6 可愛いモップ
「あっ、先輩だ、来てくれたんだ〜♪」
わ〜い!とモップが飛びついてきた。
彼女は人間だ。
神崎月美。
彼女は今はこんな感じで、
真っ白な髪をボサボサにしているが、
本当は俺が知る限り断トツの美少女だ。
顔の作りはもはや人間のそれとは思えないほど整っていて、
まるで妖精のようだった。
顔を晒されている今も俺自身ドキドキしっぱなしだ。
正直、気を抜くと笑顔に見惚れる。
以前は、髪も艷やかでもう欠点などないくらいだったのが、
かなり惜しい。
神崎月美は帰国子女なのだが、
海外から帰ってきた時にしつこいナンパに遭遇し、
それ以来、
こんな風に自分の容姿を隠してしまうようになったのだ。
だから学校の人間は俺と月美の祖父の理事長以外、
その容姿を知らない。
しかし、そのとき助けた俺と二人きりのときは、
その美貌をヘアピンによって、晒してくれる。
どこか蕩けた笑顔が肩に擦り付けられる。
「えへへ、僕は先輩が一緒にいてくれるだけで、
幸せなんだ〜♪
先輩、だ〜い好き。
今日は来てくれて、ありがとう。」
スリスリ。
俺は優しい気持ちになり、思わず頭を撫でてしまう。
「本当は僕、先輩と同じ学年が良かったな…。」
「同じ学年でもクラスが違うかもしれないぞ?」
「もう!
先輩のいじわる。
僕はそれくらい一緒にいたいって言っているんだよ。」
「…。」
「だから偶には部活に顔を出してほしいな。」
…本当に可愛い後輩なのだ。
「なら、別にいつでも会いに来ればいいだろ?」
「えっ、いいの!」
「ああ、別にいいぞ。」
「やった♪じゃあ今度お昼食べよ♪
先輩は学食?購買?それともお弁当?」
「弁当。」
今となっては面倒で時間が食うので、
正直やめたいのだが、評判が悪くないのと、
やめる機会がないため続けている。
確か始まりは、夕飯の残りが大量に出たため、
それを詰め込んで持って来ていたのだったか?
ははは…なんか虚しい。
「へ〜…それってもしかして彼女に、作ってもらってるの?」
月美はどこか不安げにそんなことを聞いてくる。
「いや、自分でだけど、なんで?」
「白沢花音。
先輩、最近その子と一緒にいるみたいだから。」
ギュ〜っ!
どこか抱きつく力が強くなった気がする。
お兄ちゃんは絶対に渡さないぞ、
とでも思っているのだろうか?
もしくはパパか?
月美はどうやら俺にかなり懐いているらしく、
このように執着を見せることがある。
そんな様子がどこか愛らしくて、俺が甘やかすのが原因だろうか?
「ああ、花音は義妹だよ。」
「義妹?」
月美は抱きつきを緩め、コテンと首を傾げた。
「最近、父が再婚してその連れ子。」
「そうなんだ…良かった…。
じゃあ白沢花音とはなんでもないんだね?」
「ん?なんでもって?」
「だから実は恋人とか?」
「ああ、それはない。今のところは。」
「そうなんだ。よかっ…今のところは?」
どうやら流せず、聞き取られたらしい。
少し厄介だな。
「…実は花音に告白されて、まだ返事をしていないんだ。
まだ返事は返さないでほしいと言われたから。」
「…。」
「だから、返事を返していないから、
今のところはってこと。」
月美は俯きつつ聞く。
「…先輩はどう答えるつもりなの?」
「悪いけど、それは告白した本人以外に伝える気はないよ。」
これは俺のせめてものポリシーだ。
告白してくれた相手のことを尊重する。
誰だって自分の告白の結果が人には知られたくないだろうし、
ましてや、他の人や噂なんかで結果は知りたくないだろう。
「……。」
「…悪いね。」
「ううん、僕もちょっと迂闊だったから。
僕こそごめんなさい。」
「いや、気にしないでいいよ。」
「「…。」」
…なんか気不味いな。
それからどれほど経ったころか、
月美が急にパンッ!と手を叩いた。
「っ!?」
「えへへ、びっくりした?」
いたずらが成功したことを楽しげに笑っている。
「まったく急にどうしたんだ?」
「だって、あのままの空気とか嫌だったんだも〜ん。
せっかく、先輩が来てくれたんだから、
いっぱい僕を愛してほしいし、
僕も先輩に、い〜っぱい甘えたかったんだもん♪」
「俺は月美を愛して、
月美は俺に甘えるだけか?」
「そうだもん♪
僕は先輩のこと大好きだけど、
愛してはいないからね〜。」
「なら俺も甘やかすだけだな。大好きだぞ、月美。」
「む〜っ!別にいいよ〜っだ。(今はそれでも。)」
急に頬を膨らませ、萎ませたと思ったら、
今度はなにやら希望いや、野望に燃えている気がしたので、
思わず声を掛ける。
「どうかしたか?」
「ううん、明日のお昼なんてどうかな〜って。」
どうやら希望だったようだ。
余程楽しみらしい。
「明日の昼?
ああ、いいぞ、どうするここで食べるか?
それとも学食?」
「うん、じゃあここで。
もし良かったら、お弁当作ってきてくれてもいいんだぞ〜、
先輩♪」
「いや、そこは月美が作ってくるところじゃないのか?」
「え〜っ!だって、僕、料理できないもん。
作って来てもいいけど、たぶん美味しくないよ。
お腹壊しちゃうかも?」
おいおい、一体何を作る気なんだ?
月美の料理?に戦慄を覚えていると、
月美は畳み掛けてきた。
「だからせっかくだし、先輩の愛情の籠もったお弁当が食べたいな♪」
どうやら甘やかさねばならないらしい。
「…仕方がない。今回は愛情を込めてやるか。」
「え〜、今回だけ〜。」
月美はぶす〜っと不満げだ。
今回だけが嫌なら、俺の恋人にでもなるんだな。
その言葉は口には出さなかったものの、
なぜか伝わっている気がした。
変だな?