7話・交渉
「風見」
ステラの独壇場といっていい捕り物が終わり、しんと静まり返った空間にステラの凛とした声が響く。
ステラが大剣を背中にしまって軽く右手をあげれば、指先にはほのかに輝く風の精。
「すまないが、近くの騎士たちへこの男達を引き取りにくるよう伝えてもらえるか」
『―――』
「ああ、礼のりんごはちゃんと用意する」
『―――』
その言葉に嬉しそうに体を輝かせた風の精はくるりとその場で回転して姿を消した。
ステラは軽くため息を吐き出して、イザークへと視線を向ける。その手には準備万端、頑丈なロープが握られていた。
「料金は後で支払う」
「なに、このくらいたいしたことはねぇ。……だが、後で話がある。またあの宿屋でちっとばっかしいいか?」
「了解した」
短く会話を交わして、手馴れた動作で野党たちを縛り上げていく。
手伝います、とかけよってきたシェリアも一緒に、あとはキャラバンのメンバー数人がかりで全員を拘束しステラが念のためと隠し武器をもっていないか確認し終わったときには、不安そうな面持ちで成り行きを見守っていた村人達をイザークがなだめてそれぞれの仕事場に返したところだった。
「イザーク、話は急ぎか? そうでないなら、服を売って欲しい」
「おう、かまわねぇぜ。そっちの坊主の服だろう?」
「ああ」
ステラがこくりと頷けば、イザークはとたんに商人の顔に戻って、あれこれと服を引っ張り出してきた。
ロープでの罪人の縛り方などしらぬリースが所在無さ気にしていたのをステラが呼べば慌てて走りよってくる。
ステラはイザークの出してくれた服を指差してリースに告げた。
「好きな服を上下セットで二式ほど選ぶといい」
「あ、」
「何度も言わせるな。遠慮はいらん。むしろ代えがなくて困るのはお前だし、今までの格好では私達が困る」
「……はい」
ステラの若干語尾を強めた言葉にリースは頷いて、イザークが動きやすさと丈夫さを重視して出してきてくれた服を前にうんうんと唸っている。
「リース、私達は先に宿屋に戻っている。シェリア、悪いが付き合ってやってくれ」
「はい」
「わかりました、先生!」
素直な返事と元気よく返された言葉に一つ頷いて、イザークもその場は捕り物の間に追いついてきていたカイダに後を任せ、二人連れ立って宿屋へと向かった。
二人きりの宿屋で向かい合わせに腰を下ろし、言葉を切り出したのはイザークだった。
「この村から護衛についてくれるはずだった傭兵達が一つ前の村で足止めをくらっているらしい。悪いが、そこまでの護衛を改めて頼めないだろうか」
「足止め? あいつらはそれなりに強いはずだが……」
「最近天候がおかしいだろう。なんでもそのせいで俺たちの前に護衛していたキャラバンの到着が遅れたらしくてな」
「ああ、なるほどな」
そういう理由ならば仕方あるまい。天候には人間はかなわないものだ。
「野党の残りがいたことも申し訳ないと思っている。その依頼、受けさせてもらおう」
「助かるぜ」
ほっと息を吐き出したイザークは、ステラの性格から断られることはないと思っていたものの、万が一断られた場合のことを危惧していたようだった。
軽く笑って、ステラは問いかける。
「出発はいつだ?」
「午後には出ようと思ってる。仕入れはもう終わってるし、この村じゃ売れるものは高がしれているからな」
だから、あまりこういった最果ての村にキャラバンはよりつかない。
それでもキャラバンがこなければ自給自足の生活にも限度がある。あえて他のキャラバンが回らない地域を回るイザークはいわばお人よしなのだろう。
そのあたりもまた、ステラがイザークを評価する点ではあるのだが。
「昼食をとってからだな。……たまには私が料理をするかな」
シェリアが弟子となってから、「このくらいはさせてください!」とシェリアがいって譲らないので、食事当番はシェリアの仕事になっていた。
それがもう二年も続いているので、若干以前のように作れるかの不安はあるが、まぁ、なんとかなるだろう。
一つ頷いてキッチンにたったステラは、さて、なにを作ろうかと首をかしげたのだった。