから着けることになったんだよね」
「え……?」
いきなりの告白(?)に、心臓が跳ね上がる。
いや、確かに思い出のあの子――小石川君は、私の絵本を大好きと言ってくれた。
しかし、子どもの大好き発言なんて、「ハンバーグ大好き!」とか「ケーキ大好き!」と同じで、実際はただの好物レベルの好きでしかないハズだ。
その言葉に影響されて将来絵本作家になると決心した私が言うのもなんだが、流石にちょっと単純すぎやしないだろうか。
「あ、その顔、信じてないでしょ。でも本当なんだ。それくらい、僕にとってあの絵本は衝撃だったんだよ。だから、同じ感動を味わいたくて、絵本に限らず色んな本を読み漁った。そしたら世の中には沢山の面白い作品があって、どんどん読書の世界にハマっていった。……でも、残念だけどあの絵本ほどの感動を味わえる作品は見つからなかったんだ。だから、自分で書いてみようと思った」
「っ!?」
ま、まさか、小石川君も絵本作家になろうと……!?
いや、むしろもう既になっているとか!?
「で、気付いた。僕には絵の才能が無いって……」
ここでまたしても「ゲインロス効果」が発生する。
しかも、同じ結論に至った私としてはかなりダメージが大きい。
「ハハ♪ そんなガッカリした顔しないでよ! 別に気にしてないし、今となっては絵本に挑戦して心から良かったと思ってるんだから」
「絵本に挑戦して、心から良かった……?」
「うん、僕って実は、物語を考えたり想像したりするのが好きなんだなぁって、気付けたんだよ。まあ、当たり前と言えば当たり前なんだけどね♪ あれだけ本を読んだんだから色んな想像をしてきたし、自分ならこう書くみたいなことも考えたこともあった。だから……、僕は作家を目指すことにしたんだ」
「……」
まあ、絵の才能がないなら普通の作家を目指す、というのは私も考えたことがある。
でも私は元々絵を描くことが好きだったので、それならまだ画家やイラストレーターを目指した方がしっくりくる――という理由で目指す候補から排除された。
しかし、小石川君の場合は逆で、物語を作る方が好きだったということなのだろう。
「……でも、普通ならそこで実際に書こうとは思わないと思うんだ。だってもしそんな人ばかりなら、もっと作家は多いだろうし、業界の規模だって大きくなっているハズだしね。……だから、その普通なら踏み止まるであろう一歩を踏み出せたのは、やっぱり日葵ちゃんの絵本のお陰なんだよ。日葵ちゃんの絵本があったからこそ、今の僕があるんだ」
小石川君の優し気な表情が、キリッとした真剣なものに変わる。
言葉と見た目の「ゲインロス効果」でクラクラ来るが、その直後に正常な状態に引き戻される。
何か現実に引き戻すような外的刺激があったというワケではない。
ただ、私は気づいてしまったのだ。
「おっと、ちょっと会話に熱が入り過ぎちゃったね。早く食べないと昼休みが終わってしまう」
「……うん」
私は生返事を返すも、結局箸は進まなかった。
あの日、思い出のあの子の言葉で、私の将来の目標が決まった。
それは他人から見ればとても些細なきっかけだが、私にとってはその後の生き方を変えるに等しい大事件だったと言えるだろう。
……でもそれは、どうやら私だけではなかったようだ。
私の描いた絵本は、思い出のあの子――小石川君の人生に大きな影響を与えてしまっていたらしい。