9話・精霊の石
これまたイザークの元で購入したナップサックにリースの着替えをつめ、そのほか旅で必要なものを一揃えして渡す。自分の持ち物は自分で管理するのが原則だ。
次の村まで馬車で三日といったところだろう、野党は向こうからきてくれたのでよほどのことがない限りステラの出番はないはずだ。
その予想に違わず、三日間、平和な旅を満喫した――とはいってもその間もシェリアもリースも鍛練は怠らなかった―― 一行は最果ての村の一つ先の村、ルーデルカンスでキャラバンと別れた。
ステラはいらないといったが、これも商売だとイザークから三日間分の護衛代をもらい、約束していた他の傭兵団と合流したところで別れたのだ。
帝都に徒歩で向かいたいためしばらくは契約は受けられないと告げたステラにイザークは酷く残念そうだったが、そこは商人。「半年後にまたよろしくな!」とにかりと笑って去っていった。
最果ての村から出たことがなかったのだろう、明らかにきょろきょろと周りを見回して落ち着きのないリースを窘めることはせず、ステラはすたすたと歩き出す。
慣れているシェリアはすぐに追いかけてきたが、リースは僅かに遅れて慌てたように走ってきた。
リースの出身の村の二倍ほどの大きさの村ではあるが、運がよければ、先ほどの傭兵団が護衛していたキャラバンがまだいるはずだ。
ステラの目的はそこにあった。
「あいているか?」
「うん? おお、ステラの姐さんじゃねえか!」
予想通り村の広場の端に商品を広げていたキャラバンの一団を発見し、ステラが声をかける。
こちらも顔見知りのキャラバンなので、かける声も気安いものだ。
にこにこと笑顔の、こちらは優男といった言葉がぴたりと似合うキャラバンのボス、スカッツラにステラは目的のものを告げる。
ちょうど追いついてきたリースを示しながら。
「こいつに合う剣がほしい」
「ほう、みねぇ顔だなぁ。姐さんの新しい弟子かい?」
「そうだ」
「そうか」
びくりとリースは肩を揺らした。ステラが肯定した瞬間、自身を見る目が鋭くなったのを感じ取ったのだ。それは明らかに品定めをする目だった。
それでも視線はそらすことなくいれば、ややおいてスカッツラはにっと笑った。
「まぁ、度胸はあるみてぇだな。ようし、秘蔵の剣ももってきてやる。ちいっとまってろ」
そういってキャラバンの積荷のほうに歩いていった背中を見送ってそろっとリースはステラに声をかけた。
「師匠……その、俺の、剣?」
「ああ、本来持つにはまだ早いが、手に馴染ませるにこしたことはないし、剣特有の重みにも慣れておくべきだ」
それに、実際のところ、私の指南は実践方式なんだよ。
にっと口の端を吊り上げて挑戦的な笑みで告げれば、リースはごくりとつばを飲み込んで緊張した面持ちでその場に立ち尽くす。
ややおいて戻ってきたスカッツラの手にはお得意様にしか出さない剣の数々。
中々の名品も混ざっている剣たちを眺めがなら、ステラはあえて自身で選ばずリースに選ばせることにした。
「好きなものを選べ」
「え、でも俺、剣の良し悪しなんてわかりませんよ!」
「明らかにお前にあっていなかったらダメだしをしてやる。とりあえず、自分で馴染むと思うものを選べ」
剣士は剣に己の命を預ける生き物だ。
己の半身となる剣は己で選ばなければ意味がない。それが、ステラの持論だ。
スカッツラのもってきた剣の中には、中には魔術師の研ぎ師が鍛えた剣、精霊の加護の宿る剣なども混ざっている。
それらを見分ける目があるのかどうか、真剣な眼差しで剣を見つめだしたリースの横で見ていれば、スカッツラに促され、恐る恐る剣を手に取っていた。
「おもっ!」
思わずと漏れたらしい言葉に小さく苦笑する。剣は独特の重みがある。それは農作業で使う農具とは一線を画すだろう。
さて、リースはどれを選ぶのか。待っている間に、キャラバンで宿を先に確保しておいてくれと頼んだシェリアも合流した。
小一時間ほどかけて、品質はいいがさほど数の多くない剣の中からリースが選んだ一品に息を呑んだのはスカッツラだった。
思わず、ステラもほうと感嘆の息を吐く。
「これが、一番手になじむ気が……って、え?ダメ、でしたか……?」
ステラとスカッツラの反応にびくりと肩をすくめたリースにいや、とステラは告げる。
「むしろドンピシャでそれをとったことに驚いているよ」
「え?」
わけがわからないといった顔をするリースにシェリアが呆れたため息をついた。
「そこ、柄の部分。よくみてみなさい」
「……宝石?!」
「違うわよ、馬鹿。精霊の石よ。いずれその剣には精霊が宿るわ」
「え?」
きょとんとした顔をするリースに端的なシェリアの物言いではわからないだろうと諌めるようにシェリアの頭を撫でてから、ステラが補足説明をする。
「精霊の石というのはな、精霊が休眠状態のときにできる宝石のような石のことを指すんだ。その剣に埋め込まれているのが、まさにそれというわけだ。小ぶりではあるが、澄んだ色のいい石だ。よほど精霊の気が澄んでいると見える。色的に、そうだな、それは火か?」
明るいシェリアの燃えるような赤毛に似た色合いの精霊の石をさしての言葉にスカッツラが大きく頷く。
「その通りでさぁ。精霊の加護があるってんで、大抵の奴はその剣の存在にすら気付かず素通りしちまうんで、全然売れねぇんだが、かといって手放すのも惜しかった一品だ。いやぁ、ようやく精霊の目に留まる奴がでてきてくれてうれしいねぇ」
精霊の加護が宿るものは物自体の最高の力を発揮させ、さらには持ち主にも加護をあたえるが、何分精霊自体に認められなければ存在にすら気付くことが困難なのだ。
ステラの説明とにこにこと笑うスカッツラの言葉に逆にリースは青ざめた。
おや、とステラがみていると震える手でなんとか剣を取り落とさないようにしつつ、これまた震える声でリースが言う。
「じゃ、じゃあ、これ、とんでもなく……高い、んじゃあ……」
「まぁ、精霊の石がはめ込まれているのだからそれなりだろうな」
「いいいいいいいです! いいです! 他のにします! 俺金持ってません!」
「気にするなといっているだろうに」
「無理です無理です無理ですー!」
ちょっとばかし情けない声が当たりに響き渡る。
精霊の石の存在を知らずともその貴重性は三人の会話で大体わかった。
そんなご大層なものをもつのは色んな意味で、重い。
「いや、本当に気にしなくていいぜ坊主。どうせそれ、二年もうれてねぇ売れ残りだからなぁ。精霊の石やら精霊の加護があっても売れない商品は商人にはあんまり価値がねぇ。とくにここは、アルドリアでもねぇしな」
「えっ」
「ただってわけにゃあいかんが……ううーん、そうだなぁ。ああ、そうだ。ステラの姐さん、この間ラグンラビット仕留めたんだろ?ラグンラビットの巣の近くには、ラグンラビットを餌にする猛獣カスグニーがいるはずだ。そいつの毛皮と交換でどうだい?」
「構わん」
「じゃあ、交渉成立だ。坊主、上手く精霊を起こせるといいな」
握手をして交渉の成立を確認した二人をぽかんとした眼差しでリースが見ている。
その間抜け面といって差し支えのない顔にシェリアは小さくため息を吐き出したのだった。