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10 天才にして天然な彩

俺はなぜか喫茶店で大人のお姉さんとお茶をしていた。


この人は陸上雑誌の編集の湊沙奈さんという人で、


今日は彩のインタビューでやって来たらしい。


それなのになぜ俺がいるのか?


…それはすぐに分かる。


湊沙奈は元陸上選手だった。


企業団に入るほどに能力のある選手だったのだが、


練習中に重大な怪我を負ってしまったため、


引退を余儀なくされた。


チームからはコーチとして残ってくれるよう頼まれたが、


すぐに陸上と向き合うのが難しく、少し間を置いた。


それからしばらくして、


先輩の伝をいくつも頼るといつの間にか陸上雑誌の編集になっていた。


間を置いたせいか、陸上への情熱を取り戻し、


それを陸上ファンや選手たちのために日夜研鑽に励んでいる。


そして、今回、天才と称される麒麟児のインタビューと聞いて、


勇み足でいたのだが、


そこには余計なオマケがついていた。


どこか強面の印象のするイケメンだった。


恐らくは進藤彩の彼氏だろう。


まさかインタビューにまでついてくるとは、


これが俗に言う束縛系とでも言うのだろうか、


本当に邪魔だ。


「彩、口元。」


「取って。」


今も彩の口元についたクリームを拭っている。


チッと思わず舌打ちが出そうなほどにイチャイチャを繰り返す二人に沙奈は自然と鋭い視線を向ける。


「そろそろインタビューを始めたいのですけど…。」


すると、沙奈の視線に気がついたのか、


彼氏の方が聞く。


「俺って邪魔ですか?」


「い、いえ…そんなことは…。」


あるに決まっている。


私は陸上の素晴らしさを伝えるために必死なのだ。


こんな彼氏彼女のイチャイチャなんてお呼びではない。


そんな私の裏ボイスが伝わったのか、


彼氏の方は心配そうにしながらも席を立った。


「それじゃあ、俺は向こうで待っているから、


なにかあったら…。」


そう言って店員に確認を取ると、大分離れた席に腰を下ろす彼氏。



ふん、一体なにがあるというのかしら!


こんなことを思っていた時期が私にもありました。



「さあ、それではインタビューを始めましょう。」


彩がどこかチラチラと彼氏の方を見ているのを遮るように沙奈は、


レコーダーのスイッチを入れた。


「まずは、今大会の意気込みを…。」


「どうでもいい。」


………ん?


えっと…確か前は優勝目指して頑張りますとか…言っていたような?


おかしい。


なにかがおかしかった。


沙奈はそれからもインタビューを続けていくが、


一言二言で全てが終わる。


あのお手本のような素晴らしいインタビューがまったくと言っていいほど取れない。


そして、極めつけは…


「走るときに意識していることは?」


「うん、ビューンって感じ。」


…この擬音語の嵐だ。


なんとなく伝わるような伝わらないような言葉がレコーダーの中に次々と入っていく。


沙奈は知らなかった。


進藤彩は正真正銘の天才で全てをただなんとなくで出来てしまうのだと。


彩は陸上用語を一つも知らない。


彩はトレーニング方法を知らない。


まして、彩はただ走っているだけなのだ。



沙奈の動揺が彩にも伝わったのか、


彩は簡潔に告げた。


「前の人、結構長かったけど、


私が言っていること、ほぼ伝わってなかったよ。」


彩の言葉に沙奈は頭を上げた。


「だから、別に恥じることじゃないよ。」


「なら、どうして…。」


あんなしっかりとした内容になっていたのか?


沙奈の疑問に彩は答えた。


「みっちゃんが私が言ってることをわかりやすくしてたみたい。」


彩が指差す先、その先には心配そうにこちらを窺う先程の彼氏。


沙奈は少し待っていてと彩に言うと、


充希に向かって土下座をせんばかりに謝罪を繰り返すのだった。


充希が凄く困っている珍しい様子に、


彩は密かに萌を感じていた。



「気を取り直していきましょう。


進藤彩さん、あなたにとって陸上とは?」


「ビューンって感じ。」


それさっきと同じ!


沙奈は内心ツッコミを入れながら、充希に視線を送る。


すると、


「陸上は走っているときに風を切る感覚とでもいいましょうか、


その爽快感を感じられるため、私は好きですね。


速さが上がれば上がるほどにそれをさらに感じられると思い、


私は練習を頑張っています。と彩が言ってると思う。」


「だいたいそんな感じ。」


……グレイト!


なるほど、こうやって進藤彩とは接すればいいのかと


どこか得意げになった編集者。


このインタビューはこんなやり取りを繰り返し、


そして、そのインタビューは大成功を収めることになった。


沙奈は編集部に帰って、


そのインタビューを聞きながら、文字に起こしていく。


「ぷっ!」


時折、吹き出すように笑うさまはどこか不気味だったが、


前任者も同様だったため、誰もなにも言わない。


何度も吹き出し、笑いに笑いまくり、


自然と日頃のストレスが解消されまくった。


そんな時、ふと思った。


「…これ、このまま全部載せたほうが面白いんじゃ…。」


そう思った沙奈はもう一つ原稿を作り、


それを編集長に持っていった。


すると、編集長も大爆笑し、


結果として、原本そのままのインタビューが選ばれた。



そして、この陸上雑誌は今までで一番の評判を受けることになり、


恒例企画としてこの彩へのインタビューが載ることになるのは、


まだ先の話。


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