5話・弟子
「ステラ、お前さん弟子とったんだって?」
「耳が早いな」
朝食の席で、パンにバターを塗りながら答えたステラにキャラバンのボス、イザークは豪快に笑ってみせた。
「こちとら情報が命よ。これでも昨日小僧の前で聞くのは遠慮しておいたんだぜ」
「そうだな。気遣いを感謝するよ」
昨日の夕食に混じっていた時点で察していたのだろうことは予想に難くない。礼を述べるステラにイザークはそのくらいはな、とまた笑う。
「んで、どうだ。小僧は長続きしそうか?」
「どうだろうな。とりあえず、今のところ及第点だが」
「お、そうかそうか。なら、有能な傭兵に育ったらぜひ紹介してくれよ!」
「残念だが、彼の夢は私のような傭兵ではなく皇宮仕えの騎士だそうだ」
軽く肩をすくめてみせると、イザークもそりゃあ残念だ、とさして残念そうでもない口調で言う。
そのあとの会話はすっかり雑談になり、シェリアも混じって軽口の応酬をしているうちに朝食は終わってしまった。
今日も午前はこの村で商売をしてから午後に出立するというキャラバンの面々はすでに用意してあった商品をもって村の中心へと行った。
リースが戻ってくるまで時間が暇なステラはシェリアに村の中の散策をすすめてみたが、小さな村なので二十分もしないうちに全て見てしまったとシェリアは戻ってきた。
二人で今後の旅の日程を改めて確認し、シェリアに寄りたいところなどないかと尋ね、この旅が終わればラキトの元に戻すとステラが告げれば、シェリアは神妙な面持ちで頷いた。
この村に着く前にあらかじめ伝えてあったことだが、それでもシェリアは僅かに寂しそうな面持ちだった。
それだけ己のことを好いてくれているのだとわかるだけに、ステラとしても寂しさは感じるが、それを表にだすことはしなかった。
そしてシェリアの淹れてくれた茶を飲みながらなんでもないことを談笑していると、扉の開く音がした。ついでふらふらとした足音。
「リース、終わったのか」
「おわ、り、ました……」
ふらふらとした足取りで入ってきたリースに声をかければ、途切れ途切れだが、それでも確りした声音が返ってくる。
視線を窓の外へ転じれば、日は高いがまだ頂点というわけではない。
二時間か、と小さく呟いて、汗だくのリースへ汗を流すように促す。
「シェリア、悪いがリースの分の食事の用意を頼む」
「はい」
素直に頷きキッチンへと入ったシェリアをおいて、ステラは荷物を置いてある部屋に戻ると今朝のうちにキャラバンから買い取った服一式をもって浴室へと向かう。
「リース、着替えをここに置いておく。サイズは大丈夫だと思う」
答えは聞かず、やや一方的に告げたのは遠慮をされても困るからだ。
どの道、着の身着のままステラに弟子入り志願をしたリースには着替えがないのだから遠慮しても仕方がないというのもある。
後は流石にリースが纏っていた何度も繕った跡のある古着ではそれなりのものを着ているステラとシェリアとともに旅をするとなると悪目立ちするという理由があった。というより、それが主な理由だ。
ここのような辺境の村ならばまだしも、この先首都に向かうのだ。道中衣服は何度か新調する必要があるだろうが、それでも昨日までの格好はさすがにいただけない。
ひとまず、イザークから上下あわせて一式買った。本当は三式ほど買いたかったが、そこはリースの好みもあるだろうと、キャラバンが村で商業をしているうちにリースが戻ってこないようならステラが残り二式を買うつもりでひとまずと手を打ったのだ。
五分ほどして、足取りはまだ少しふらついているもののそれでも確りとした調子でステラの用意した服に袖を通したリースが戻ってきた。
朝食に食べたパンとスープを温めなおしたものを出されたリースは落ち着きのない仕草できょろきょろとしていて、シェリアはつんと無視を決め込んでいたが、ステラはそんな弟子二人の様子に苦笑を交えながらスープとパンをリースに進めた。
「どうした、早く食べねば冷めてしまうぞ」
「え、あ、」
「なんだ、いいたいことがあるなら、言えばいい」
そのステラの言葉にやや考え込んだ様子のリースは恐る恐るといった声音で口を開いた。
「この、服……あと、飯代、とか。よく考えたら、弟子入りするなら、その金、とか……」
懸念はステラの予想通り金銭に関することだったらしい。
予想通りすぎていっそおかしく感じるステラだが、本人にとっては至極真面目なこととわかっているので笑い飛ばしたりせず、軽く頷いた。
「弟子をとるのに私は金をとっていない。取る必要もない。その程度は稼いでいる。あとは、そうだな出世払いで構わない」
「……でも、これ、高い服、だろ?」
落ち着きなく自分の着ている服の袖を引っ張るリースにさすがのステラもきょとんとした。
「……それは、至極一般的に出回っている、極々普通の服だが?まぁ、耐久性を重視して買いはしたが……」
ぱちぱちと瞬きをして告げた言葉に、逆にリースの方が驚いた様子だった。思わずまじまじとリースの着ている服を見るが、やはり何の変哲もない普通の服だ。
「……普通の人は、こんないい服着てるのか……」
「アンタ、いままで古着とかお下がりばっかりだったんでしょ?」
ぽつりと落とされた言葉に補足するようにシェリアが告げる。それにリースが頷いたことでようやっとステラにも得心がいった。
ああ、と頷いて、小さく苦笑を浮かべる。
「まぁ、イザークのところはそれなりのものを扱っているからな。この村では商品として出しているか微妙なところだとは思うが、まぁ、基本汚れること前提でこのような農村の村人が買う服ではないのは確かだ」
農作業はどうしたって汗をかくし泥まみれになる。そういう風に汚れることを前提としていれば、最果てと呼ばれるこの村では手を出しにくい金額ではあるだろう。
だが、ステラは汚れることなど百も承知でその服を買った。それはその服がそれだけ丈夫な繊維でつくられているからだ。
流石に鎧とは比較にはならないが、多少こけても転んでも汚れるだけで破れることはないだろう。
「まぁ、なにはともあれ、気にする必要はない。出世払いでいい」
「……師匠は、俺に期待してくれるんですか……?」
その不安に揺れる瞳と声に、今までの彼の人生がわかるようだった。
期待されることなく、ごくつぶしと罵られてきたのだろうことは予想に硬くない。
その気持ちは、ステラ自身が少しばかり特殊な生まれなのもあいまって、ステラにはよくわかった。だから安心させるようにふわりと笑む。
リースの頬が赤く染まった。
「それはリース、お前の努力次第だな。だが、まぁ、私は期待しているよ」
「先生の期待、裏切らないでよね!」
穏やかなステラの言葉と激励といえなくもないシェリアの言葉に、リースは胸元を押さえてこくりと神妙な面持ちで頷いた。
それから改めてリースを交え、帝都に徒歩で向かうことを説明する。
最果てと呼ばれるこの村からは徒歩だと帝都まで約半年はかかるだろう。それほど帝都から遠い場所にきたのだと、なんだか感慨深いものがある。
纏めてあった荷物を手に、イザークのキャラバンで衣服を購入しにいこうと席をたったステラたちの下に慌しく玄関のドアが開かれた。
「ステラの姐さん! 盗賊が!」
「わかった」
イザークの補佐とも呼べる立ち位置のカイダの言葉は端的だったがすぐに意味を理解し、ステラは短く頷いて、荷物をおいて剣を手に走って宿屋を後にした。
取り残されたリースがぽかんとしているとレイピアを腰に下げ、魔術師が魔術を使用する際の媒介として使うロッドを手にしたシェリアも玄関に走っていく。
「くるなら早く! 先生にかかったら一瞬よ!」
それだけ告げて走り去ったシェリアの後をリースは慌てて追いかけたのだった。