8話・精霊術と魔術
リースが散々悩んで服を購入し――とはいってもその代金はステラ持ちという事でその場で支払う必要はなかった――宿屋にシェリアとともにもどったころには大皿に一杯のサンドイッチが出来上がっていた。
シェリアが「あー!先生、私の仕事―!」と叫んだりはしたが、ステラが「たまには作らないと作り方を忘れてしまう」と苦笑交じりに告げればそれ以上はなにも言わなかった。
卵やハム、チーズをふんだんに使われたサンドイッチはこんな農村ではご馳走といっていい。
ごくりと喉を鳴らしたリースにステラが「好きなだけ食べていい」と告げるが、続いてシェリアが「手を洗ってからね!」と釘をさす。
言われた通りに手を洗って戻ってきた頃には商売を終えたキャラバンの面子も集まっていた。
やけに数が多いと思ったらキャラバンの面子の分もいれた食事だったようだ。
賑やかにわいわいと皆でサンドイッチを食べていく。
ステラとシェリアはキャラバンの面々と雑談を交わしていたが、リースは久々のご馳走にそちらに夢中だった。
腹八分目に足りないくらいが普段のリースの食事量だが、今日ばかりは腹いっぱいに食べたリースは少し食べ過ぎた腹をさすりながら大満足してごちそうさまを告げた。
「リース、一時間後に出発だ。それまでに動けるように消化しておけよ」
ややからかうような口調のステラに、がっついていた自覚はあるので照れくささを押し隠しつつ、はい、と頷いたのだった。
「そういえば師匠『風見』って連絡用の精のことですよね?」
野党たちを縛り上げた現場でのことをリースが訪ねれば、ステラはこともなげに頷いた。
「あ、あのっ、できたらでいいんです……! いいんですがっ、俺にも精霊術とか教えてもらえませんか!俺っ、基本もできなくて……っ」
「構わないが、習うなら私ではなくシェリアから習ったほうがいいだろうな」
「え?」
あっさりと許可したことにか、シェリアの名前がでてきたことにか、目を丸くするリースにステラは肩をすくめてみせた。
「私はあまり、精霊術も魔術も得意ではなくてな。必要なものを最低限しか、覚えていない。それも人に教えることはないから、ほとんど自己流になりつつある。シェリアは国でも名高い魔術師の教え子だ。精霊術は専門外だろうが、それでも私より基礎はできている。教えを請うなら私よりシェリアが適任だ」
この世界には、ステラのような剣士の他に、大別して魔術師と精霊術士がいる。
魔術師とは己の体内に宿る元素の力を元にして魔術を操るもの、精霊術士とは精霊と交信あるいは会話をし精霊を意のままに操る者の事を言う。
ステラたちの住むコルタリア皇統国は竜を唯一神と崇め奉り、竜と契約することで力を手に入れ文明を築いた国だ。
他にも、精霊と魔術を用いて繁栄を築いたアルドリア国、そのどちらをもの技術を取りいれそれでいてどちらにも属さぬ職人と商人の国、ステランディス中立国と、世界には三つの国がある。
竜を唯一神とするコルタリア皇統国では魔術師及び精霊術士の数も地位もアルドリア国には及ばないが、日常生活に精霊術を取り入れるのは庶民でもやっていることだ。
逆に魔術師は先天的に才能を持つものが少く、教育機関もあまり発達しているとはいえないため、数が少ないのが現状だった。
日常生活で使う精霊術の代表例の一つが、先ほどステラが飛ばした風の精での連絡だったりする。
とはいえ、ステラ自身急ぎの用のとき以外は滅多に使わない。
ステラが元々あまり精霊との交信が得意ではないこともあるし、たいした理由もなく精霊を使うのは申し訳ないというステラ自身の考えからだ。
閑話休題。
シェリアから教えを請うことに渋るかと思われたリースだが意外にも素直に頷いた。根は素直な性質なのだろう。
好ましいな、と思いながら皿洗いを終えたシェリアを呼ぶ。
「シェリア、悪いがリースに……そうだな、魔術と精霊術と一通り教え込んではくれないか」
「はい、別に構いませんが……?」
こちらも根は素直な性分だ。意を唱えることなく、ただ、どうして、という顔をするシェリアにステラは苦笑をこぼして「使えるようになりたいらしい」と告げれば、シェリアはきりりと目元を吊り上げてリースに向かい合う。
「それはいいけど、アンタ先生に弟子入りしたんだからまずは剣術を優先しなさいよ! でも、どっちも手を抜いたらその時点で私はなにも教えないわ!!」
強い口調で突き放すように告げたシェリアに、リースは反発することなく神妙な面持ちで、わかった、と告げた。
それに毒気を抜かれたのか、シェリアは「わかってるなら、いいけど」と小さな声で呟く。
なんだかそのやり取りが初心な子供のように思えて、ついつい笑ってしまったステラだ。
当然のごとく「何で笑うんですか先生!」とシェリアがじゃれ付きまじりに反発してきたが、それもまたご愛嬌だろう。