3話・夕食
宿屋に戻ればキャラバンの面子が夕食をとっていた。意外と時間を食っていたのだな、とステラがその光景を眺めていれば、ステラが入ってきたのに気付いたシェリアが手を振ってステラを呼ぶ。
呼ばれるままに近づけば、美味しそうなシチューが出来上がっていた。
「まだ温かいですよ。キャラバンの人たちから売れなかったっていうグニンラビットのお肉分けてもらったんです! 高級食材ですよー!」
にこにこ笑顔のシェリアとよだれをたらしそうなリース。
その二人に、そういえばこの村にくる道中高級食材と名高いグニンラビットに遭遇し、その近辺に巣があったことから数匹を仕留めて成り行きで、血抜きだけしてキャラバンのボス、イザークに渡したことを思い出す。
給金がやけにはずんでいたのは、その取り分だと思っていたのだが、これでは公平ではない。
そのステラの思考に気付いてか、ステラの肩が叩かれる。振り返れば思い浮かべていたイザークがにっかりと笑っていた。実に人好きのする笑みだと思う。ガタイもよく、キャラバンのメンバー全員を家族と扱う包容力もあるこの男のことは中々に好感を抱いていた。
「気にすんなよ。どうせこんな辺境じゃ多少値段をさげても売れやしねぇ。かといってグニンラビットは燻製にすると味が一気に落ちてくえたもんじゃなくなっちまう。その鍋の中身は俺たちが食べた分のあまりだ。逆に仕留めたのはアンタなのにあまりもんでわりぃなぁ」
実際がそうであろうとなかろうと、イザークが言うならばそれを真実と受け止めていい。
そう思えるだけの年月、傭兵と雇い主という関係とはいえ、イザークと交流を持った。だから、ステラは胸に抱いたものを捨てて小さく微笑んだ。
「ありがたい。礼をいうよ」
「なーに、仕留めたのはアンタなんだ。礼をいうのはこっちさぁ」
大声で笑って、また肩を叩かれる。それは力強くも温かいもので、自然と先ほどのやり取りで凝った胸のうちが解けていくようだった。
「そうか。ならば遠慮なく堪能しよう」
「そうしろそうしろ」
そうしてまたガハハと豪快に笑う男に軽く手を上げて、待て状態のリースと満面の笑みのシェリアの元に向かった。
温かなシチューに温めなおしたパン、村の数少ない特産品だというミルクを分けてもらい、十分すぎるほど豪華な食事を終えたステラたちはキャラバンのメンバーとともに宿屋で雑魚寝をすることになった。
簡素なベッドはどかして、マットだけを床に敷く。足りない分はキャラバンに積んであった旅の道中で使うものを引っ張り出した。
ごろりと硬いマットに横になって、考えるのはリースの指南方法だ。
体つきから改善していかねばならないだろう。農村にいたのだから、細くとも体力はあるだろうが、あの外見は十六歳にはとてもではないが見えなかった。一、二歳ほど下の外見だ。
それは栄養が足りていないからだろう。
旅の間十分な栄養のある食事を取らせ、その上で適度な鍛練をさせれば自然と肉はついていく。あとはリースにも告げたが、リースの根性次第だ。
ステラの元に、弟子入りを、とやってくる子供は少なくない。
だが、その誰もが長続きせず、唯一の例外といえるのがシェリアだけだ。
そのシェリアだって最初は何度も吐いた。厳しい練習に地面と友達になるのは当たり前だった。それでも、シェリアは諦めなかった。
元々世界を見せて欲しいと預けられた親友の魔術面での愛弟子だ。無理に剣を覚える必要はないのだとステラが諭しても、頑としてシェリアは首を横に振らなかった。
そうやって、食いついて食いついて食いついて、吐いて、食べて、また吐いて。
シェリアはステラの元で剣技を磨いた。
だからだろう、シェリアがステラに弟子入りをと志願する、リースのような存在が気に食わないのだ。
こんなに辛いのはおかしい、もっと楽でいいはずだ、これは俺の理想とは違う、アンタは間違っていると否定されたことすらある。
そうやって逃げ出した子供の数は数え切れない。
だから、どうしても。
シェリアは過敏になってしまうのだろう。私ができたのだから、間違いではないのだと証明する為にステラの指導に食いついて、ステラを否定する者達を否定する。
そして、むやみにステラが傷つかなくていいように、最初の段階で相手を牽制する。全くもって、出来すぎた弟子だと、すやすやと眠るシェリアの横顔を眺めながら思う。
さあ、リースはどこまで食いついてくるだろう。
それは、ステラにはわからないことだ。シェリアにだってわからない。わかるはずがない。
全てはリースの覚悟と意地、そして根気と負けん気の強さ次第なのだから。