チャラ男と豆しば
ひとりで帰るの、なんだがひさしぶりな気がする。
ああ、ひとりってなんてラクなの……!
今日ずぶ濡れの先輩を教室で見送ってから、先輩が再び教室に来ることはなかった。
ああ、私は自由だ! 自由って素敵!
私が軽い足取りで自宅に向かって歩いていると、通り沿いの公園で金髪の男性が犬と戯れているのが視界に入った。
…………。
いやいや、まさか……。
ここ最近敏感になり過ぎてるな……。
私が真っすぐに前を見て公園を通り過ぎようとすると、金髪の男性が視界の隅で動いた。
「あ、紗綾ちゃん!」
ここ数日ですっかり聞き慣れてしまった声だった。
私は恐る恐る声の方を見る。
サラサラの金髪をなびかせた私服姿の先輩がそこにいた。
漫画だったら、私は今灰になって崩れ落ちているだろう……。
「せ、先輩どうして……ここに?」
私は顔が引きつるのをなんとか抑えながら聞いた。
先輩は可愛い豆しばを抱きかかえながら、にこにこしている。
「可愛い犬がいたから遊んでたんだ」
「そうだったんですね。じゃあ、私はこれで……」
私が会釈して通り過ぎようとすると、先輩の声が響く。
「ちょうどよかった。今日借りたハンカチ返したかったんだ。今手が離せないから、ちょっと来てくれる?」
先輩はキラキラした笑顔で私を見つめる。
帰りたい……。
でも……。
私は先輩の腕の中の豆しばを見る。
私は犬が好きなのだ……。
「わ、わかりました……」
私は犬の魅力に負けて、公園に足を踏み入れる。
暗くなり始めている時間だったため、公園にはほかに誰もいなかった。
先輩は公園の片隅のベンチに座り、豆しばをなでていた。
「捨て犬かな。この段ボールに入れられてたんだ」
先輩がベンチ横の地面に置かれた段ボールを見ながら言った。
こ、この段ボールに!?
捨て犬!?
私は疑いの眼差しを先輩に向ける。
「先輩……、さすがに嘘ですよね……。もし本当なら、今から保健所に連絡しますけど……」
先輩は目を丸くすると、楽しそうに笑った。
「すごい、容赦ないね! ふふ、でも、そういうところも好きだよ」
「ふざけないでくださいよ。絶対嘘ですよね。いくら子犬でもこんな段ボールの中でずっとじっとなんてしてませんよ! それに先輩、このあいだ豆しば飼ってるって言ってたの思い出しました!」
私の言葉に、なぜか先輩は本当に驚いているような顔をした。
「驚いた……。あの日した会話は何も覚えてないと思ってたのに……」
先輩はそれだけ言うとふふっと笑った。
う……、やっぱりテキトーに会話してたのがバレてたのか……。
「俺の犬のことだけでも覚えててくれて嬉しいよ」
先輩は見惚れそうなほどのキラキラした笑顔で言った。
う……、そんなキラキラした顔でイヤミ言う人初めて見ました……。
キラキラが胸に刺さります……。
「そ、そんな……。当然覚えてますよ……」
私は先輩から視線をそらしながら笑う。
「で、でも、なんで捨て犬なんて嘘ついたんですか!?」
普通に犬の散歩って言えばよかったのに……。
「え、だって、少女漫画とかで捨て犬と戯れる男の子ってよく出てくるんでしょ? そういうのがいいのかなって思って」
先輩は爽やかな笑顔で言った。
あ、先輩やっぱり頭がおかしい人なんだ……。
私は思わず半歩、後ろに下がる。
「ふふ、そんな引かないでよ。紗綾ちゃんに好きになってもらいたくて必死なだけだから」
先輩は上目遣いで私を見た。
豆しばまで先輩を庇うように瞳をうるうるさせて見つめてくる。
う……、犬って飼い主に似るんですね……。
先輩は私の様子に気づいたのか、微笑んだ。
「この子、抱っこする?」
「い、いいんですか!?」
「うん、いいよ」
先輩は、私に自分の隣に座るように言うと、豆しばを私のヒザの上に乗せた。
うわぁ、可愛い……!
クリーム色のふわふわした毛をゆっくりとなでる。
「名前はなんていうんですか?」
「巧真だよ」
「…………ん? 犬の……名前ですよ?」
私は思わず先輩の顔を見る。
至近距離で先輩がにっこりと微笑んだ。
「俺の名前は覚えててくれたんだね」
先輩……もうこれ以上責めないでください……。
「この子はキタロウっていうんだ」
「き、きたろうですか? ……なかなか斬新な名前ですね……。き、きたろう?」
私が名前を呼ぶと、豆しばは顔を上げてこちらを見た。
ほ、本当にきたろうなんだ……。
それにしても可愛い……!
その日、私はきたろうの魅力に負けて、辺りが真っ暗になるまできたろうと戯れたのだった。