12 彩の失敗?1
あれから彩が追い掛けてきたことに気が付き、早いうちに立ち止まったのだが、置いていかれたことが不満なのか、追いつくなりずっと手を繋がれ、進藤の表札があるところまでそのまま連れて行かれた。
それからしばらく彩の家で二人並んでテレビなんかを見ていたのだが、彩の母親が帰ってきたので、そろそろ夕飯の支度をするために帰ることにした。
家に帰り、手を洗う。
その時は一人の時間だ。
一人になると、どうしても阿弥のことを思い出してしまう。
「…また遊ばれてしまった…はぁ…。」
阿弥は昔から、彩とか他の人が見ていないところで、抱きついてきたり、頬にキスをしてきたりと過激なことをして、慌てた充希を見て、ニヤニヤと楽しんでいるのだ。
だから、なるべく二人きりにならないように気をつけて、あの店に行く時も彩か花姫を連れて行くことにしていたのだが、まさか今回はすぐそばに彩がいるにも関わらずあんなことをしてくるとは、流石の充希にも予想外だった。
…それにここ数年は過激さは増すばかりだし…。
あの色気は男子高校生には毒以外の何物でもない。
ふとしたきっかけがあれば、間違いを起こしてしまうかもしれない。
「…このままじゃまずいよな…。」
これは充希の独り言だ。
しかし、それには返答があった。
「何がまずいの?」
「っ!?って、花音っ!?いつの間に?」
「いつの間にって?今。さっき…ただいまって言ったでしょ?」
「あれ?そ、そうだった?」
「そうだったっ!まったく…お兄ちゃんどうしたの?水も出しっぱなしだし…!」
すると、花音は何かに気がついたのか、充希の方に寄ってくると首の後ろあたりに鼻を寄せて匂いを嗅ぎ始めた。
クンクンクンクン…クンクン。
「どうかしたのか?」
「…れって…さか…ほか…女……。ううん、なんでもない。あ〜疲れた疲れた。」
そう言って、台所を後にした。
どこに行ったのかと思うと、すぐに風呂の準備を始めていて、てっきり自分が入りたいのかと思っていたのだが、準備が済むなり、風呂に入ることを暗に勧められ続け、充希が先に入ることとなった。
もしかして臭かったのかもしれないと思い、かなりブルーになった。
―
昼ご飯の後、ゴロンと寝転がり充希と阿弥の触れ合いを見ていないのだろうと思われていた彩。
しかし、彩はそれをガッツリ見ていた。
実のところ、昔から二人がよくわからないことをしているのを知っていた。
頬に唇を当てたりしているのを見ては、羨ましいからと夜に充希の部屋に忍込み、同じことをしたものだ。
彩は自分が恋愛なんかの感情、同年代と同じとは言えない感性を持っていることをは自覚していた。
阿弥は彩から見ても魅力的な女性なので、今回は勉強させてもらおうと思い、それを覗いていた。
自分には見せることのない充希の表情にやきもきするが、途中までなんとか耐えて…我慢しきれずに声を上げ、それを中断させた。
面白くない彩は帰り道の間、ずっと充希の手を握り、家に帰ってからもくっついていた。
程なくして、親が帰ってきたこともあり、充希を見送ると明日の朝の戦略を練ることにした。
さて、朝になり、充希がお弁当を作っている。
チャンス!
目を光らせ、無防備なその背中へと抱きつく。
きっと充希もドキドキした顔を自分に見せてくれると確信していた彩。
充希が彩のほうを振り向いた。
その表情はなんと…優しく微笑んでいた。
あれ?
「どうしたんだ、彩?」
微笑みを絶やさずに彩を見つめる目は本当に優しい。
それは明らかにドキドキなんてものは欠片も存在していなかった。
「もしかしてお腹空いたのか?」
返ってきたのは、検討違いも甚だしい充希の言葉。
彩は即座に作戦失敗を覚ると、ぎゅっと抱きつく強さを強くして顔を埋めた。
まるで親に甘える小さな子供のように、甘えた声を上げる彩。
「うん、とってもお腹がへった。」
そんな彩の様子に充希は保護欲が刺激され、抱きしめたい衝動に駆られていたのだが、ぎゅっと心臓のあたりを掴むと、頭をポンポンとして弁当の詰め込みを再開し、入らなかった分を彩の朝ご飯として贈呈した。
失敗したと思って、へんにゃりしていた彩のある種の成功を花音はしっかりと見ていた。