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第三話 危険物



 色々と面倒くさかったので、予鈴ギリギリまでトイレで過ごしてから教室に戻る。

 既に山ちゃんこと小石川君を囲う集団は解散していたので、少しホッとする。


 自席に座り机に触れると少し生温かさを感じたので、誰かが座っていたのかもしれない。



(まあ、別にいいけどね……)



 自分がいない間に席を占領されていたくらいで、一々腹を立てるつもりはない。

 ……ないのだが、座っていたのが神田さん本人、またはその取り巻きということを考えると、なんとなく悪意のようなものを感じてしまう。

 ただの被害妄想ではあるのだが、神田さん達なら十分あり得ると思うくらいには、彼女達に対する私の印象は悪い。


 そんな暗いことを考えながら授業の準備をしていると、不意に小石川君が席を寄せてきた。



「っ!?」


「あ、いきなりゴメン。実は何教科かまだ教科書届いてなくて、見せてくれないかな~って……」


「エ、エ、エ、ベ、ベツニ、イイケド」



 動揺して、まるで読み上げソフトに喋らせたような反応になってしまう。

 いや、今時の読み上げソフトはもっと人間っぽいか……?

 それはともかくとして、心臓が本気でヤヴァイことになっている。



(~~~~~っ! なんでナチュラルに「下げて上げる」テクニック使ってくるのよ~!)



 心理学には「ゲインロス効果」というものが存在する。

 効果の内容は、マイナスからプラスやプラスからマイナスなど、逆に変化する度合いが大きいほど相手に与える影響が大きくなるというものだ。

 イメージとしては、「上げて落とす」というのが一番ピンときやすいだろう。

 落差が激しいほどダメージは大きいので、直感的にもわかりやすいし、日常的にも似たような経験をした人は多いハズだ。


 この「下げて上げる」テクニックはその逆なのだが、恋愛でも有効なテクニックだと言われている。

 要は落差やギャップを利用しているのだが、やり過ぎなければ非常に効果的であることは大抵の人が知っているのではないだろうか。

 具体例をあげれば、ツンデレなんかが非常にわかりやすいと思う。

 アレは最初にツンツンして多少マイナスイメージを付けつつ、心を許したあとにデレデレになることで一気にプラスイメージに変換されるという、まさに「ゲインロス効果」から生まれた属性と言えるだろう。


 他にも、「不良だけど実は優しい」とか、「細目キャラの開眼」、「クールな人の熱い部分」、「無表情な子の笑顔」などと、「ゲインロス効果」に心を撃ち抜かれた人は沢山いるハズだ。



 ……わかっている。

 そんなこと、小石川君が狙ってやるワケがないことくらい、十分わかっている。

 そもそもこれは、完全にただの自爆なのだ。


 実のところ、私は最初からこの、「教科書を一緒に見る」イベントが発生することを少し期待していたのだ。

 教科書を忘れて隣の異性に見せてもらうというは、リアルでも起こり得る定番のドキドキイベントだし、転校生であればまだ教科書がない可能性も十分にある。

 だからもしかしたら――と思ったのだが、小石川君は普通に教科書を用意していた。

 そりゃあいきなり授業を受けるのであれば、普通予め教科書くらい購入してますよねーーーーー!


 急な転校ならともかく、夏休み期間を利用しての転校であれば準備時間はいくらでもあったハズだ。

 冷静になればそのくらい想像がつくのだが、生憎(あいにく)今の私は幼馴染との再会イベントで頭がお花畑になっていた。

 つまり、一人で盛り上がっていたのである。


 この時点で勝手に上がって落ちる「ゲインロス効果」が発生していたのだが、そこから大逆転の「教科書を一緒に見る」イベント発生で私の情緒はもうメチャクチャだ……



「ん……? どうしたの?」


「……ナンデモナイデス」



 アンタのせいでしょ!?

 と言いたくなるのをグッと堪える。


 嗚呼……、人は何故、自業自得だとわかっているのに責任転嫁をしたくなるのだろうか……



「ハハ♪ 相変わらず日葵ちゃんは面白い子だね~」


「っ!?」



 え? 何? 私ってもしかして、昔から「おもしれー女」枠だったの!?


 自分で言うのもなんだが、私は昔から無口だし愛想のない女だ。

 小さい頃はお絵かきばかりしていたし、周囲からは完全に変わった子扱いを受けていた。

 中学の頃は何かの間違いでクールビューティなどと言われたこともあったが、実態はただの陰キャである。

 数少ない友達も私を変わり者の陰キャ扱いしているし……ってそうか、変わってるから「おもしれー女」なのか。

 でもそれって、リアルだと関わっちゃいけない女扱いなんじゃ……?



「オ、オモシロクナイデス」


「いやいやいや」



 小石川君は、「ご冗談を」とでも言うように笑いながら手を横に振る。

 本当に面白くないと念を押そうと思ったが、その笑顔にかつての「山ちゃん」の面影を感じ取り、言葉を失ってしまった。

 正直まだ半信半疑だったけど、もう確信してもいいのかもしれない。

 彼は本当に、みんなに「山ちゃん」と呼ばれていたあの子なのだと……


 いや、でも待って?

 認めるは認めるけど、やっぱり流石に変わり過ぎじゃない?

 なんか髪はサラサラだし、色白で肌もキレイだし、二重で目もクリクリっとしてるし……

 もしかしたら、私よりも女子力が高いかもしれない。


 男子三日会わざれば刮目して見よとは言うけど、いくら10年以上経っているからといって、まさかコッチ方面に変化するとは思わないだろう。

 正直、この距離で見るには心臓に悪い美顔だ。



「ん?」


「グッ……」


「え? どうしたの? 凄い痛そうな顔してるけど……」



 アンタのせいでしょ!?

 今度ばかりは私は悪くないハズだ。

 無意識でも、不可抗力だとしても、私は間違いなく被害者だ。


 美顔は危険物!


 鑑賞の際は十分な距離を取りましょう……




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― 新着の感想 ―
[一言] 確かにおもしれー女だわ( ˘ω˘ )
[一言] >最初からこの、「教科書を一緒に見る」イベントが発生することを少し期待していた  そっかー、それなりの下心はあるのね。
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