チャラ男の家へ
ここかぁ……。
私は高層マンションの前で思わずため息をついた。
先輩の家は学校の最寄駅から一駅のところにある有名な高級マンションだった。
このあたりでは高層マンション自体珍しいので、こういうところで暮らしているのはどんな人たちかと思ってたけど……。
私はマンションを見上げて、もう一度ため息をついた。
入りづらい……。
重い足を引きずるように、マンションのエントランスに入れば、当然のようにオートロックの自動ドアが立ちはだかる。
横にあるカメラ付きのインターフォンで住人に連絡しなければ、もちろん入れない。
ど、どうしよう……。
先輩、絶対驚くよね……。
それ以前に嫌がるかも……。
それに、私もどんな顔していけば……。
私がインターフォンの前でひたすら悩んでいると、ふと手元が暗くなった。
「うちに何か用?」
後ろからの声に、私は慌てて振り向く。
そこには、先輩によく似た長身の男性が立っていた。
顔立ちは先輩に似ていたが、黒い短髪に筋肉質な体つきはスポーツ選手のようにも見え、先輩とはまた違った雰囲気だった。
お兄さん……かな?
お兄さんは私の手にある地図を指さした。
「そこに書いてあるの、うちの部屋番号だから」
お兄さんはそう言いながら私の制服を見ると、何か納得したように頷いた。
「ああ、巧真の友達かな? あいつが今日学校休んだからか。お見舞いに来てくれたの?」
「あ! いえ……」
そうだ! これはチャンスだ!
「学校からのプリントを届けに来ただけです! 今日絶対渡さないといけないプリントみたいで……。先輩に渡していただけませんか?」
私は慌ててプリントを差し出した。
「そうなの? わざわざありがとう」
お兄さんはプリントを受け取ると、少しだけ微笑んだ。
「俺から渡しとくけど……せっかく来たんだから巧真の顔、見ていってよ」
え! ……それは!
私が返事をするより早く、お兄さんはキーでロックを解除すると、自動ドアを開けた。
「どうぞ」
お兄さんが入るように私を促す。
うぅ……、断るタイミングを逃した……。
「あ、ありがとうございます」
私はなんとか微笑むとお兄さんと共にマンションの中に入り、エレベーターで32階に向かった。
特に何も会話しないまま、お兄さんと私はマンションの部屋の前に到着した。
き、来てしまった……。
お兄さんはそんな私の内心に気づくはずもなく、何のためらいもなく、ロックを解除し玄関の扉を開ける。
まぁ、自分の家の扉を開けるのに、躊躇する方がおかしいか……。
「どうぞ」
お兄さんは扉を開けたまま、私に先に入るように促した。
「あ、ありがとうございます。……お邪魔します」
私は先輩に気づかれないようにできる限り小さい声で言った。
その瞬間、お兄さんが息を吸い込む音が聞こえる。
え?
「おい! 巧真!! おまえの学校の子、来てくれたぞ!!」
突然、後ろからお兄さんの大声が響いた。
え!? え! やめてください、お兄さん!!
薄暗い廊下は、一瞬しんと静まり返ったが、少しするとガタっという音とともに、一番手前の部屋のドアが開いた。
「兄貴、声でかい……。うるせぇ……」
中から出てきた先輩は寝ていたのか、目をこすっていた。
熱が高いのか顔が赤く、それが妙に色っぽくて、私は思わず目をそらした。
先輩は黒のスウェット姿だったが、そもそもスタイルがいいのでラフな服もまたよく似合っていた。
私はおずおずと視線を上げる。
「で、誰が来たって……?」
先輩は眠そうな目をゆっくりと開けると、顔にかかっていた前髪をかき上げた。
先輩の目が私を捉える。
「……え?」
先輩は、今まで私が見たことのない顔で呆然とこちらを見た。
ああ……、やっぱり嫌だったか……。
先輩の目がゆっくりと見開かれていく。
「え……? 何これ……? 夢……?」
ああ、やっぱり……帰ればよかった。
私は少し泣きそうになりながら、熱で真っ赤になっている先輩を見つめた。




