チャラ男の兄と
「巧真、学校ではどんな感じ?」
お兄さんはティーカップに手を伸ばしながら口を開いた。
どんな感じ……って言われてもなぁ……。
ティーカップを両手で持って静かにお茶を飲んでいた私は、お兄さんの方をちらりと見た。
その瞬間、お兄さんも私を見たため、私は慌てて視線をそらす。
「そ、そうですね……。私は学年が違いますし、最近知り合ったばかりなのでまだよくわからないです……」
私はなんとか笑顔を浮かべながら言った。
「あ、そうなんだ! じゃあ、どうやって知り合ったの? あいつ部活もやってないし、学年が違うと関わる機会もないと思うんだけど」
お兄さんは少し意外そうな顔をしていた。
「それに……巧真のファンってわけでもなさそうだし」
お兄さんはそう言うとフッと笑った。
確かにファンではないです……。
どうしよう……。突然告白されたとはさすがに言えない……。
「え~と……学校の廊下ですれ違ってから、仲良くさせていただいています……」
私は目をそらしながら答えた。
う……、さすがに訳がわからないか……。
「へ~、そうなんだ」
お兄さんは不思議そうな顔はしたが、特に突っ込んで聞く気はないようだった。
お兄さんはひと口お茶を飲むと、なぜか少し微笑んだ。
「あいつ、嫌なやつじゃない?」
嫌なやつ……?
少し……いや、かなり変わっているとは思うが、嫌な人だと思ったことはない……か。
「いえ、そんな……。いつも微笑んでいて、キラキラしているイメージです。まぁ……私はよくからかわれてますけど……」
私は思わず苦笑いした。
「からかう? 巧真が?」
お兄さんは不思議そうに首をかしげた。
「え、どんなふうに??」
お兄さんはティーカップをテーブルに置くと、私をじっと見つめた。
どんなふうって……。
「え~と、嘘を……つかれるというか……。あ、そんなたいした嘘ではないんですけど……どうしてそんな嘘つくのかなぁ……と気になってしまって……」
私はお兄さんから視線をそらしながら答える。
「嘘……?」
お兄さんは目を伏せて何か考えているようだったが、突然何か思い出したようにハッとした顔をした。
「ああ! そういうことか!」
お兄さんは口元に手を当てて私を見た。
「え?」
私がそう呟いた瞬間、お兄さんがプッと笑い出した。
え……?
「ハハ……マジか、あいつ!!」
お兄さんは両手で顔を覆うと、ソファの背もたれにもたれかかり体を震わせて笑った。
「バカだなぁ……。ホントに……」
しばらくしてようやく笑い終えたのか、お兄さんが涙目で私を見た。
「ごめんごめん……。ちょっと思い出し笑いが……」
「あ、はい……。大丈夫です……」
「じゃあ、きっとアレだな……」
お兄さんはそう言うと立ち上がり、リビングの扉を開けて廊下にいってしまった。
え? 何? どういうこと??
私が呆然としていると、しばらくしてお兄さんがリビングに戻ってくる。
あ……お兄さんが手に持ってるのって……。
「これ、君のハンカチなのかな?」
お兄さんは手に持っていたハンカチを私に差し出した。
「あ、はい。そうです。先輩に貸していたもので……。ありがとうございます」
私がハンカチを受け取ると、お兄さんはまた吹き出した。
ん?
「あ、いや、ごめん。ただの思い出し笑いだから」
「そ、そうですか……。あ! そうだ! そういえば、豆しばのきたろうくんは今日いないんですか?」
思い出した! 私はきたろうに会うのを楽しみになんとかここまで来たんだった!
「あ、キタロウのこと知ってるの? ごめん、今日はトリミングの日だからここにはいないんだ……」
お兄さんは申し訳なさそうに言った。
「そうですか……」
残念……。
私が少しうつむいていると、お兄さんが小さく呟く。
「キタロウまで利用したか……」
「え?」
私が顔を上げる。
「ああ、ごめん。なんでもないよ」
お兄さんはにっこりと微笑んだ。
なんでもない……ことはないのでは……?
「あ、そういえば、まだ名前も言ってなかった! ごめんね……。俺は巧真の兄で省吾。両親はずっと海外だから、ここには俺と巧真の二人で住んでるんだ」
この高級マンションに二人で!?
「そ、そうなんですね!」
私は軽い衝撃を受けたが、なるべく顔に出さないように注意しながら言った。
「私こそ名前も言わずに上がり込んですみません……。私は早瀬紗綾といいます。先輩の1学年下の後輩です」
「紗綾ちゃんね」
お兄さんはなぜか満足そうに頷いた。
「面倒くさいやつだと思うけど、これからも巧真と仲良くしてやって」
「い、いえいえ! 私が仲良くしていただいているので……(?)」
自分で言いながら、少し首をかしげてしまった。
「あ、そうだ。俺のケイタイの連絡先教えておくよ。巧真で何か困ったことがあったら連絡して。そのときは俺が説明するから……」
お兄さんはポケットからスマホを取り出した。
俺が説明する……?
お兄さんの言葉の意味はよくわからなかったが、困ったことがあったときに連絡できるのは有難い……かな?
私も慌ててカバンからスマホを取り出す。
「それなら私の連絡先もお伝えしておきます」
こうして私は、なぜか先輩のお兄さんの連絡先をゲットして石神邸を後にした。




