7 神崎月美は同じ轍を踏まない
「あれ?
お兄ちゃん、お弁当なんで4つも作ってんの?」
「ん?
ああ、可愛い後輩に作ってほしいって言われてな。」
「ふ〜ん…。」
花音は弁当の中身を覗き、なにかに気がついた。
「…時にお兄ちゃん、お弁当がいつもよりどこか豪華なんだけど…なんで?」
思わず欠伸が出て聞こえなかった。
「ふわぁ…えっ、なにか言った?」
「…ううん、今日もお弁当美味しそうだな〜って。」
「ああ、今日は格別の愛を込めているからな。」
「…へぇ〜。」
なにやら後ろから寒気がしたので振り向いたのだが、
花音の姿は消えていた。
さっきのはもしかして花音が?
……というか、俺今、何の話をしてたっけ?
眠すぎて、適当に答えていた気がする。
寒気のせいか、目が覚めた気がした。
―
移動教室から戻り、
少し遅れてしまったので、急いで部室に行こうとすると、
教室の出口がなにやら騒がしかった。
邪魔なので、軽く肩を叩くと、
退いてくれた。
なぜか知らないけど。
別に声も出していないんだけど。
…なんでだろうな…?
そんな感じで、それを数度繰り返すと、
みんな快く道を譲ってくれ、
俺は騒ぎの中心に向かうことに成功する。
折角だ。昼飯のときの話の種にでもしよう。
なんて、思っていると、声を掛けられた。
「あっ、先輩!」
ぎゅっ、ぎゅ〜っ!
否、抱きつかれた。
声から相手がわかったので軽く頭を撫でてやると、
サラサラとした感触が手のひらに伝わってきた。
妙だなと思い、視線を向けるとその先には、
初めて会ったときの神崎月美が美少女顔を驚くほどの蕩け顔を浮かべ、
俺の腹の辺りに抱きついていた。
「わ〜い、先輩、先輩だ〜♪」
本当に可愛いやつだ。
一瞬口元が緩みかけるが、
声を掛けられ、元の表情に戻った。
「なあ、充希、その子って誰だよ?」
「は?なに言ってんだ、月美に決まってるだろ。」
「えっ……その子があの神崎月美?」
「そうだけど?なあ?」
「うん、そうだよ、充希先輩のことが大好きな、
ラブな神崎月美だよ。」
大好きとラブが被っているな。
でも、誰もツッコミを入れない。
可愛らしい月美にどこか呆けていた。
しかし、ゴタクは止まらない。
流石、俺いわく校内のナンパ師だ。
「は〜、月美ちゃんってこんなに可愛かったのか〜。
マジか、これからゴタクって、呼んでいいから、
仲良くしよ。」
俺がゴタクの変わり身の早さに苦笑いを浮かべていると、
月美はなんでもないように即答した。
「え?嫌。」
「な、なんで?」
困惑したゴタクに容赦ないが、
もっともな理由を月美は突きつけた。
「だって、ゴタクさん、それに皆さんも僕のことどこか疎ましそうに見てたでしょ?」
…は?こいつそんなことしてたの?
俺の前じゃ、普通だったけど。
「…。だってそれは…。」
「それはなんで?
僕が可愛くなかったから?
僕が綺麗じゃなかったから?」
「…。」
「僕の家ね?
風習みたいなのがあって、
あんな風な格好でしばらく過ごさなくちゃならないんだ。
今日の私でわかると思うけど、この姿からあの姿だから、
みんなの目が急に変わっちゃったんだ。
女の子としては、きついよね?」
「…ごめん。」
「ゴタクさん、別に謝ってほしいわけじゃないんだ。
うん、でもね。
家の事情であんな姿してたけど、
僕が会ったときからずっと優しかった人がいたんだ。」
すると、ゴタクだけでなく聞いていたみんなが俺に視線を送る。
「うん、先輩。
充希先輩だけはずっと僕に優しくて構ってくれたの。
だからね…。」
「僕は充希先輩が大好きなんだ。」
「っ!?」
そうして、ゴタク、ひいてはこのクラスの男子たちの恋心の芽を完全に摘み取った。
「それじゃあ、先輩行こ♪」
笑顔を浮かべて、教室から出ていく。
俺は月美に感心していた。
家の風習、事情ともに大嘘だ。
それに俺を大好きだとまるで告白、もしくは恋人のように振る舞うとは、本当に良くやる。
これでナンパまがいのことは学校内では起きないだろう。
同じ轍は二度と踏まない。
もしかしたら、神崎月美は相当に頭がいいのかも知れない。