11 馴染みの店で昼食を
彩のインタビューが終わり、どこかブラブラするかと思っていたのだが、いつの間にか時計は縦の一本線になっていた。
「昼ご飯どうする?」
「鉄火丼。」
パフェを食べた後になんでまたと充希は思わないわけでもなかったのだが、そういえば先日、パフェと寿司の店という組み合わせをしている店を特集していた時、妙に目を輝かせていたことを思い出し、溜息を吐く。
「…デザートは?」
「その鉄火丼による。」
「…。」
さっきのファミレスに戻ろうかとも思ったのだが、帰り際になぜかドッと人が来始めたのを思い出し、選択肢から消す。
となると、この近くにパフェと寿司の店なんてないので、他のファミレスということになるのだが…。
「申し訳ありませんが…。」この言葉のいくら聞いただろう?
思いつく限りのそれを周ってはみたが、なぜかそこは全て満員。
諦めろと言うのは簡単なのだが、インタビューを頑張った後には、好きなものを食べさせてやってほしいと彩の母親から頼まれているし、彩の残念そうな顔は充希としてはなるべく見たくはなかったので、覚悟を決めることにした。
「…これはあそこしかない…か…。」
―
もとの外観はもしかしたら普通のお店と同じなのかもしれない。
しかし、今は店の外壁中にありとあらゆる古びた御札が貼られていて、来る者拒まずという意志はまるで感じられない。
これならもういっそのこと入るな危険の標識でも立てておけばいいとさえ思う。
ここが初見で、霊的に危険な場所ではなく、喫茶店だとわかるものは本物の霊媒師くらいのものだろう。
ゴクリとつばを飲み込み、扉へと手をかけ中へと入る。
すると、そこは別世界に思えた。
相変わらず人はいないが、暖色の電気のせいか、はたまた店主の人柄のせいか、アットホームな印象を受ける。
店主の阿弥さんは、綺麗な人だ。
ボサボサだが、整えたら宝石のような輝きを放つのではないかと期待させるほどの紅い髪。
切れ長の目には、今はブルーライトカットのメガネをかけており、顔立ちは女神の彫像のように美しい。
身体つきは、豊満でハリのありそうな胸に、ムチムチとしたお尻、シュッとくびれた腰回りと誰もが振り向くであろうそれだ。
【嫌いだけど大好き】とプリントされた白いTシャツとジーンズという出で立ちでだらしなさマックスだが、こんな格好でなかったら、ドキドキしっぱなしだろう。
要するに今は別にドキドキしていないので、言いたい放題だ。
「阿弥さん、やっぱり外観変えないとお客さん来ませんよ。」
「ハッ!別にいいんだよ!そんなの来なくても、アタシはジジイの遺言で店やってるだけなんだからよ。第一あの外観は客避けだ。」
確かにこの店では、昔から常連さんたちくらいしか見たことはない。
こんなことで店をやっていけるのかとも思うが、阿弥の本職は別で、その真っ赤なパソコンが仕事道具なので問題ない。
阿弥は乱暴にそれを閉じると、厨房へと向かい、冷蔵庫を開ける。
「なんか食いにきたのか?適当でいいか?」
「鉄火丼。」
「…いや、寿司屋行けよ。」
阿弥の言葉はもっともだと思った。
―
「ご馳走様でした。」
パンと手を合わせ、丁寧な挨拶。
特盛の鉄火丼に加え、デザートのクレームブリュレ5皿まで完食し、満足そうな彩をそのまま休ませると、充希は食べて空いた食器を持って洗い場でそれらを洗い始める。
家でもやっているように、手早く済ませていく。
「味はどうだった?」
「はい、とても美味しかったです。やっぱりごま油って味にキレを出しますよね。」
「まあな、でもあれは入れ過ぎ注意ってそんなことお前も知ってるか。」
「はい、師匠。」
阿弥は充希の料理の師匠の一人だ。
彼女の祖父が存命のときから、からかわれたりしつつも、仲良くしてもらっている。
「うむ、お主は免許皆伝じゃ。」
「あはは、なんですかそれ。」
そんなふうな会話をしていると、ふと彩の様子が気になり目を向けた。
すると、彩がちょうどゴロンと横になるところだったので、咎める声を上げようとしたその時、ふと鼻腔にどこか甘い香りが漂い、背中に柔らかくハリのある感触が伝わってきた。
そして、お腹のあたりへと手が回ってきて、ぎゅっと抱き締められる。
ビクッと思わず手が滑って皿を落としそうになるが、なんとか掴むと耳元に甘い声が生暖かい吐息とともに触れた。
「ナイスキャッチ。」
そんな大人の女性の声に思わず力が抜けそうになるが、矜持を持って対抗する。
「からかわないでください!」こんなふうに声を張り上げようとするが、お腹からゆっくりと胸元へとソワソワとした感触が伝い始めて、「あっ…。」という声が出たのみだ。
「あんなに可愛いかったのに…今はこんなにも逞しい。」
手は今、昔に比べて筋肉質になった胸元にある。
「硬い♪」
嬉しいという気持ちと弄ばれて悔しいという気持ちの狭間で充希は揺れる。
蛇口からの水音は何物にも遮られることなく、落ちていく。
そして、その手が身体中を這い回り、太もものあたりを擦っていた。
手がさらに充希の大切なものに触れようとしたところで、彩が声を上げた。
「みっちゃん、まだ〜?」
ゴロンと寝っ転がっていた彩のその声で充希が平静を取り戻すと、阿弥の身体は離れ、ぎゅっと蛇口が閉じられた。
「ほら♪終わったならさっさと帰りやがれって♪お代は貰ったろ♪」
楽しそうに、本当に楽しそうに笑う阿弥をうっすら涙を浮かべ、キッと睨む充希。
逃げるように店を後にする充希を慌てた彩が追うように出て行った。
女店主はペロリと唇を艶めかしく舐め、うっとりしたように声を漏らした。
「もうすぐ…もうすぐね…充希…アタシの若紫…。」