第一話 転校生
子どもの頃に何かを褒められた経験というのは、その後の人生や目標に大きな影響を与えることがある。
私はまさにその典型的なパターンで、高校生になった今でも幼い頃の夢を追いかけ続けていた。
『僕、日葵ちゃんの絵本だーい好き!』
『……ホントに?』
『うん! だって、日葵ちゃんが絵を描くのすっごく好きって気持ちが伝わってくるから!』
『っ!』
あの日のあのやり取りがきっかけで、私は絵本作家を目指すことになった。
友達にこの話をすると、みんな口を揃えて「いい話だね」と言ってくれる。
そして、絵本作家になるという私の夢を応援してくれた。
……みんながみんな本音で応援しくれていたとは思わないけど、とても嬉しかったし、凄く心強かった。
でも、現実はとても残酷だった。
子どもの頃足の速かった子が、大きくなってからも足が速いとは限らない。
子どもの頃勉強ができた子が、大きくなってからもできるとは限らない。
恐らくだけど、似たような話はいくらでもあると思う。
そしてほとんどの人が、早々に見切りをつけて別の道に進むのだろう
……しかし、子どもの頃の成功体験が、「自分にはこれしかない」という妄執となってしまうこともある。
私は、子どもの頃から絵を描くのが好きで、毎日お絵描きをして遊んでいた。
両親も私の絵を上手と褒めてくれたので、増々絵を描くのが好きになっていった。
ある日、印刷会社に勤めているお父さんが、私の描いた絵を絵本にしてプレゼントしてくれた。
私はそれがとても嬉しくて、その絵本を常に持ち歩いていた。
……そして、あの日それを好きと言ってもらえた。
これだけ条件が揃えば、私が妄執に取り憑かれるのは必然だったのかもしれない。
(はぁ……、神様はなんで、私に絵の才能をくれなかったんだろう……)
中学生になる頃には、自分に絵の才能がないということくらい薄々気付いていた。
だというのに私が夢を捨てなかったのは、単純に諦めが悪かったことと、やっぱり絵を描くことが好きだったからである。
もちろん、ただの趣味にするという選択もあった。
しかし、私はどうしても自分の作品を世に出したかったのだ。
かつて私の絵本を大好きと言ってくれたあの子に、いつかまた、私の絵本を読んで欲しかったから……
「あ~、今日は転校生を紹介する」
ボーっと窓の外を眺めていると、担任が挨拶をするや否や聞きなれない言葉を口にする。
転校生――、フィクションでは見慣れた存在だが、現実の高校では中々耳にしない存在だ。
理由は複数あるが、まず大前提として、転校先(したいと思っている)の学校が生徒を募集していないことには話にならないからである。
そして募集する理由は、大抵が定員割れや欠員が出た場合なので滅多に発生することではなく、可能性としてはかなり低いと言えるだろう。
さらに言うと、転校先の学力は元の学校と同程度かそれ以下でなければならず、当然だが編入試験に受からなければ入ることはできない。
もちろん入学金もまた別に支払わなければならないため、一定以上裕福な家庭でなくてはならない――などといった様々な課題がある。
なので普通は県外に引っ越しでもしなければ転校なんてすることはないのだが、そもそも引っ越しする時期自体子どもが小さい頃が多いので、年齢的な意味でもかなり珍しい例と言えるだろう。
つまり、なんらかのワケありの可能性が高いのだが、一体どんな人が転校してきたのか……
興味を惹かれた私は、それを周囲に悟られないよう視線だけを入口に向ける。
直後に入ってきたのは、小柄な男の子だった。
その瞬間、クラスの約半分――つまり男子がガッカリした様子でため息をつく。
そんなに女子が好きなのかと心の中でツッコミを入れるが、一部の女子は色めきだっているのでどっちもどっちと言えるかもしれない。
(そんなにキャアキャア言うほどカッコイイかな?)
男の子の見た目は、一言で言えばサラサラヘアの可愛い系眼鏡男子だ。
童顔であまり男らしいとは言えないけど、中性的というか、どちらかと言えば女の子寄りの顔立ちをしているので、その手の美少年が好みという女子にとっては理想的な容姿をしている。
「小石川 虎太郎です。よろしくお願いします」
「おいおい、流石にシンプル過ぎだろう。もっと何かないのか? 趣味とか」
「えっと、趣味は読書です……って言うとやっぱり地味ですよね……。すいません、自分のこと話すの苦手で……あ、そうだ! 実は僕、昔この町に住んでたことがあったんですけど、かなりヤンチャ坊主だったんでご近所では結構有名でした。だからもしかしたら、悪い意味で僕のことを覚えている人がいるかもしれません。もしいたら、謝るんで報復は勘弁してください」
そう転校生が言うと、クラス中に軽く笑いが広がった。
あの見た目でヤンチャ坊主だったと言われても全く想像できないので、そのギャップが絶妙に面白さを感じさせる。
第一印象の掴みとしては、まあ十分合格点と言ってもいいのではないだろうか。
それにしても虎太郎君か……
思い出のあの子も確かそんな感じの名前だったので、一瞬ドキリとさせられた。
でも、私はあの子のことを名字で呼んでいたし、その名字は間違いなく小石川ではなかった。
つまり完全に別人なのだけど、何故か妙にソワソワする……ような気がする。
恐らくさっきまで思い出に浸っていたからだと思うけど、それにしたって単純すぎるなぁ、私……
「それじゃあ、席は丁度吉澤の隣が空いてるからそこに座ってくれ。一番右奥の席だ」
……まあ、この展開は予想していた。
私の席は窓際の一番後ろの席で、隣の席は現在空席となっている。
そこには元々、和田というガラの悪い男子生徒が座っていたが、夏休み中に何かあったのか二学期早々に学校を辞めたと連絡があった。
あ、そういう意味では確かにウチの学校は転校生を受け入れる条件は満たしていたのか……
和田は日頃から授業もよくサボっていたので、私からすれば「やっぱり」という感想しかなかったが、それはそれとして隣の席が空席になってくれたことには感謝していた。
あまり出席してなかったとはいえ、ガラの悪い男子が隣の席というのは地味にプレッシャーだったし、気軽に隣を向けない雰囲気が中々にストレスだったからである。
だからここ一週間くらいは解放感を感じていたのだが、まさかこんなに早く別の人が座ることになるとは……
まあ、前よりも状況はマシと言えるだろうけど、転校生と和田じゃ全然タイプが違うので、なんだか凄まじいギャップを感じる。
そもそも現在の席順は入学時から変わらず五十音順なので、小石川の「こ」が隣に収まるのが納得いかない。
……私としては今の状況が最高だったので、他愛のない理由でも不満が沸々と浮かんでくる。
「えっと、宜しく、吉澤さん?」
そんな不満もあって無視を決め込んでいた私に対し、小石川君は笑顔で声をかけてきた。
こんな無愛想な女に話しかけてくるなんて物好きな……と思いつつも、無視するのは流石に感じが悪いので仕方なく挨拶を返す。
「よ、宜しく、小石川君」
男子と話すことなんて滅多にないから、声が上ずってしまった。
恥ずかしさでカーっと顔が熱くなる。
「……あの、もしかしてだけど、日葵ちゃん?」
「え……?」