紗綾の悩み
「ちょっと紗綾! こっち来なさい!」
授業終了のチャイムが鳴るのとほぼ同時に、千晶に腕を掴まれた私は、引きずられるように人気のない非常階段にやってきた。
「どういうことよ! さっきの! 石神先輩と面識なんかあった?」
千晶が私に顔を近づける。
「ヤダ……こんなところに連れて来られて、怖い……」
わざとらしく潤んだ瞳で見つめると、勢いよくデコピンされた。
私は涙目になりながら額をなでる。
「痛いよ……。私だってどういうことかわかんないのに……。そもそも私、あの人に会ったの初めてなんだから。チャラそうな人だったけど、有名な人なの?」
私はため息をついて、階段に腰掛けた。
「あんた、それすら知らないの!?」
千晶は目を丸くしてから、私の隣に腰を下ろした。
「いい? よく聞いて! あの人は石神先輩っていって、この学校でも三本の指に入る有名人よ! ルックスもいいけど、あの見た目で頭もいいから密かにファンクラブがあるわ!」
「へ〜、すご〜い、マジで関わりたくな〜い」
私が興味なさそうにしていると、千晶が私の耳を引っ張った。
「痛いよぉ……」
「ちゃんと聞きなさい! 歴代の彼女も美女ばっかりで、中には芸能人もいたって噂があるくらいなのよ!」
「ますます私じゃ釣り合わないじゃん……」
「まぁ、あんたの場合、ルックスだけなら釣り合ってるわよ。お人形みたいな美人だからね、紗綾は。あ、日本人形ね。中身がアレなだけで」
「日本人形は褒め言葉じゃないでしょ。しかも中身がアレって」
私は千晶を睨む。
「それに私より千晶の方がよっぽどモテるでしょ?」
「まぁね! 私はあんたと違って、手の届きそうな可愛いタイプの女なのよ」
千晶がキメ顔で私を見つめた。
千晶は可愛くてとにかくモテる。
明るい茶色いゆる巻きの髪に、クリクリした二重の目、笑うとできるえくぼ、あどけない顔立ちに似合わないグラマラスな体たつき。間違いなくクラスで一番のモテっぷりだった。
「あんたは綺麗過ぎるからね。紗綾に挑戦する強者はなかなかいないのよ」
千晶が呆れたように言った。
「せめてその品の良すぎる黒髪ストレートを変えたら、もうちょっと隙ができてとっつきやすくなると思うんだけどなぁ……」
千晶が私の髪を手に取りながら言った。
「髪だけの問題じゃないよ。私目つきも悪いし」
「いやぁ、目つきが悪いというか……。猫でいうとロシアンブルーみたいな感じ? 目ヂカラと圧がすごいのよ」
「ロシアンブルーは可愛いよ?」
「あんたも懐けば可愛いから。私は好きよ。……って今はそんな話しじゃなくて、石神先輩のことどうするの?」
千晶は話しを戻した。
「どうするも何も断るよ。本当はあの場できっぱり断りたかったけど、なんか丸め込まれたというか……」
「ええ! 付き合ってみればいいじゃん! もったいない!」
「私、チャラい人とか無理だよ」
「チャラいかどうかはまだわからないでしょ?」
「じゃあ、千晶には硬派な真面目くんに見えたの?」
「そりゃあ、……チャラく見えたけど……」
私は千晶を軽く睨む。
ほら、やっぱり……。
「まぁ、……それにしてもあれね! 石神先輩はどこで紗綾のこと知ったんだろうね」
千晶は私から目をそらし、あからさまに話題を変えた。
「ほら、アレじゃない! 実は幼なじみで離ればなれになってたけど、ずっと紗綾が好きで偶然再会したのが嬉しくて告白したとか!」
「少女マンガの読みすぎじゃない? それに私、小学校までは父親の仕事の関係でアメリカにいたから、そこにいたアジアの子はみんな覚えてるし!」
「……くっ! これだから帰国子女は! さりげなく自慢しやがって!」
千晶は不満そうな顔でこちらを見る。
「自慢じゃないの、事実なの。 まぁ、それは置いといて気が重いよ……。放課後、一緒に帰ることになってるから……」
思わずため息をついた。
「あら! 明日報告、楽しみにしてるからね!」
千晶はにんまりと笑う。
「人ごとだと思って……」
私は千晶を睨む。
「だって、人ごとなんだもの〜」
千晶は完全に面白がっている。
放課後まであと数時間、本当にどうしようかなぁ……。
私は今日何度目かわからないため息をついた。