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チャラ男とハンカチ

「さぁ、今日こそは話しを聞かせてもらおうか」

 授業が終わると同時に千晶は私の前の席に座ると、凄むように顔を近づけてきた。


「話せるような楽しいことは何もないよ……」

 私は机に突っ伏した。

「何もないわけないでしょ!? 2回一緒に帰ってそのあいだどんなこと話してたのよ!」


「……覚えてない」

「覚えてないわけないでしょ!?」

 千晶は私の頭を軽く叩いた。

「痛い……」

 私は渋々顔を上げる。


「本当に覚えてないんだよ……。先輩が変なこと言うから、その後した会話ほとんど覚えてなくて……」

「変なことって??」

 私は言葉に詰まった。


「……へ、変なことだよ! で、昨日は妹さんの誕生日プレゼント買うのに付き合っただけだし! で、先輩がマジシャンだったっていう……」

「はぁ!?」


 千晶の声の大きさに思わずたじろぐ。


「ちょっと声大きいよ……!」

「いや、だってマジシャンって、あんた何言ってんの? ……って、あんたその前のところなんて言った?」

「誕生日プレゼント買いに……」

「誰に買うって?」

「え、妹さん」


 千晶は少し考えるように視線を落とした。

「う〜ん、確かではないんだけど……先輩……たぶん妹はいないよ?」

「は!?」

 思わず大きな声が出た。


 一斉に視線が集まる。

 私は恥ずかしくなり、両手で顔を覆った。

「妹がいないってどういうこと……?」

 顔を覆ったまま、声を絞り出す。

「顔がそっくりなお兄さんがいるっていうのは有名なんだけど、確か妹さんはいないはず……」

 覆った顔が熱くなっていくのを感じる。

「なんだと……!? あのチャラ男め……! 次会ったら問い詰めてやる!!」



 そんなことを言っていると、教室がざわつき始める。

 え、何……?

 なんか嫌な予感がするんですけど……。


 それに……。

 今日は昨日のときよりざわめきが大きいような……。



「紗綾ちゃん」

 予想通りの声が聞こえ、私はゆっくりと声の方に視線を移す。


「え!?」

 思わず声が出てしまった。

 先輩が一夜にして金髪に戻っていたことにも驚いたが、問題はそこではない。

 先輩は頭からずぶ濡れだったのだ。

 髪からは水が滴り、濡れてワイシャツが肌にはりついたその姿からは、言いようのない色気が溢れ出ていた。


 あ、雨!?

 じゃ……ないよな……。

 私は窓の外を見る。

 雲ひとつない青空だ。


「せ、先輩……、どうしたんですか……?」

「うん、ちょっとね。紗綾ちゃん、拭いてくれない?」

 先輩は爽やかに笑うと、ゆっくりと私のところに歩いてきた。


「ちょっとって一体……」

 先輩は私の席の横まで来ると、身を屈めた。

「拭くものある?」

 先輩は上目遣いで私を見た。


 うっ……上目遣いの破壊力がすごい……。

 濡れてるから余計に……。


「ハンカチしかないですけど……」

「ごめんね。貸して」

 先輩はそう言うと目を閉じた。

「せ、先輩……??」

「ちょっと手が汚れてるから、髪拭いてくれない?」


 か、髪……!??

 私はポケットからハンカチを取り出すと広げて、先輩の髪に当てた。

 そっと手を動かすと、動きに合わせて髪がキラキラと光り、シャンプーのいい香りが広がる。


 私は何をやってるんだ……!??

 恥ずかしくて死にそうだった。


 しばらくそうしていると先輩がゆっくりと目を開ける。

「だいぶ乾いたかな。紗綾ちゃん、ありがとう」

 先輩が上目遣いで微笑む。


「い、いえ、大丈夫です」

 顔が赤いのが自分でもわかり、思わず先輩から目をそらした。


「ホントにありがとう。ハンカチ貸して」

 先輩は手を差し出した。

 その手は確かに少し汚れていた。

「洗って返すよ」


 先輩の匂いがするハンカチをそのままポケットにしまって帰る勇気はないので、私は言われた通りハンカチを差し出す。


「なるべくすぐ返すから」

 先輩はそう言うと立ち上がった。

 先輩はしばらく私を見ていたようだったが、顔が熱い私は目が合わせられない。

 すると耳元にふいに息がかかる。

 驚いて飛び退くと、先輩が私の顔をのぞき込んでいた。

「な、なんですか!?」

 声がうわずる。


 先輩はにっこりと微笑み、濡れたワイシャツをつまんだ。

「こういうの好きなの? それなら濡れた甲斐があったかな」

「な!?」

 私は思うように言葉が出なかった。

 先輩はそんな私の様子を見て、満足げに笑うとそのまま教室から去っていった。



「何だったんだ、一体……」

 私がそう呟くと、ずっと前の席で一部始終を見ていた千晶が口を開いた。


「あんたが会話を覚えてない理由……ちょっとだけわかったわ……」

 私は千晶を見る。

「わかっていただけたようで幸いです……」

 私はそう言うと長い長いため息をついた。

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