5 夫婦っぽい
「お兄ちゃん、帰ろ♪」
俺は机のところまでやって来た花音に連れられ、
昨日のように騒ぎにならないよう流れに任せ、
教室を出た。
すると、校門のところまで来た時、
なにやら格好良さげな女性がいることに気がついた。
服装がスーツであることから、
学生の線は低いだろう。
いや、よく見るとスタイルが学生のそれではない。
胸元が大きく膨らみ、
腰はキュッと細く、お尻がどこかむっちりとしている。
背もすらりと高く、
パンツスカートから覗く脚が目の毒だ。
誰かの姉だろうか?
すると、
花音もその存在に気がついたのだろう。
目を見開いた。
「あっ、まずい。
ああ…そういえば今日だったか…。」
どうやら待っているのは花音のことらしい。
「ごめん、お兄ちゃん!
今日撮影だったみたい。」
って、撮影?…ああ、モデルの…。
花音は女性向けのファッション誌のモデルをしていて、
かなりの人気を誇ると、ゴタクあたりが、
言っていた気がする。
学校の男子もファンでほとんどの生徒が購読しているとも。
なるほどそれか。
まあ、そんなことは俺にとってはどうでもいい。
俺にとって重要なのはこれだ。
「夕飯はいるのか?」
家に帰って、作る夕飯。
知らないかもしれないが、
夜に自分で作ったものが、自分の朝食に変わるのはひどくやるせない気持ちになるのだ。
ちなみにこれを何度も俺に味あわせたのは、実の父親だ。
本当、今頃どこで何をやっていることやら、
母さんを困らせていないといいが…。
などと考えていたが、ふと思う。
俺が今この言葉を言っているのは、花音に対してだ。
…ああ、よく考えると、このやり取りってなんか…。
「うん、帰ってから食べるから。
…って、なんか夫婦みたいだね。
それじゃあ、パパ、お仕事行ってくるから。」
そう言って、慌てて走り出す。
まったく誰がパパだよ。
でもまあ、俺もなんとなくそう思ったのだから仕方がないか、
悪ノリってやつか…俺もゴタクと偶にやるしな。
「ああ、いってらっしゃい、ママ。」
そう手を振る俺のもとに花音は全速力で戻ってきた。
「はあ、はあ…いってらっしゃいのちゅ〜は?」
ペチン。
軽く額を叩く。
えっと…こういうとき、夫婦だったら…?
花音に顔を寄せる。
すると、花音の顔は徐々に赤くなっていき、
その真っ赤になった耳元に囁くようにこう言った。
「帰ってからな。」
すると、顔をボンッと完熟したトマトのように真っ赤にして、
コクコクと頷き、さきの女の人のところに向かっていった。
今度こそ手を振り、見送る。
花音が女の人に手を取られ、車に乗せられ、
それが走り出すまで、俺はその様子を見ていた。
すると、ざわめきが耳に入ってきた。
「ねえ…あれって…。」
「…マジか。」
「なんか、なんか凄かった!」
気がつくと、
周りは顔を真っ赤にした下校中の生徒でいっぱいだった。
あっ…ここ家じゃない。学校だ。
俺も頰に熱が帯びるのがわかった。
俺はさっさと帰ろうと脚を急がそうとしたら、
不意に電話が鳴った。
相手を確認して、出るかどうか迷って一応出ることにした。
神崎月美の電話を。
「先輩、偶には部活来てよ。
僕、先輩が来るまでずっと部室で待ってるから。」
「おい、月美、まっ!」
プツンっ!
電話は切れた。
何度か折り返すが、そのたびに切られる。
無視して帰ろうかとも思ったが、諦めて部室に行くことにする。
確か去年だったか、あいつは本当に待っていたからな。
空気が湿り気を帯びる前頃の季節の気持ちのいい朝、
なんとはなしに部室に行くと、
「待ってたよ、先輩。」
目の下に大きなクマを作って、
こう言われたのは、わりと本気でトラウマになっている。