チャラ男の変貌
教室の中がざわついている。
朝、登校して教室の前に着いた私は、嫌な予感がして扉を開けるのをためらっていた。
これは、いるのか……。先輩が……。
ゆっくりと息を吐き出し、呼吸を整える。
いや、朝だし! いくら先輩でも教室の中にはいないでしょう!
私は勇気を出して、そっと扉を開けた。
「あ、紗綾!」
千晶が私を見て大声で名前を呼んだため、みんなの視線が一斉に集まる。
もう嫌な予感しかない。
「あ、紗綾ちゃん、おはよう」
聞きたくなかった声が聞こえ、ゆっくりと視線を移動させる。
私の席に、黒髪に黒ぶちメガネの超絶イケメンが座っていた。
「え!? 誰!??」
黒髪のイケメンは寂しげな顔で微笑んだ。
「ヒドイな……。昨日の今日でもう忘れちゃった?」
それは、先輩の声だった。
「え!? 先輩!? え! なんで!? 髪……!」
私は先輩に駆け寄る。
「か、髪……! ど、どうして……」
うまく言葉にならなかった。
先輩は私の席に座ったまま、不思議そうにこちらを見ていた。
「あ、これ?」
先輩が自分の髪をつまんで微笑んだ。
「昨日、紗綾ちゃんが黒髪が好きって言ったから」
私は先輩を見つめたまま固まる。
え……? そんなこと言った……???
「もしかして、そのメガネも……?」
私は恐る恐る聞いた。
「そう! 好きって言ってたから。まぁ俺、目はいいから伊達メガネだけどね。どう似合う?」
先輩はメガネを触りながら笑った。
え……? そんなこと言いましたっけ……!??
「えっと……似合ってます……。似合ってますけど……」
動揺しながら、なんとかそれだけ口にする。
似合っている。うん、すごく似合ってはいる。
黒髪にしたことで綺麗な顔立ちが際立っているし、メガネによって知的な雰囲気も出ていて、相当カッコいいと思う。
キラキラして見えたのは金髪だからではなかったのだと思い知った。
けれど、問題はそこではない。
私は冷静になろうと、ゆっくりと息を吐いた。
「あの……、私が好きって言ったから変えたんですか……?」
「うん。そうだよ」
先輩はにっこりと笑った。
「あの……、確認なんですけど……、私あんまり記憶がなくて……本当にそんなこと言いましたか?」
誤解のないように、クラスの全員に言って回りたかった。
私は黒髪、黒ぶちメガネがタイプだと思ったことは一度もない。
タイプではないので、好きだなんて言うはずがないのだ。
「う〜ん、そんなようなこと言ってたよ」
先輩はにっこりと笑った。
そんなようなこと……ってなんだ!?
「どうしてそんな……」
そんな曖昧な話しですぐ行動するんですか、という言葉をなんとか飲み込む。
「どうしてって」
先輩は伊達メガネを外して微笑んだ。
「好きになってほしいからに決まってるでしょ?」
後ろにいたクラスの女子から悲鳴があがる。
ま、まぶしい……。
そのキラキラは一体どうやって出してるんですか……。
私は咳払いすると、じっと先輩を見つめる。
「え〜と、すごく似合ってますし、気持ちは嬉しいんですけど……、先輩はやっぱり前の方がいいと思います」
先輩は不思議そうに首を傾げた。
「これ、やっぱり変かな?」
「い、いえ、すごく似合ってますし、か、カッコいいと思います。けど、やっぱり前の方が先輩らしい気がして……。なんか上手くいえませんけど……」
先輩は目を見開いた後、ゆっくりと花が開くように笑った。
その笑顔がなぜか心から嬉しそうに見えて、思わずドキっとする。
「そっか。ありがとう」
先輩はそう言うと立ち上がり、私の頭をなでた。
「さぁ、そろそろ俺も教室に戻ろうかな」
先輩はそう言うと、こちらを振り返らずに教室の扉に向かう。
意外とあっさり帰るんだな、とぼんやり背中を見つめていると、ふいに先輩が振り返った。
「あ、そうだ! これを言いに来たんだった。今日も一緒に帰ろうね、紗綾ちゃん」
先輩はそれだけ言うと、返事をする間もなく、教室から出ていった。
私は崩れ落ちるように自分の席に腰を下ろす。
ここにさっきまで先輩が座っていたことを思い出し、赤くなる顔を隠すように、私は机に突っ伏した。
今日もか……。
私は突っ伏したまま、静かに頭を抱えた。