チャラ男の家で
「俺、おかしくなった……?」
ついに先輩は両手を顔で覆うと、その場にしゃがみ込んだ。
え……、すごく調子悪そう……。
ど、どうしよう……。何か言った方がいいのかな……。
私が悩んでいると、いつのまにか私の横をすり抜けてお兄さんが先輩のもとに駆け寄っていた。
「悪い。ここまで体調が悪いとは思わなかった。ほら、部屋に戻るぞ」
お兄さんは先輩の頭をポンポンと叩くと、先輩の腕をとった。
「兄貴……。やっぱり夢か……」
先輩は片手で顔を覆いながらお兄さんの肩につかまり、ゆっくりと立ち上がった。
「ああ、夢だ。熱が高いのに声かけて悪かった」
お兄さんはそう言うと、先輩を支えながら部屋の中に消えていった。
先輩……、大丈夫なのかな……。
私が玄関にひとり佇んでいると、しばらくして部屋からお兄さんが出てきた。
お兄さんは申し訳なさそうな顔で私を見つめる。
「せっかく来てくれたのに申し訳ない。あいつ、朝より熱が上がってたみたいで……」
ええ、真っ赤でしたもんね……。
私は心の中でそう呟いた。
「い、いえいえ! 私はプリントを渡しに来ただけなので、私のことはお構いなく……。先輩にはゆっくり休んで、早く良くなっていただきたいですから」
それでは、私はこれで……。
と言うより早く、お兄さんが口を開いた。
「まぁ、せっかくここまで来てもらったから、巧真はいないけどお茶でも飲んでいって。さぁ、どうぞ」
お兄さんはそれだけ言うと、返事も聞かずに私に背を向けて廊下を進んでいく。
え!? お茶なんて大丈夫ですから!
と言いたかったが、私があっけにとられているあいだに、お兄さんは廊下の突き当たりにある扉の向こうに消えていった。
ああ……。
思わずため息がもれた。
人の話を聞かないところは、お兄さんも先輩と一緒なんですね……。
私は観念すると、靴を脱いでお兄さんの後を追った。
おずおずと廊下を進み、突き当たりにある扉を開く。
うわぁ……。何これ……。
私は思わず扉を開けたまま、その場に立ち尽くした。
そこは、モデルルームのような広いリビングだった。
正面の壁は全面ガラス張りで、このあたり一帯の景色が一望できた。
手前には、見るからに高そうなL字型の黒革のソファがあり、ソファの前にはガラステーブルが置かれている。
「あ、今お茶入れるからテキトーに座ってて」
どこからかお兄さんの声がした。
辺りを見回すと、左の奥にオープンキッチンがあり、お兄さんはそこでお湯を沸かしていた。
家がキレイ過ぎるせいか、お兄さんがカッコ良すぎるせいか一瞬、住宅のCMを見ているような気分になった。
えっと、テキトーに座る……?
私はおずおずと黒いソファの方に向かう。
私がごときが、こんな高そうなソファに座ってはいけない気が……。
私は迷ったあげく、ガラステーブルの前の床に腰を下ろした。
ふと目の前のガラステーブルを見ると、そこには指紋ひとつついていなかった。
う……、ガラステーブルも使うのに抵抗が……。
私がそんなことを考えていると、お兄さんがドラマでしか見たことのないようなアンティークのティーポットとカップをトレーに載せてこちらにやってきた。
お兄さんは床に座っている私を見て、目を丸くする。
「よかったらソファに座って。お茶も飲みにくいだろうし」
「あ、はい……」
私はおずおずと立ち上がり、ソファに浅く腰かけた。
お兄さんは慣れた手つきでお茶を淹れている。
急いでお茶を飲んで、失礼しよう……。
私がそんなことを考えていると、お茶を淹れ終えたお兄さんがソファに深く座り直した。
……ん?
ふとテーブルを見ると、そこには二人分のお茶があった。
私と目が合い、お兄さんは軽く微笑む。
これは……まさか……。おもてなしとしてお兄さんがお話しの相手をしてくださるということですか……?
私はなんとかお兄さんに微笑み返した。
すぐには帰れないやつだ……。
私は動揺を隠すように、お兄さんが淹れてくれたお茶をひと口飲む。
一瞬にしてすごく華やかな香りが口いっぱいに広がったが、これは何のお茶なのか、私にはさっぱりわからなかった。




